ストライク・ザ・ブラッド 〜神なる名を持つ吸血鬼〜
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神意の祭典篇
38.闇夜の襲撃者
「暁くん、そこの金槌取ってちょうだい!」
「古城! こっちに菓子持ってきてくれ!」
「まだ、全然材料足りないじゃん。暁、また買い出し行ってきてくれよ!」
時刻は軽く八時を過ぎている。そんな高等部一年B組の教室に残っている男女全員が暁古城に雑用を押し付けている。
仮想お化け屋敷といえども、教室の出入り口や受付はそれらしい飾り付けが必要だ。来場者の転倒や激突を防止する安全対策が必要である。案内係りの衣装合わせや、宣伝用のチラシ作りなど、幻術サーバー以外にも仕事は山積みなのだ。
まだ彩昂祭までには日にちがあるとしても先にやっておくには損はない。
「だーっ! おまえら、なんで全部俺に言うんだよ! 彩昂祭の実行委員は浅葱だろ!」
「なんか浅葱ちゃんが、私がいない時は、古城君と彩斗君に雑用を全部まかせるわ、って言ってたよ」
作業をしながら逢崎友妃は古城に言った。
「……浅葱の野郎」
彩斗が帰ったせいで古城に全ての雑用が押し付けられたというわけだ。古城は苛々と歯軋りする。友妃は彩昂祭で着る衣装の布を選びながら話を続ける。
「でも、古城君はそろそろ帰った方がいいと思うよ」
「どうしてだ?」
「だって、校門の前で雪菜がずっと待ってるからさ」
あっ!、と古城は声を漏らした。雪菜は古城の監視役だ。先ほど中等部の校舎に寄ってそこからずっと待っているとするならかなりの時間待たせていることになる。彼女も帰ればいいのに古城が校舎内に残っているとわかれば、雪菜の性格上ずっと待ち続けているだろう。
それなら早くこの作業を終わらせて帰らねばいけない。
「また明日、彩斗君と一緒に買いに行けばいいよ。今日はボクたちに任せて古城君は帰っていいよ。いいよね、みんな!」
「まあ、友妃が言うならしょうがないわね。その代わり明日もっと手伝ってもらうからね」
金槌の先端をこちらへと向けながらクラスメイトの棚原夕歩が言った。
「ああ、恩に着る。逢崎」
カバンへと荷物を詰め込んで急ぎ足で教室を飛び出した。
無言のまま彩斗は人のいない場所を目指して歩き続けた。
そしてたどり着いたのはニーナ・アデラートによって建てられた修道院。建物は半壊状態。天塚汞によって破壊されたあとがいまだ残っている。
それだからこそここに寄り付く人間などほぼ皆無であろう。さらに夜であるなら地元の不良が肝試しがてらに来るくらいだろう。
「ここなら人はこねぇぞ」
彩斗はわざと大きな声をだす。
漆黒の闇の中に彩斗の声が広がっていく。それは木々へとあたり、音波の波は徐々に弱まっていく。しかし、感じていた気配の主には確実に届いている。
それを裏付けるように木の陰に動くものを彩斗の視界が捉えた。
「意外でした。伝説の吸血鬼の力を持つあなただったらもっと人のことなど考えない吸血鬼だと思ってました」
吸血鬼の瞳が暗闇に人影を浮かび上がらせる。茶髪が肩にかかるくらいのセミロング。大きな瞳が人懐っこい印象を与える。しかし、凪沙ような人懐っこさではない。それは彼女がまとっている異様な気配のせいであろう。だが、その異様な気配を言葉にすることはできない。ヴァトラーのように戦闘を愉しんでいるわけでもなく、いままで絃神島を襲ってきたオイスタッハや黒死皇派たちのように明確な目的を持っている感じもしない。
一言でいえば、不明という言葉が一番合う。
彩斗は茶髪の少女を睨む。
「その眼です。それでこそ“神意の暁”です」
「……やっぱりか」
彼女はやはり彩斗がなにものかわかっていて接触してきたということだ。
「それで俺に何の用だ」
茶髪の少女はわずかに顔を強張らせて武術のような構えをとる。
わずかに身体を横にし、左手を前へと突き出し、右手を胸のあたりまで後ろに引いている。
「あなたの実力見定めさせてもらいます」
茶髪の少女のとった構えに彩斗は既視感を覚えた。どこかでその構えを見たことがあったような気がした。
意識が彼女から逸れた一瞬だった。彼女が視界から刹那のうちに消え去り、彩斗の懐にいきなり現れたのだ。
「───ッ!!」
彼女の掌底を回避することはこの距離ではできない。それなら回避ではなく防御するしかない。左腕に魔力の塊を纏わせ放たれた掌底を阻む。
例えただの呪力を纏ったのだとしても真祖クラスの吸血鬼の魔力障壁を砕くことはできないはずだ。
そう、できないはずだった……
「瞬虎──ッ!」
茶髪の少女が叫んだ言葉に彩斗は驚愕する。予想だにしていなかったことに左腕へと集中していた魔力の障壁に歪みが生じる。
彼女の掌底はそれがわかっていたかのでもいうように的確に魔力が消滅した部分へと刺しこまれる。
「グハ───ッ!!」
鋭い刃へと変貌した掌底が左腕へと突き刺さる。その攻撃は打撃というよりは斬撃に近い形だった。
わずかに後退したがギリギリで持ちこたえる。
「あの攻撃を受け止めますか。やはり“神意の暁”ともあれば一撃では無理でしたか」
茶髪の少女は顔色一つ変えずに言ったのだ。彼女は“神意の暁”を一撃で仕留める気だったのだ。そんなことできるはずがない。しかし、彩斗の左腕には彼女が放った掌底の痛みが強く残っている。真祖に並び立ち、真祖を殺す伝説の吸血鬼である“神意の暁”の超回復を持ってしてでもこの痛みが治るのには時間がかかるであろう。
「なんでテメェがその武術をつかってやがる」
傷を負った左腕を押さえながら彩斗は茶髪の少女を睨みつける。
先ほどの構え、動き、そして“瞬虎”という技。その全てが彩斗が感じていた既視感を形作っていく。
あの武術は彩斗の妹、緒河唯が操る魔族と戦うための武術にして不老不死の吸血鬼さえ戦闘不能に追い込む対魔族武術“虎皇神法”だ。呪力を纏わせた拳や足で的確に相手の急所をつき、全ての攻撃を受け流す攻防自在の武術。
茶髪の少女はやはり顔色一つ変えずに再び構えをとる。
「それは私がこの武術の会得しているからです」
この少女が操る武術が“虎皇神法”だというならまだ幸いだ。彩斗には唯の武術を見てある程度の技の動きは理解している。それなら彼女の攻撃をかわすことができる。
「来いよ、女!」
彩斗は右手の指を動かして挑発する。
「わかりました」
わずかに眉が動いたが顔色を変えず茶髪の少女が少し膝を曲げて体勢を落とす。
あの構えから放たれる技は、魔力の攻撃を受け流すと同時に強烈な一撃を流れるように放つ“流虎”だ。
沈黙が無灯火の修道院に響いた。木々が夜風で揺れる。
その沈黙を破ったのは意外にも茶髪の少女だった。
「どうして眷獣を使わないのですか?」
「どうしてか……」
彩斗は不敵な笑みを浮かべて彼女の問いに答える。
「悪ぃけど俺は女に本気を出すほどガキじゃねぇんでな」
「そうですか……」
少女は悲しそうにも嬉しそうにも見えるなんとも言えない表情をみせる。そして彩斗へと敵意全開で睨みつける。
「それなら引きずりださせるまでです」
茶髪の少女が地を蹴って彩斗の視界から一瞬で消える。
少女は数メートルはあった距離を一瞬にしてゼロとし、彩斗の懐へと現れた。相手のと距離を瞬時に詰め、魔力を纏った強烈な一撃を放つ“瞬虎”だ。
わかった技なら回避することも容易いこと。
彩斗は吸血鬼の筋力を解放し、後方へと飛び退いた。
「その程度を読めないと思いましたか?」
冷静なその声に彩斗は身を震わせる。そして少女の狙いに気づいた。
しかしその時には、もう回避する手段など残されていなかった。
「影虎──ッ!」
少女の魔力を纏った細い足が地面へと叩きつけられる。凄まじい衝撃に巻き上げられた地面の欠片が無数の弾丸となり彩斗へと襲いかかる。
なす術もなくその攻撃を彩斗は受ける。
身体のあちこちに地面の欠片が突き刺さる。
「まだ終わりじゃないですよ」
巻き上げられた土煙の中から茶髪の少女の声が響く。
直感で彩斗はまずい!、と全身が凍った。
しかし先ほどの地面の欠片のせいで力を入れるだけでも激痛が走り、バランスがとれない。
「若虎──ッ!」
土煙の中央に穴があく。そこに現れたのは、爆発的な魔力の波動を纏い左手がターゲットの距離を測り、右手が後方へと引かれている。その技は、相手の一撃で沈黙させるほどの威力を持つ若き虎の牙。
回避することはできない。防御のための魔力を纏わせる時間さえない。
少女は左手を右手へと引き寄せて魔力を増幅させた両の掌底が彩斗の腹部へと抉りこまれる。
「グハァ──ッァ!?」
激痛とともに彩斗の身体は数メートル先の木へと叩きつけられる。
確実に内臓の幾つかは完全に機能を失っているだろう。これこそが“虎皇神法”の真の力なのだ。外部からではなく内部から身体へと攻撃を加えていき、吸血鬼の回復機能にも影響を与える。
霞む視界の中、茶髪の少女がゆっくりとこちらへと近づいてくる。
「少しは出す気になりましたか、“神意の暁”」
「……いや……全く」
「……そうですか」
茶髪の少女の表情はもはや見えない。しかしその声はどこか悲しげに聞こえた。
この少女はまさか誰も傷つけたくないのではないだろうか?
「それじゃあ死んでください」
「悪りぃな……こちとっら不死身なんだよ」
痛みに堪えながらも彩斗は不敵な笑みを浮かべる。不老不死である彩斗は死ぬことはできない。どれだけの苦痛を受けようともどれだけ死にかけようとも死ぬことはできない。死ねないのだ。
覚悟を決めて彩斗は目を閉じる。
これまでとは比べものにならないくらいの魔力が大気へと放出される。
「虎皇雷撃──ッ!」
少女の叫びとともに大気に放出され続けていた魔力が一点へと集中していく。
その攻撃を受ければただではすまないであろう。しかし今の彩斗に彼女の攻撃を回避する術など残っていない。
その時だった。夜風に揺れる木々の音に紛れて聞き覚えのある少女の声が聞こえた。
「煉獄炎舞──ッ!」
強烈な二つの魔力の塊が激突し大気を震わせる。凄まじい衝撃波が周りの木々をなぎ倒し、崩壊している修道院の壁を破壊する。
その衝撃波は真祖クラスの眷獣の魔力の波動に匹敵するほどだ。
「大丈夫、彩斗君!?」
聞き慣れた少女の声。彩斗は霞む視界に黒髪の少女が映る。
「よ、よう……逢、崎……」
不器用な笑みを獅子王機関“剣帝”の少女へと向けた。
「なんでこんな無茶するの!? バカ!?」
「バカとはなんだよ……こっちだって必死だったんだ……」
彩斗は木に背をあずけながら立ち上がる。吸血鬼の回復によってわずかではあるが身体中に突き刺さっていた地面の欠片の傷は癒された。
「なるほど……あなたが“神意の暁”の監視役ですか」
「ええ、そうだけど。あなたは何者なの?」
友妃は背中に背負っていた黒色のギターケースに手をかける。その中身は“夢幻龍”だ。
「私は立神さんの味方です」
「立神……?」
どこか聞き覚えのある名に彩斗は顔をしかめる。しかし都合良く思い出すことができない。
「流石に剣帝と“神意の暁”の二人を相手にするのは私でも無理なのでここで手を引かせてもらいます」
茶髪の少女はそう言って纏っていた魔力の波動を消し、彩斗たちに背を向け、歩き出す。
友妃はそれを止めようとはしない。それはここで戦っても無駄だということと彩斗がこれ以上のダメージを受ければ眷獣が暴走しかねないのだ。それならば、ここで彼女を逃がした方がこちらとしても都合がいい。
少女は突然立ち止まりこちらに顔を向けずに喋りだした。
「ですが、剣帝さん。あなたは助けに行く方を間違えましたね」
「どういうこと」
「そこにいる“神意の暁”を戦闘不能にすることはできても私は殺すことはできない。ですが、立神さんは彼らの簡単に殺せますよ」
少女の口元がわずかに震えているのが暗闇の中に見えた。
その時だった。
「「───ッ!?」」
巨大な魔力の波動が大気へと解き放たれた。身体中の毛が逆立つほどの強大な魔力の塊。それほどの魔力の塊に彩斗は震えが止まらなくなる。
そんなことがあるわけがない。そんなことがあっていいわけがない。まさか、あの時の何かが抜きとられた正体は……
「クッソが!」
彩斗は痛む身体に鞭を入れた強大な魔力の方へと走り出した。
「さ、彩斗君!」
慌てて追ってくる友妃にも気にできないほどだった。
それこそがこの“神意の祭典”の幕開けを知らせる狼煙となった。
彩斗が茶髪の少女と修道院に着いた頃、古城は校門へと急いでいた。
あたりはすっかり暗くなり、校舎から出た時には一瞬校門が見えないほどだった。しかしすぐに吸血鬼の目が暗闇へと対応し、あたりを鮮明に映し出す。
校門の前にはいつものように黒色のギターケースを背負っている少女が立っていた。
「悪いな、姫柊。別に待ってくれなくてもいいのによ」
「いえ、わたしは先輩の監視役ですから当然のことです」
あはは、と苦笑いを浮かべるしかなかった古城だった。獅子王機関から派遣された第四真祖の監視役である姫柊雪菜はこういうところが生真面目だ。それが彼女の魅力でもあり、欠点でもあるともいえる。
「早く帰りましょうか、先輩。凪沙ちゃんはもう家に帰ってると思いますよ」
「そうだな。これ以上遅れると凪沙に何を言われるかわかんねーしな」
古城たちは自宅へと向かい歩き出した。
「そういえば、緒河先輩は一緒じゃないんですか?」
「あいつならちょっと前に帰ったぞ。多分、叶瀬のためだろうな」
「緒河先輩は、夏音ちゃんのためならなんでもしますからね」
それが彩斗のいいところともいえる。決して口に出すことは少ないが、影で動いていることが彼はらしい。
「そうだ、姫柊。今日は待たせちまったみたいだし、ウチで晩飯食ってくか?」
「いえ、わたしは当然のことをしただけですから」
「食ってけよその方が凪沙も喜ぶと思うし」
「それならお言葉に甘えさせていただきます」
雪菜は嬉しそうに頬を緩ませる。
余程、凪沙とご飯が食べれることが嬉しいのだろう。
「それなら凪沙に言っておかねーとな」
学生服のズボンから携帯を取り出し、凪沙に電話をする。
その時だった。
「先輩、伏せて!」
雪菜の鬼気迫る声に古城は咄嗟にその言葉に従い半ば倒れこむように伏せる。
するとそこへと濃密な魔力の塊が飛来し、古城の後方にあった建物の外壁を一撃で粉々にしたのだ。
「なんだ──!?」
あれほどの威力の魔力弾を放ったことにも驚きだが、それに第四真祖も剣巫も気づけなかったことのほうが驚きだ。
「あれ? 外しちまったか?」
この場に似つかわしくない愉しんでいるような声が暗闇に響いた。その声のした方向に古城は振り向く。
「おまえは……!?」
暗闇の中でも目立つ金髪。愉しんでいるような吊り上げられる口角。そいつは、彩海学園中等部の宿泊研修に向かうフェリーの上に突如として現れた吸血鬼だ。
金髪の少年の手には、ラ・フォリアが持っていたような呪式銃が握られていた。先ほどの魔力弾はどうやらそれで撃ったらしい。
「やっぱり、俺はこういう武器は苦手なんだよな」
金髪の少年はこの場に似つかわしくないほどに気怠そうに呪式銃を地面へと落とす。
「あなたは何者ですか?」
雪菜が古城の前へと立ち背負われているギターケースから銀の刃を握る。獅子王機関の秘密兵器、全ての魔術を無効化する破魔の槍“雪霞狼”だ。
「そう殺気立つなよな剣巫よ。どうせおまえたちはここで死ぬんだからよ」
金髪の少年が不敵な笑みを浮かべる。それは彩斗が浮かべるものとは違った。彼の笑みに古城たちは全身を震わせた。
少年が右腕をこちらへと突き出した。
「面白いもんを見せてやるよ。……っつっても見たところで意味なんてないけどな」
右腕から膨大な量の魔力が大気へと流れ出していく。爆発的な魔力は禍々しく淀みきっている。
その魔力と光景に古城たちは一歩も動けない。その間にも魔力は何かの形成していく。
禍々しい魔力から出現したのは、美しい女性の肉体を持った眷獣だ。宝石のような綺麗な碧色の瞳。スラリと長い足。しかしその足は蛇の鱗のようなで覆われている。さらに女性の長い髪の全てが無数の蛇。
「顕現しろ、二番目の眷獣、“大蛇の母体”──!」
その爆発的な魔力を古城たちは知っている。この感覚は、彩斗が“神意の暁”から授かりし眷獣を出現させた時と同じだ。
「どうだ、驚いたか? 俺が“神意の暁”の眷獣を持っていることによ」
金髪の少年の瞳が真っ赤に染まり上がる。それがより一層彼の不気味さを際立たせる。
「それじゃあな……第四真祖」
蛇の母体が金髪の少年の声に応えるように動き出す。ユラユラと揺れ出すとともに身体中から出現した無数の蛇が古城たちめがけて飛来する。
「姫柊、下がれッ!」
吸血鬼の本能があの眷獣の攻撃を受けてはいけないと古城の身体を動かす。
「疾く在れ、九番目の眷獣、“双角の深緋”!」
緋色の双角獣が咆吼し、飛来してくる無数の蛇を振動の衝撃波が全て叩き落とす。
「いい判断だな。だが、こいつはその程度で防いだと思うなよ」
金髪の少年が再び、不敵な、いや禍々しい笑みを浮かべる。
すると蛇の母体は奇声をあげる。そして先ほどとは比べものにならない無数の蛇が古城たちへと襲いかかる。
「先輩!」
「来るな、姫柊! 疾く在れ、“獅子の黄金”!」
出現した雷光の獅子と、緋色の双角獣が、襲いかかってくる無数の蛇を全て消し飛ばす。
「ほう? だが、まだ増えるぞ」
さらに蛇の母体が身体中から無数の蛇を出現させる。それの数見ただけでも数千以上はいるであろう。暗闇を覆い尽くすほどの膨大な群れが古城たちを飲み込むまいと襲ってくる。
「クッソ! ──疾く在れ、“甲殻の銀霧”! “龍蛇の水銀”! “水精の白鋼”!」
手持ちすべての眷獣を召喚して、無数の蛇たちへと対抗する。雷光の獅子の雷、緋色の双角獣の衝撃波、双頭の龍が空間を喰い、水妖が時を戻し、霧の甲殻獣が古城と雪菜を霧化させる。
「はぁはぁはぁ……」
「どうやらそれがおまえの限界みたいだな。だが、こっちはまだだ」
金髪の少年が再び、右手を前へと突き出した。魔力が凝縮されていき、それが形を形成していく。
新たな眷獣の召喚だ。漆黒の身体に燃え上がる真っ赤な瞳。鋭く尖った牙。
「顕現しろ、“黒妖犬”!」
漆黒の獣が古城たちめがけて襲いかかる。しかし、古城は五体の眷獣の召喚で魔力が使い果たしている。
「先輩ッ! 避けてください!」
銀の槍を握った雪菜が襲いかかってくる漆黒の獣へと刃を突き立てる。
しかし、想像以上に漆黒の獣の動きが速い雪菜の未来視を持ってしてもその動きを完璧には捉えられない。
「獅子の神子たる高神の剣巫が願い奉る──」
雪菜が祝詞を紡ぎ、“雪霞狼”の刃の魔力が増幅されていく。
「破魔の曙光、雪霞の神狼、鋼の神威をもちて我に悪神百鬼を討たせ給え!」
漆黒の獣の身体を銀の刃がわずかに捉える。
グォォォ、苦痛にゆがむ咆吼を放ちながらも漆黒の獣は古城へと鋭い爪を突き立てる。
「先輩!」
回避することもできずに漆黒の獣の爪が古城の身体を薙いだ。突然の浮遊感が古城を襲う。
何があったのか一瞬理解することさえもできなかった。しかしすぐに背中へと襲いかかってきた衝撃波に失われかけた古城の意識が保たれる。
激痛を越えてもはや痛覚などない。身体が熱いという感覚しかないのだ。
「先輩! 暁先輩──ッ!」
雪菜が倒れる第四真祖に取りすがって呼び続ける。
「に、逃げ、ろ……ひ、姫、柊……」
わずかに紡ぎ出された声が雪菜へと届いたのだろうか。
「それじゃあな。第四真祖、剣巫」
霞む視界に金髪の少年の不敵な笑みと蛇の母体から無数の蛇が出現するのを捉える。
雪菜だけでも護らなければならない。不死身の第四真祖と違い雪菜があれほどの攻撃を受ければ死んでしまう。
感覚を失った古城は右手を動かし、眷獣を出現させようとする。しかし古城の呼びかけに眷獣たちは応えない。
暴走してでもいい、だから応えろよ!
その間にも無数の蛇が古城たちへと襲いかかる。雪菜は古城へと覆いかぶさって逃げようとはしていない。
無数の蛇たちが襲いかかる──
「──“優鉢羅”! “跋難陀”!」
歓喜に満ちたような声が響いた。夜空を焦がすほどの膨大な魔力が古城たちの前へと吹き抜けた。青く輝く蛇と全身禍々しい刃で武装した巨大な蛇だ。
これほど膨大な魔力の眷獣を操れる使い手に古城は心当たりがあった。
蛇の眷獣を操り、戦場を愉しんでいる“戦王領域”の貴族だ。
「困るな。ボクの古城にちょっかいを出すのは」
両眼を真紅に輝かせて、闇の中に現れたのは、美しい金髪の青年。純白のコートに身を包んだディミトリエ・ヴァトラーだ。
後書き
ヴァトラー参戦!
そしてやっぱりオリジナルとなると話を考えるのが難しいですね。
オリジナルなためいつも以上に誤字脱字等が多いと思うので見つけましたらお教えください。
他にも作品の意見や感想もお待ちしています。
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