ソードアート・オンライン もう一人の主人公の物語
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インフィニティ・モーメント編 主人公:ミドリ
壊れた世界◆仲間の死を糧に
第四十九話 新生《月夜の黒猫団》
前書き
ギルドの運営って大変そうですよね。
マルバのピックが空間を切り裂いた。三つ同時に放たれたそれは風を切り、前方の敵三対にそれぞれ命中する。少し遅れてシリカの投げたピックも届き、敵のHPを二割弱削り取った。
「せぃやあッ!」
掛け声と共に、サチが突進技『ヴォーパル・ストライク』を叩き込んだ。ジェットエンジンのような低音を轟かせながら放たれたそれは、最も前方にいた敵のHPをちょうど半分ほども削りとる。他の二体がサチを攻撃しようと寄ってくるが、それは許されなかった。テツオの棍が唸り、一列に並んだ敵二体をまとめて吹き飛ばした。ササマルがテツオの後ろから、アイリアはサチの後ろから、それぞれ敵に追撃する。サチの目前の敵は一斉攻撃を受けなすすべもなく砕け散った。
残り二体。転倒した身体を起こした彼らは剣を構えなおした。亜人種の敵は盾が厄介で、今回のサチのように背後から奇襲できれば楽だが、そうでなければ苦戦を強いられるのが常だ。だからこそ、マルバとシリカの二人の奇襲がかなり有効なのである。
サチたちに気を取られた敵は背後への警戒を怠った。ポンという軽い音がすると敵の周囲が白く染まり、視界が奪われる。『隠蔽』で敵の背後に回り込んだマルバがユキに『幻惑』を発動させたのだ。マルバの短剣が光り、敵のHPをがりがりと削り取った。隣でシリカももう一体に強烈な連続攻撃を喰らわせている。完全に挟み撃ちにされた敵は、満足に戦えないままそのHPを散らす羽目になった。
「ふぅ……サチさん、HP回復しますね」
シリカは先ほどの戦いで最もHPを減らしたサチにピナの回復をかけ、サチはシリカに礼を言った。
「ありがと、シリカちゃん。さっきの奇襲、すごくタイミング良かったよ」
「そうですか! えへへ、嬉しいです」
サチの言うとおり、シリカとマルバの遊撃は最近どんどんうまくいくようになっていって、『索敵』持ちや嗅覚の鋭い敵などの例外を除き、ほぼ確実に成功するようになっていた。盾使いの二人の防御のおかげでササマルとアイリアの打撃もかなり安定して発動できるようになり、仮にシリカとマルバの奇襲が失敗したとしても、手堅くダメージを与え続けることができた。問題があるとすればマルバとシリカが奇襲するときに孤立無援となってしまうことなのだが、マルバが優先的に『武具防御』スキルを上げているため、それもかなり改善されてきた。
半壊したふたつのギルド《リトル・エネミーズ》と《月夜の黒猫団》は、結局《リトル・エネミーズ》全メンバーが《月夜の黒猫団》に加入するかたちで一つのギルドへと生まれ変わった。すでにフィールドでは他のギルドに負けないほどの連携を見せ、次のボス戦での活躍を期待されていた。
彼らは迷宮区で十分な経験値とコルを獲得、更に宝箱からついにアイリアの武器である片手槍を入手し、意気揚々と七十八層の副都市『グラジオラス』へ帰還した。
《リトル・エネミーズ》時代にマルバとシリカは二人でよくギルドの行き先などを決めていたものだったが、《月夜の黒猫団》に加入してからはサチを含めた三人でギルドを運営するようになった。かつて《月夜の黒猫団》は正リーダーだったケイタが一人で新聞等から方針を考えて提案するという形で運営されていたため、ケイタが死んだ今、サチだけでは方針がうまく定まらず、ギルド運営経験の長いマルバとシリカを混ぜて話し合いをするようになったのだ。
今、ギルド運営役の三人の前には、情報屋アルゴから入手した各種インゴットの入手先と、新たに発見されたダンジョン・クエストに関する新聞記事が並べられている。
「アイリアさんの武器は新しく手に入ったのでいいとして、サチさんの盾、さすがにそろそろ新しくした方が良さそうでしたよね」
シリカがサチの盾の新調に必要な重量系インゴットの入手先を次の目標として提案するが、サチは首を振った。
「私の盾はこの前のモンスタードロップで特殊強化できるから、それでとりあえず十分だよ。それより、新しいダンジョンが気になるな。要求レベルはそこまで高くないし、まだ開けられてない宝箱とかありそうじゃない?」
七十五層とそれより下層がバグにより断絶して以来、七十五層以上の最上層に存在する攻略組のプレイヤー数はかなり減っているので、新発見のダンジョンも踏破されるまでにかなり時間がかかる。サチの言うとおり、今から行けばまだ宝箱の中身をたくさん入手できる可能性がある。
「でもねー。そのダンジョン、洞窟系でしょ? いいかげん洞窟は飽きたよ。それより、森林地方の採取系クエストがいいんじゃないかな。その報酬があれば、一週間くらいは結構おいしい料理が作れるよ」
マルバの意見は一見わがままにも思われるが、実は結構重要な話だ。彼らは最近ずっと迷宮区へ続く道をマッピングしているところだが、ずっと洞窟続きなのでかなり嫌気が差している。せっかく攻略を一時中断しサブダンジョンに挑むというのに行き先がまた洞窟なのだとしたら、効率も下がるだろう。未踏破ダンジョンを嫌々攻略するのより、すでに攻略された場所を注意深く探索した方がさまざまな発見がある……こともある。更にクエストの報酬アイテムが料理の調味料の原材料となるため、むこう一週間ほどおいしい料理が作れるようになる。これはかなり魅力的だ。
「うーん、悩みますね。わたしはダンジョンもクエストも両方気になります。その採取系クエストって所要時間どれくらいですか?」
シリカの質問に対し、マルバは新聞を調べて答えた。
「二つあって、両方を並行してやれば三時間半かな」
「それじゃ、午前中にそのクエストを終わらせて、お昼はおいしいやつ、作りましょう。それで気分を一新したらダンジョンに行って、四時間くらいで早めに帰ってくるっていうのはどうですか」
シリカの折衷案に、マルバとサチは賛成した。そろそろ夕飯時になるので、夕食係のマルバとシリカは買出しに出かける。この二人はあいかわらずひっぱりだこである。
「お、お二人さン、探したゾ」
買出しの帰り。鼻濁音の混じる特徴的な声に、二人は呼び止められた。情報屋アルゴだ。
「アルゴさん、こんばんは。この前の情報は助かりました。今日はどうしたんですか?」
「キリ坊から伝言ダ。あいつ――ミズキのことで話があるってサ」
マルバとシリカは顔を見合わせた。ミズキは死んだことになっているが、実際のところ、彼が死ぬところを――すなわち彼のアバターが消去されるのを――見た者はだれもいない。彼は戦闘中に外部要因により回線を切断され死亡したと推測されているが、実際のところは誰にも分からないのだ。
「ミズキについて……なにか分かったのか」
「いや、そうじゃあないらしいナ。ミズキと関係があるプレイヤーが見つかったそうだヨ。……そのプレイヤーについては3000コルだナ」
「アルゴ、君ちょっと最近情報料上げすぎでしょ……。前だったらプレイヤーの情報、そんなにしなかったのに」
「このご時世じゃ、仕方ないんだヨ」
そういって彼女はため息をついた。そう、彼女も七十五層以上の最上層まで上がってきた以上、もう下層に戻ることは叶わないのだ。最上層では情報の価値と同時に入手の難易度も上がっているので、必然的に情報の価格も上がらざるを得ないということだ。
「プレイヤーの情報は買わないでおくよ。キリトに今日の夜でもいいかって聞いてくれない?」
「お安い御用だヨ。具体的には200コルだネ」
七十五層以前の価格に比べればひどいぼったくりである。マルバが200コルをアルゴに押し付けると、アルゴはにししと笑った。
「毎度アリ。これに懲りたらちゃんとフレンド登録しとくんだナー」
七十五層攻略後、システムのバグによりフレンド登録が完全に初期化されてしまい、マルバたちも未だ連絡がとれない知り合いが結構いる。再会次第フレンド申請するように気をつけてはいるものの、ついつい忘れてしまうのだ。キリトもそのうちの一人である。今度会ったら忘れずにフレンド申請しなくては、とマルバは心に決めた。
「大丈夫だそうだヨ。相当急ぎみたいだったネ。早く行ってあげなヨ」
アルゴと別れると、シリカとマルバは急いで拠点を目指した。
後書き
新生《月夜の黒猫団》が誕生した以上、書かずにはいられなかった話でした。
次回、ミドリとマルバたちが出会います。ミドリとは何者なのか? ミズキとの関係性とは?
カウンセリングの専門家ということで、ユイが大活躍する予定。
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