ロード・オブ・白御前
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ユグドラシル編
第9話 知りたいと望んだこと
「おかえり」
階段の上で待っていた光実は、屋敷に入ってきた貴虎と碧沙を認めるなり声を上げた。自分で思っていたよりずっと低い声になった。
階段を降りて行く。
貴虎と腕を組み、杖にする碧沙の顔色は青い。
「碧沙、今までの定期検診で、そんなに疲れて帰ってくることなかったよね。最近は欠席も増えたんだって?」
「光実――」
「いい加減、何してるか教えてくれてもいいでしょ。僕だって碧沙の兄なんだよ」
睨み合った。そう長い時間ではなかったはずだ。
貴虎は碧沙に部屋に戻るよう言った。碧沙は心配げに光実と貴虎を見比べたが、背を向けて階段を登って行った。
「真実を知る覚悟はあるか?」
「ある」
その「真実」が何かは知らないが、あの妹をあんなに弱らせるものを知り、叶うなら打ちのめしてやりたい気持ちは本物だ。
貴虎は僅か瞑目し、光実を見下ろした。
「付いて来い」
貴虎に車で連れて行かれたのは、夜のユグドラシル・タワーだった。
タワーをずんずん進んでいく貴虎に置いて行かれまいと、光実は早歩きで貴虎を追いかけた。
エレベーターに乗り、いくつもの廊下を曲がって、貴虎はようやく止まった。
それはSF映画に出てくるオペレータールームに似ていた。多くの機械が明滅している。前面がガラス張りで、下の何もないフロアを見下ろせるようになっている。
「呉島主任。お帰りになられたのでは?」
「例の被験体の様子を見たい。まだ落ち着かないか」
「ええ。おそらく果実の禁断症状でしょうね。ずっと飲み食いできていないも同然ですから」
貴虎に目線で示され、光実はガラスから下を見下ろした。
下のフロアにいたものに目を剥いた。それは両手両足を鎖に繋がれ、もがくビャッコインベス。
すると特殊部隊らしき人間が出てきて、ビャッコインベスに何かを撃ち込んだ。弾丸ではない。麻酔弾のような。
《ガアァァぁああ!》
濃緑の蔓がビャッコインベスを覆って散る。
光実はガラスに両手を当てた。蔓の中から現れたのは、行方不明だったチーム鎧武のリーダー、裕也だったからだ。
《あ、あ゛あ゛ぁぁぁ!》
「裕也さん!?」
がちゃ、がちん。鎖を引っ張って裕也は暴れる。彼の肌にはまだビャッコインベスと同じ体表が一部見受けられ、目は赤く、右手には鉤爪があった。
次に現れたのは手術着の人間たちだ。彼らは裕也を囲み、手足を押さえつけて注射した。
光実はその場に頽れた。見ていられないからか、見たくないからかは、自分でも分からなかった。
(あのインベスが裕也さんってことは、今までゲームで使って来たインベスも、“森”にいるインベスも、みんな、みんな元は人間だったってことじゃないか!)
光実の傍らに貴虎がしゃがみ、光実の背に掌を当てた。びくっ、と体が勝手に跳ねた。貴虎はそれを拒絶と取ったらしく、手をどけた。
「あんな……あんなことをずっと、裕也さんにしてるの……?」
「彼を人間に戻すためだ。戻れなくなったらもう処分するしかない」
光実は今までやってきたことを思い出した。この手で。この両手でインベスを何体屠った? 何人――殺した?
「裕也さんは、人間に戻れるの……?」
討たねばならない怪物が人間だったなどあんまりだ。せめて希望はないのか。
「五分五分だ。“森”のインベスにはあの血清は効かなかった。彼が初めてだ。ここまで碧沙の血清が効いたのは」
「ちょっと、待って兄さん。碧沙の、って」
「インベスになった人間を戻すための血清は、碧沙の血から造られているんだ。ここに漕ぎ着けるまで1年かかった。凌馬に言わせれば破格の速さだそうだ」
やっと繋がる。中学生になってから増えた定期検診。貧血のような症状。虚弱体質。全ては碧沙の体を調べて、対インベス化の解毒剤を造るためだったのだ。
角居裕也という存在は、インベスが人であることを証明し。
呉島碧沙という存在は、人をインベスから守る希望を宿している。
これらを公表すれば、沢芽市どころではない、国中、世界中がパニックになる。薬になりえる碧沙を巡って争いが起きる。
光実は貴虎に連れられて部屋を出た。
「……理解できたよ。インベスが人間で、今、僕らの街はヘルヘイムの侵略を受けてるんだね」
「そういうことだ。――正直、お前にこのことを知らせるのはもっと後で、と思っていた。だがお前は碧沙のために知ることを選んだ。光実。ユグドラシルに加われ。もし俺が間違えても、これからはお前が碧沙を守ってやれ」
碧沙。いつも照れくささが邪魔して充分に甘えさせてやれなかった、自分と貴虎の妹。自分たちの宝物。
光実は貴虎を見上げて肯いた。
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