ロード・オブ・白御前
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ユグドラシル編
第5話 脱出
独房のような造りの部屋で、巴はベッドに寝そべって天井をぼけっと眺めていた。
(たった1回の変身で、人生ここまで急転するなんてね。父さんと母さんが知ったら何て言われるか――よしましょ。よけい気が滅入る)
長い自分の黒髪を指に絡める。意味はない。絡めては落とし、また指に絡める。
つい先日別れた初瀬を思い出す。初瀬亮二は戦極ドライバーに「力」を求めた。
ならば関口巴は? あのドライバーを通して何を得たかったのか。
(わたしが欲しいものなんて、碧沙と並んでいられる立場くらい。友達だって堂々と言っていい権利、資格。『呉島のお嬢様』と並んでも、誰にも文句を言われないだけのナニカ。それは戦極ドライバーにあったの?)
自問自答しても、「あった」という答えだけがあり、ナニカが何なのかまでは分からない。
悶々と考えていると、ドアが開く音がした。巴は起き上がって、目を見開いた。
ドアを開けたのは、他ならぬ呉島碧沙だったのだ。
「碧沙……何でこんなとこに……」
「あなたを助けによ。巴。さ、出ましょう」
碧沙が手を伸べるなら、その手を取らない道理は関口巴にはない。
巴はベッドを降りて部屋を出た。
碧沙の手には、ユグドラシル・コーポレーションのロゴが印字された緑色のカード。これが開錠の鍵らしい。
「よかったの? 貴虎さんには」
「いくら兄さんでも、やっていいことと悪いことがあるわ」
碧沙が兄に負の感情に由来する言葉を吐いたのを、巴は初めて聞いた。
「他に光実兄さんのお友達と、チームバロンのリーダーも捕まってるって聞いたわ。彼らも出してあげたいの。ちょっと時間を貰っていい?」
碧沙の様子がいつもと違う。巴は首振り人形のように肯いた。
「お前が俺を愉しませてくれるなら、俺もまたお前を見守ろう。ヘルヘイムの森が誰を選ぶか、まだ決まったわけじゃないからな」
DJサガラが、青いレモンのロックシードと、何かの部品を置いて去ってから5分と経たず、新しい客が紘汰の部屋を訪れた。
「巴ちゃん、碧沙ちゃん……」
「兄たちがすみません。今開けますから」
碧沙が持っていたカードで、独房のロックは外れたようだった。ドアが外から開けられた。紘汰はサガラが置いていった品々とジャケットを慌てて持ち、外へ出た。
「戒斗は」
「まだです。大丈夫、彼もちゃんと出して差し上げますから」
「悪い。それと、碧沙ちゃん、裕也――俺たちのリーダーがどこにいるか知らないか? さっき会ったばっかなんだ」
す、と碧沙の両目が細められた。
「――角居裕也さんのことですか?」
「そう、多分、その裕也っ」
「後で案内します。まずは駆紋さんを」
「あ、ああ」
相手は紘汰よりずっと年下のはずなのに、碧沙の声には意見を呑ませるだけの気迫があった。
碧沙と巴が奥へ向かう。紘汰はただ付いて行った。そして彼女らが足を止めたドアの向こうには、苛々と部屋の中を物色する戒斗がいた。
「戒斗っ」
「! お前ら……」
部屋のドアの横のカードリーダに、碧沙がカードキーを当てた。ロックが開く音がしてから、碧沙がドアを開いた。
「どうして――」
「話は後だ。さっさとここから逃げ出すぞ」
「――、手ぶらで帰るつもりはないぞ」
「同感だ」
紘汰と戒斗が向かったのは、戦極凌馬のオフィスだった。同じく虜囚だった巴、そして開錠のためのカードキーを持つ碧沙も付いて来た。
碧沙がカードで開けたオフィスで、紘汰と戒斗はそれぞれの戦極ドライバーとロックシードを取り返した。
「さすがにユグドラシルでも、捨てられたベルトまではないわよね」
巴が苦く笑った。彼女には、アーモンドのロックシードがあるだけ。
ここに来るまでのエレベーターの中で聞いたのだが、何と戦極ドライバーを親にゴミに出されたとか。それを聞いて戒斗が青い火のごとく怒っていたのを、紘汰は見て見ぬフリをした。
「こいつは誰でも使えるように改造されてるって話だったな」
2機ある量産型ドライバーの内、戒斗は一つを取ると、巴に押しつけた。
「あの、どういう意味――」
「要らないならいい」
「い、要る! 要ります!」
巴は慌てたように戒斗の手を掴んで引き留め、量産型ドライバーを受け取った。要る、と自ら答えた割に、その顔は不安でいっぱいだった。
そんな巴に、そっと、碧沙が手を添えた。
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