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Shangri-La...

作者:ドラケン
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第一部 学園都市篇
第3章 禁書目録
  七月二十四日:『幻想殺し』

 灼熱の巨人『魔女狩りの王(イノケンティウス)』が消え去り、戻ってきた静寂。湿りきった夏の夜気ですら、涼しく感じる。
 だが、今はそれよりも尚、涼しく感じられる。研ぎ澄まされた刃を首筋に突きつけられているかのような、神裂火織(かんざきかおり)の殺気によって。

「彼から離れなさい。従わない場合は……斬り伏せる」

 僅かに、血を流す彼女。否、彼女の血ではない。何故か判る。
 『女性の芳しい血』ではなく、恐らく────他人の、『男の汗臭い血』だと。何故だか、そう確信した。

「分かったよ、綺麗な御姉さん。因みに、俺には『吸血魔術師(シュトリゴン)』なんて恥ずかしいモノじゃなくて、『嚆矢』って名前があるんだが」
「存じています。非礼を詫びます、()()()()────我が名は神裂火織、ステイルと同じく『必要悪の協会(ネセサリウス)』の者です」

 名乗ってもいないフルネームを呼ばれてしまえば、流石に敵意を覚える。それだけで、『誓約(ゲッシュ)』が警告を告げる。
 誓いを守れと、叛く事は許さないとばかりに。既に限界まで力を振り絞った残り滓の身体を、更に追い込むように。

──参ったね、まさか『女』とは。俺は『誓約(ゲッシュ)』で、『女に手は上げない』んだってのによ!

 頭の中に、軋むような感覚。先程から、断続的に。『赤枝の騎士団(レッドブランチ・チャンピオンズ)』の末席として、己に化した禁戒。『守っている間は祝福を与え、破った後は呪いを与える』という、エリンの魔術。それが、『誓約(ゲッシュ)』だ。

 『赤枝の騎士団(レッドブランチ・チャンピオンズ)』のみならず、後のフィン・マックールの『フィオナ騎士団』でも重視されたエリンの英雄達の譲れぬ矜持であり。
 また、“光の御子(クー・フーリン)”を四枝の浅瀬に、メーヴ女王の奸計に。“輝く貌(ディルムッド・オディナ)”に主君フィン・マックールから許嫁を奪わせ、魔猪の許に。彼ら、名だたる英雄をしても逃れ得ぬ死に誘った極めつけの弱点でもある。

「さて……ステイルが倒れた以上、『人払い(Opila)』も効果を失うでしょう。貴方を相手にする予定はありませんでしたが、戦うと言うのならば──この神裂と『七天七刀』がお相手いたします」
「『はい』つッた瞬間に首と胴が泣き別れしそうなお言葉、有難うよ。けど、コイツには私怨があったが別にアンタにはない。無用な争いは、お互いに止めようや。『隣人を愛せ』は、お宅らの救世主(メシア)のありがた~いお言葉だろ?」
「御理解が早くて助かります」
『Wooooooooooooo……?!』

 納刀しながらの言葉と金属音に合わせて、『ゴモリ』の首が落ちる。否、関節と言う関節が切断されて、壊れたマリオネットかプラモデルのように崩れ落ちる。
 一体、何時の間に斬られたのか。全くもって分からない。もし、少しでも戦意を示していたらと思うと、首筋が寒くなった。

『てけり・り。てけり・り!』

 泡立つ漆黒の粘塊に還った玉虫色の残骸が路面の染みに代わり、慌てたようにうぞうぞと嚆矢の『影』に融けていく。そして、影の中から血涙を流す瞳で彼女を窺っている。
 このショゴスはこの程度で死にはしない、『原初の混沌』に還っただけだ。魔力さえ取り戻せば再び現れる、それまで暫しの間、さようならと言うだけの事。

──何にしろ、此処で闘うのは莫迦の所業、か。退いてくれるッてンなら、その方が有り難い。

 刃金の右腕と人のままの左腕を竦め、懐から取り出した煙草を銜える。右腕の鈎爪の指を擦って鳴らすように『真空』から電子と陽電子のペアを産み出し、その対消滅のエネルギーで火を灯して紫煙を燻らせながら。言われた通り、投げたまま立っていたステイルの側から離れる。
 それを冷静な目で見たまま、十メートル程も離れたところか。その靭やかな身体の何処にそんな力があるのか、火織はステイルの巨体を難なく持ち上げると、そのまま歩き去っていく。

「……そうです。貴方には、『無用な争い』かもしれませんが」
「あァ?」

 と、振り向かぬままの火織の声。それに、『魔術師』の顔で、万色の紫煙を吐きながらの声で応えて。

「────『友達(ステイル)』を打ち倒された私には、十分に貴方は用がある。それは、お忘れ無きよう」

 寸暇、此方を見た彼女の瞳。静かな怒りに燃えるそれに畏怖と、僅かに美しさとを見て。

「────そりゃ、そうだ。全く、復讐なんて何の意味もないな。次の復讐を呼ぶだけだ」
「全くです。では、これにて」

 それでも、そんな風に軽口を。それに勿論、まともに取り合わずに火織は今度こそ夜闇に消えた。
 それをしおに、人の気配が戻る。先ずは車のヘッドライトが見え、人の声が聞こえてくる。

 それに巻き込まれるのは吝かではない。寧ろ、そうして姿を撒くのが正しいやり方だ。
 だが────何故か。何故か、この先の道が気にかかる。それは、誰の意思だ?

「……阿呆か。俺以外に、誰が俺を動かせる」

 まだ中程までしか吸っていない煙草を、『人のもの』に戻した右腕で捨てる。残光の螺旋を描く火の軌跡、それを『影』が受け止めた。

『てけり・り。てけり・り♪』

 否、そればかりか、ショゴスが嬉しげに煙草を吹かしている。どうやら、先程から煙草や珈琲の減りが妙に早かったのはコイツの所為らしい。
 宿主の行為を真似、知識を得る。そうして、“古の者”を。かつて、彼らを造り出した創造者を、彼らはこの地球から駆逐したのだ。

「鬼が出るか、蛇が出るか。何にせよ(ろく)なモンじゃねェだろうが……まぁ、慣れたモンか」

 嘲笑うように口角を吊り上げ、歩き出す。歩を進める。殉教者のように、真っ直ぐに。
 暗がりの先、そこに倒れ伏す──────人影へと。

「…………何だ、男かよ。無駄足こいたなァ、こりゃ」

 実に残念そうに、嚆矢は息を吐いた。目線の先には、路面に倒れ付した……雲丹のような頭の、高校生くらいの男。
 それに目に見えて、嚆矢は落胆した。実に、実に面倒臭そうに。

 取り敢えず生きている事は確認し、携帯を取り出して救急に連絡しようとして。見れば、右腕の怪我がやけに酷い。
 まるで、刃物で何度も斬られたように。直ぐ様、火織の刀の腕前に思い至った。

「……仕方ねェなァ、野郎に命なンざ、分けたくねェンだが」

 亜麻色の髪を掻きながら、その右腕に『治癒』の神刻文字(ルーン)を刻む。これで、少しはマシになるだろうと────

「なッ────────!!!?」

 刹那、驚愕する。打ち消されたのだ、神刻文字(ルーン)が。一瞬、『あれだけ世話になった術式をしくじったのか』とも思った。だが、二度、三度と繰り返せば、流石に判る。

「コイツ……『魔術を無効化』したのか!」

 その、明白な事実に。そして、あからさまな『異能』に。
 その時、気付く。傍らに落ちていた、学生証に。この学園都市の、第7学区にある、『とある高校』の学生証に。そこに記載された────

上条(かみじょう)……当麻(とうま)

 後の人生を変える、その名前に──────……………… 
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