浪漫ゴシック
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第八章
第八章
「けれど。それでも」
「うん、これからもね」
「御願いします」
「こちらこそね」
柚子の紅の顔に対して修治は優しい笑みを浮かべている。それぞれの顔でだ。お互いに話す彼等であった。そうしてである。
三年後柚子が卒業してすぐに新婚旅行に出掛けた二人の話をだ。やはり全く変わらない美貌の京華がだ。カウンターでコーヒーを飲む先生に話しかけていた。
「ハッピーエンドですね」
「これからはじまるけれどね」
「けれどまずはハッピーエンドですね」
「初恋が適ったからね」
笑顔で話す二人だった。
「いいことだよ」
「ただ」
しかしとだ。京華は苦笑いと共にこうも言うのだった。
「柚子も。凄いですね」
「凄いって?」6
「小学校一年で。最初に見た時からですから」
「言われてみれば確かに」
先生もだ。京華のその言葉に頷く。それは確かにであった。
「一途だね」
「そうですよね。凄く一途ですよね」
「その一途さがです」
どうかというのである。
「修治君と結ばれるものになったんですね」
「そうなるんだね。一途だね」
「この店もです」
京華は笑いながら店のことを話しはじめた。
「死んだ主人が。譲り受けたお店で」
「前にあった場所でなんだね」
「はい、その頃からこうした外観と内装でした」
「和風の。浪漫の」
「はい、浪漫でした」
そのだ。浪漫的な、大正を思わせる店だったというのだ。
「私、そのお店が気に入ってお店に通うようになって」
「ご主人と結ばれたんだ」
「そうです。同じですね」
そしてだ。話を戻すのだった。
「柚子も。私と」
「そうだね。一途なところも」
「私の愛した人は主人だけです」
京華は亡き夫のことも話した。死に別れて随分と経つだ。その夫のことをだ。
「このお店が。その何よりのです」
「証なんだね」
「二人の愛の。ですから」
こう話すのだ。先生に。
「ずっと。このお店はこのままです」
「ゴシックだね」
「そして浪漫です」
にこりと笑って先生に話す。
「それがこのお店です」
「いいね。一途に守っていくのがね」
「はい、それでなのですが」
「それで?」
「どうですか、もう一杯」
こうだ。先生に話した。
「もう一杯如何ですか?」
「あっ、それじゃあ」
先生は穏やかな笑みでだ。京華のその言葉に応えた。
そうしてだ。そのうえでだ。こう京華に述べた。
「御願いするよ」
「はい、それでは」
先生はそのコーヒーを飲んだ。その味もだ。
最初に来たその時のままだった。その時と同じく。美味なままだった。
その味は修治と柚子に受け継がれ。残っていった。二人もまた京華が夫に教えられたその味をだ。伝えていったのである。二人で。
浪漫ゴシック 完
2011・3・29
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