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アッシュビーの再来?

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第4話、亡命者達

「あの亡命者達の後見をしろだと?」

 第十一艦隊旗艦の指令室にホーランドの不機嫌そうな声が響きわたった。ホーランドはラデツキーの要請を取り付く島もなく「虫ずが走る」と言わんばかりに拒絶して、これで終わりと指令室の出口に歩き始めた。

「閣下、あくまでも亡命者達の後見人は私です。どうかその後ろだてだけでもお願いできないでしょうか」

 ラデツキーは成算の低さを自覚しながら、ホーランドの進行方向を塞ぐ位置で頭を垂れる。後見をお願いしている亡命者の一人は、ティアマトで第十一艦隊の勝利に瑕疵をつけた小艦隊の指揮官であり、ラデツキーも駄目もとでお願いしていた。

 それなりに信頼している部下の頭を下げる姿を見て一瞬だけためらったホーランドは、顔をしかめてラデツキーの横で立ち止まる。

「まさか貴官ほどの男があのメロドラマで情に流されたのではないだろうな。あれはマスコミが作りだしたストーリーに過ぎん。悪いことは言わん。馬鹿な考えは捨てたまえ」

 ホーランドの親切心から来る警告はラデツキーに何の感銘も与えなかったが、問題を解く糸口をいくつかを教えた。

 ここ最近、ホーランドをティアマトの英雄と称えるテレビ番組は数を減らしつつある。あくまでも時間経過による自然減だが、代わってお茶の間を騒がしていたのが帝国からの亡命者達だ。彼らの亡命譚は世紀の愛の逃避行としてドラマ化までされているのだが、ホーランドには目障りな存在として映っていた。

「閣下が亡命者の後見をしていただく利点を申して上げてよろしいでしょうか」
「……まあ、よかろう。話してみたまえ」

「ありがとうございます。まず第一に亡命者がティアマトで見せたあの手腕。もう一人が話半分の指揮官でも、閣下の新戦術をより少ないエネルギーで体現させる役には立つでしょう」

「統合作戦本部が亡命者を艦隊指揮官にするとは思えんがな」 

「だからこそのホーランド閣下の後見なのです。実際に戦って勝ったティアマトの英雄の言葉にはそれだけ重みがあります。また、これは第二の利点でありますが、ティアマトに参加した帝国軍将官が改心してホーランド閣下に従うという物語。これをマスコミは放っておくでしょうか?」

 ホーランドの考え込むような顔を見て、ラデツキーは上官の心を捉えたと判断してたたみかける。

「おそらく大衆はティアマトの英雄の偉大さを再認識するはずです。とりわけ、亡命者がマスコミの注目を浴びている状況では、その効果も大きくなると愚考いたします」

「ふむ。利点があることは分かった。だが、それで亡命者がローゼンリッターみたいに寝返れば、私が笑い物になるのではないか」

「確かに彼らが寝返れば多少のイメージダウンは避けられません。ですが、万が一の時には悪逆な帝国に亡命者の家族を人質に取られたと噂を流せば良いのです。マスコミはすぐに飛びつくでしょう。それにあくまでも後見人は私です。得られるメリットに比べれば、閣下のデメリットは児戯のようなものでしょう」

 ホーランドは少し黙ってから協力を表明した。

「貴官がそこまで言うなら協力しよう。なーに、統合作戦本部に対する私の影響力を図る試金石みたないなものだ。やれるだけのことはやると約束しよう」

「ありがとうございます、閣下」

 ホーランドの言質を取り付けたラデツキーは、ティアマトの英雄の名を使って軍のあちらこちらに根回しを始めた。国防委員長には一言だけ伝えた。それだけでも国防委員長のお気に入りホーランドとラデツキーの行動は、国防委員長派に妨害されなくなる。

 だが、国防委員長本人の力を借り過ぎると反国防委員長派の妨害が強くなり、ただでさえ慎重を扱いを要する亡命者達は政争の源になってしまう。そうなれば艦隊などとても任せて貰えないだろう。


 そのような状況を考慮したラデツキーは、思い切って正面からシトレ元帥の協力を取り付ける道を選んだ。

「元帥閣下、お久しぶりです。お時間を作って頂き感謝いたします」

 作戦本部長シトレ元帥との面会は驚くほど簡単にかなった。おそらくホーランド艦隊司令官でもこうも簡単に面会出来ないはずだ。

「別に構わんよ。貴官がいなければ我が軍は丸々一個艦隊を勘定から外しているところだ。多少の融通をきかしても文句は出ないだろう」
「恐れ入りますます」

「それでティアマトの英雄は息災かね」
「はっ。最近は国防委員長とゴルフ場をまわる機会が増えております」

「艦隊司令部に居座られるよりは貴官も平和で良かろう」
「いえ、そのようなことは決して……」

「ハハ、ないか。それで私に用件があるとか?」
「帝国からの亡命者のことです」

「ほう? そういえば最近、ホーランド提督がティアマトで矛を交えた亡命者の消息を探っていると聞いた。提督に伝えたまえ、彼らはもう同盟の市民なのだ。敵愾心を棄て和解すべきだと」
「閣下。まずこの件はホーランド提督に助力こそ求めましたが、あくまでも小官個人の希望であります」

「貴官個人の考え? ホーランド提督を庇うにしても、もう少しましな嘘をつくべきではないか?」
「閣下。閣下こそホーランド提督に妙な敵愾心をお持ちのようで残念でありません。どうか小官の話を冷静に聞いて下さい。小官はホーランド提督の許可を得た上で、亡命者達を同盟軍の提督として迎え入れるようお願いしにきたのです」

「亡命者を我が軍の提督にするだと? 二人はハイネセンの郊外で安らかに過ごして貰うつもりだ」
「閣下。情報部は大貴族の一族を殺害して逃げてきた二人を信用できると判断したと聞いております」

「……どうやら我が軍の機密情報は簡単に部外者に漏れるようだな」

 ラデツキーはマスコミの力をホーランドの近くで少しばかり学んだが、統合作戦本部トップのシトレ元帥はもっと詳しく知っているはずであり、機密云々など単なる世間話のようなものだ。おそらく、シトレ元帥は予想外の話し合いの流れに少しでも考える時間が欲しいのだろう。

「あれだけマスコミに注目されては情報を守ることなどほとんど不可能でしょう。そのことを閣下ほどのお方がご存知ないはずありません。それよりも閣下は亡命者の任官に反対しておられるのですか?」

「親国防委員長派はマスコット以上の役目を亡命者達に期待していなかった。それを私はせめて戦術研究所に入れて同盟の役に立てようと考えていたのだよ。だが……」

 シトレ元帥は椅子から立ち上がり、ハイネセンポリスの街並みを見て言いよどんだ。ラデツキーは無礼を承知で水を向ける。

「だが?」

「だが、事態は完全に変わった。実はエルファシルの英雄からニ度も亡命者を同盟軍の提督にするよう提言され、私はその都度却下していたのだ」
「エルファシルの英雄…… 私はよく知らないですが相当な切れ者のようですね」

「時々切れる変わり者だ。そしてホーランド提督と同様、大衆の英雄だ。例え彼の名前が忘れさられようともエルファシルの市民を救った英雄がいたことを大衆は決して忘れない。そして今や自由惑星同盟を代表する二人の英雄が、亡命者を提督にするよう私に推薦しているのだ。この時点で私に、いや政府でさえ、亡命者の任官を拒否する選択肢はなくなった。大衆から絶大な支持を受けるであろう両英雄の一致した行動を、誰が止められるというのだ」

「ならば協力して頂けるのでしょうか」

「そのつもりだ。ただし条件がいくつかある」

「なんでしょうか?」
「貴官に亡命者を預けるということは必然的に配属はホーランド提督の第十一艦隊となる。帝国の大貴族の横暴から命からがら逃げてきた亡命者に、ホーランドの下へ行けなどという仕打ちはできん。本人達の同意を取りたまえ。成功すれば彼らを准将の地位で貴官に預けよう。駄目なら人格者であるビュコック提督に預ける」

「承知しました。ですが一つだけご意見を申し上げて宜しいでしょうか」「何かね」

「ホーランド提督は自分の部下にならない亡命者を推薦などしないでしょう。それどころか総力をあげて軍から追い出すかもしれません」

「なるほど。貴官がそう言うならそうなのだろう。いずれにせよ私はこの問題で終始両英雄の意見を真摯に聞いてきた。このことを貴官が忘れなければ問題ない」
「もちろんです。おそらくホーランド提督も閣下の協力を忘れることはないでしょう」

 他に幾つか細かい約束をさせられて退室したが些末なことだ。ラデツキーは協力的なシトレ元帥から亡命者の機密ファイルを借りて熟読すると、早速亡命者を訪ねてみることにした。
 
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