ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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GGO
~銃声と硝煙の輪舞~
死の弾丸
シン、とした静けさが紺野木綿季と呼ばれる少女の耳朶を打つ。
老人の言葉を、その意味を、脳が受け取る事を拒否しているように感じられる。座っているはずの畳がぐにゃりと曲がり、どこにいるかも一瞬わからなくなってくる。
「………ま――――まさか」
数瞬か、数秒か、数分か。
数時間にも感じられた沈黙の後、木綿季がノドの奥から引っ張り出した声は、自分でも容易に信じられないほどに固く、そして掠れたものだった。
「偶然、でしょ?」
ここで眼前の老人、黒峰重國が首を縦に振ってくれたらどんなによかった事だろう。全ては冗談だった、昔話をしたかっただけじゃ、と言われたら。
だが、老人は首肯も、否定すらしてくれなかった。ただ重苦しく、うなだれるだけ。
それが首肯と否定の前者である事くらい、木綿季にでも判別できる。
次の声は隣から。
幼い少年の声は、この状況でもなお揺らいでいなかった。
「……まだ、あるんだね。シゲさん」
だがその言葉の意味は、またもや不可解なものだった。
首を傾げる木綿季に気が付いたのか、小日向蓮はさらに言葉を発する。
「GGOのプロ――――トッププレイヤーともなれば、恨みや妬みの重さは他のMMOの比じゃないはずだよ。さすがに日常茶飯事とまでは行かないだろうけど、テレビ画面に向かって銃撃する程度なら、ありえない話じゃない。六王の参謀担当だったシゲさんが、この可能性を含めた上で《殺人》って言うなら、偶然じゃない確信があったんじゃないの?つまり――――」
ジロリ、と少年の視線は畳の上に置かれた二枚の紙を見る。
「死んだ人は、もう一人いる」
「えッ?」
「………………………………」
押し黙る老人に、蓮はひょいと紙を取り上げ、その中身を見聞した。
今なら判る。
この紙は、死亡診断書だ。
写真で掲載されている人物は、現実世界でも本当に死亡しているのだ。
「………名前が、《黒峰》真ってのも、無関係じゃないだろうしね」
「……………………」
眼を見開いた木綿季と対照的に、静かに眼を伏せる重國。
あえてそこには触れず、車椅子の少年は言葉を続ける。
「このヒトの時も、《死銃》っていうプレイヤーが……?」
このヒト。
あえてオブラートに包まれた言葉に、この少年には珍しい《気遣い》というものが感じられ、老人は孫の成長を見たおじいちゃんみたいな笑顔を浮かべた。
「あぁ、大きなスコードロン――――ギルドの事じゃ――――の長でな。その会議中に現れ………撃たれた」
「……………死因は――――」
「同じく、心不全じゃ」
「「………………………………」」
否応なく、抗いようもなく。
二人の脳裏にはまざまざと、そしてはっきりとした映像が浮かび上がっていた。
全身黒尽くめの、顔の見えない狙撃者が、虚空に向かって銃のトリガーを引く。
発射されるのは黒い幻影の弾丸。
それは仮想空間の壁を貫き、パケット飛び交うネットワークの世界に侵入する。ルータからルータ、サーバからサーバへと弾丸は何度も直角に曲がりながら突進する。
やがてそれは、あるアパートの一室、壁に設けられたLANコネクタで実体化し、横たわる男の心臓へと――――
寒気を感じたかのように、木綿季が二の腕をさする。正直、蓮も全く同じ気持ちだ。
不吉な想像を振り払うように頭を振り、木綿季は言葉を紡ぐ。
「そんなこと――――ありえるの?」
しかし、掠れたその声に即答したのは眼前の老人ではない。
「ありえる訳ないでしょ」
しっかりと、睨みつけているとでも取れそうな鋭い目つきで少年は老人を見つめる。
「ゲームはゲームだ。それはどんなMMOでも同じだよ」
「ならこれらの事例は偶然で片付けるのかね、レン君」
「シゲさんには悪いけど、ただの偶然だよ、これは。それ以上でも、それ以下でもない」
きっぱりと言い切った少年の顔は、それでも揺るがなかった。
しかしその横顔は、木綿季から言わせれば、そう信じたい、と言っている様だった。
信じて、そしてそうに違いないと、言っているような。
しかし、重國はそんな少年を許さない。
ある意味で止めでも刺すかのように、老人の言葉は脳にねじ込まれる。
「では君は、SAOの最期にヒースクリフ――――茅場晶彦に何をしたのか、そしてALOで顕現させた力の正体を、本当に正しく理解しているのかね?」
「……………ッ!」
ふぅ、と。
煙管を吸って、紫煙を吐く。
その一動作で、小日向蓮のものになりつつあった一室の空気が、完全に黒峰重國の手に落ちる。
蓮の脳裏には、否が応にも浮かび上がる。
SAOの最期。
茅場晶彦を殺すために、『喰う』ためにブチ切れた瞬間。
ALO。
マイを、アスナを、全部ひっくるめて守るために取り出した、一本の槍。
いずれも、人間を《踏み外した》瞬間だ。
未確認とはいえ、SAOでは茅場明彦という一人の人間を殺しているのだから。
仮想世界から現実世界へ干渉する方法は、決して確立されてはいないが存在しているのだ。
そしてその可能性がある限り、同じ領域に立った者として、小日向蓮という一人の人間はこの一連の事件を無視できない。
無視できないし、容認できない。
容認できなくて、許容できない。
蓮は心の中でこっそり舌を巻く。
まったく、やはりこの老人は油断できない。可能性を提示し、逃げ道を確実に塞いでくる。
正直、ここまで完璧に決められたら呆れを一周半くらい通り越して(怒)みたいな状態になってくる。
「………蓮に、何をやらせたいんですか。シゲさん」
「儂からの要求は簡単な事じゃ。GGOにログインし、そこでこの《死銃》と接触してほしい。その殺人方法も、できれば」
「そんな――――」
紺野木綿季は絶句する。
それは。
そんなこと。
「撃たれろ、って言うの!?実際に人が二人も死んでるのに!!」
「だからこそ、じゃ。そんじょそこらの若造に頼むより、心意に精通している蓮君は、何よりその仕組みを解明できる。仕組みを理解できたなら、相殺も可能じゃろうて」
「そんな無茶な――――」
思わず叫びかけた少女の口を閉ざしたのは、目の前に突き出された細っこい腕だった。
半ば八つ当たり、あるいは逆ギレするように木綿季は蓮を睨む。しかし、その視線を空気のように受け流し、透明な少年は口を開いた。
「……解からないな、シゲさん」
「何がじゃ?」
「そこまで判ってて、シゲさんの立場を利用して犯人を特定する事なんて簡単でしょ?何より、なんでシゲさん自身が行かないの?心意についての知識っていう点だったら、僕よりも断然あるのに」
「一つ目については、無理じゃ。GGOを経営、運営している《ザスカー》という企業かも分からない団体は、アメリカにサーバーを置いておる。ゲーム内でのプレイヤーサポートはしっかりしておる代わりのように、現実の所在地はおろか、電話番号やメールアドレスすら完全に未公開。いくら儂の縄張りが広くても、実体のないものまではわかりゃあせんよ」
フクロウが咳をしたみたいな声で笑う老人に、しかし逃さないとばかりに少年は口を開く。
「………二つ目は?」
「……儂にも立場っちゅうモンがある、と言ったら――――分かるかのぅ?」
「そんな、そんなの――――ッッ!!」
少女は思う。
そんなの、他人に危険を背負わせているだけだ。
原理は分からない不確定の《死》に対し、逃げているだけだ。
明らかな非難、そして侮蔑と軽蔑の光を帯びた視線を向けられて、老人はシワの陰影を濃くした。
「弁解はしない。言い訳もしない。断られても当然じゃ。じゃが、その上でわしは頭を下げよう」
スッ、と。
額を畳に付きそうなほど、老人は腰を折る。
ただの少年と少女に、黒峰重國は頭を下げる。
「どうか、《あやつ》の仇を討ってほしい。無論、報酬も出そう。…………儂を、《助けて》ほしい」
「………………報酬は?」
「ッ!蓮ッッ!!」
止めようとする木綿季に、蓮は穏やかに笑いかけた。
「ちょっとした興味だよ。ここまで引っ張っといて、命と釣り合うような報酬って何だろうなってだけ。ねー、シゲさん?」
「……情報じゃ」
「情報?そのために僕達に命を掛けろって?」
話にならない、とばかりに。
心底から吐き捨てるように鼻を鳴らす少年を前に、老人は静かに、厳かに
「君の兄――――小日向相馬に関する重要な、という前置きがつくがの」
言い放った。
フロントガラスに細かな斑点模様ができつつあるのを見て、八伎総一郎はワイパーを起動させた。
今の時代、次第に衰退させられていっている化石燃料を使っているエンジンから、律動的で心地よい振動が、アクセルを踏む足を通じて伝わってくる。
相棒の木瀬宗次は、うるさいだの臭いだの時代遅れだの色々やかましいが、八伎から言わせれば今主流になりつつある電気自動車のほうが信用ならない。アクセルとブレーキの重さ。ハンドルの微妙なクセ。
徐々に最大法規速度が落とされていっている近年では、当然売りに出されている電気自動車群の出せる最大速度も目に見えて下落していっている。
要するに、無茶ができない。
別に自分はそこまで血の気の多いような人間ではないと自覚はしているのだが、それでも一人の人間の命を守る立場にあるのだから、やはり有事の際に対する対策はしたに越した事はないだろう。
ふぅ、と。
隣の助手席で軽く舟を漕いでいる木瀬の耳にも入らないような、そんな小さな吐息を吐き出して、八伎はチラリとバックミラーを見た。
途端、肌を焼く猛烈な視線。
十数年前、まだ自分が《ヤンチャ》していた頃に、雨のように、空気のように浴びていた視線が、後方約一メートルの場から強烈に放射されていた。
その出所は、後部座席に座る少女。
紺野木綿季だ。
最初、黒峰邸へと送る道すがらは、確かに彼女ならず、彼女の隣に座る小日向蓮にも視線を向けられてはいた。しかしその視線はあくまでも《警戒心》である。
当然だ。カタギの少年少女のもとに黒服の男達が現れてリムジンでさぁ行きましょう、なんて言われて何も思わずにひょいひょいついて行くヤツがいたら、ソイツは正真正銘のバカである。
だが今、彼らの――――性格には小日向蓮の、だが――――自宅であるアパートに送るまでのこの間。
リムジンの車内はピリピリとした空気に包まれている。
この中でのんきに頭をこっくりこっくりさせている助手席の野郎の頭を、これほどまでにフッ飛ばしてやりたいと思ったこともかつてないかもしれない。
視線を前方に戻しながら、八伎は思う。
その内容は当然、後ろの二人が主人――――黒峰重國から聞いた内容である。
わざわざ人払い。しかも内通者の盗聴まで恐れてか、周囲の部屋と二階全てから人という人を追い払った所業は、はっきり言って石橋を叩きすぎて壊してしまうと言われた黒峰重國らしくない。
そしてその内容不明な話が終わった後も変だった。
重國は何も言わず、ただ八伎に「送ってやりなさい」とだけ言って自室に引っ込み、小日向蓮はずっと何か思考しているようで車椅子からリムジンに乗り換えるときですら一言も喋りはしなかった。
そして何より、紺野木綿季だ。
彼女は話が終わった直後から、この世の全てが親の仇でもあるかのように悪鬼じみた眼光を自分にも木瀬にも向けていた。そのせいでケンカを売られていると勘違いした(あながち間違いではないかもしれないが)木瀬をなだめるのにどれだけ苦労したかは言うまでもないだろう。
《警戒》が明確な《敵意》に変わるほどの話。
その内容は一体何なのだろう、と八伎総一郎は思ったところで、わざと思考を中断した。
これ以上は『いけない』
これ以上は『ヤバい』
黒峰重國の右腕だの何だのと言われているが、それは所詮《表》向けのものだ。影武者となんら変わりない。
黒峰重國には《鳥達》がいる。それに比べたら、自分の存在などはせいぜい、役に立ったらいいなくらいのお守りレベルだ。これで主の動向など探りようものなら、夜道でブッスリということは安易に想像ができる。
彼らのアパートまでまだまだある。
それまで、会話の内容が気にならないくらいに運転に集中しよう、と。
そう心に決め、後部座席からの《敵意》を軽く流しながら、静かにアクセルを踏み込んだ。
フロントガラスにたまった水滴を、ワイパーがまとめて飛ばした。
後書き
なべさん「はい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「八伎さんカッコいい……」
なべさん「八伎さんは一度は出してみたいキャラだね、うん」
レン「こういうの何て言うんだっけ?ハードボルト?」
なべさん「おぉ、うん。……そうか、今日はキミがボケか」
レン「……あれ?ハードベルトだっけ?」
なべさん「はい、自作キャラや感想を送ってきてくださいね!」
レン「……あれ~?」
――To be continued――
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