整備士の騒がしい日々
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デスヨネー
「・・・んだぁ?」
日差しが入り込む部屋にロックな曲が流れている。この部屋で音楽を流す機器は決まっている。それに手を伸ばす。
「アラームじゃねぇ? あっ」
音を流し続ける携帯を見ると画面にはモーニングコールにしてはめんどくさい相手の名前が表示されていた。
心では無視したかった。だが無視するとそれこそ面倒な事になる。以前、どうにも電話に出ることができず一日丸々無視し続けたら、次の日に一日中長電話に付き合わされた事がある。
「もしもし? あー、相変わらず元気だな」
電話の相手の所在地が不明だから、俺の方は朝だが相手が朝とは限らない。とは言え、こいつは朝だろうと夜だろうと深夜だろうと関係なく電話をしてくる。今のこの電話だって、珍しくまともな時間にかかってきた。
「お前のおかげで初日からビックリだらけだったぞ」
赴任させられた理由やら、まさかの千冬やらと、初日からがっつりと気力を削られたモノだ。そしてまさかの千冬の件だが、こいつは知っていたはずだ。IS学園に千冬が居た事を。
「てめぇ、なんで千冬がいるって教えなかった」
聞いてみるも大体は予想できる。こいつは基本忘れているか、その方が面白いからのどちらかに決まっている。この場合は後者が濃厚だな。
「言わなかったっけ? じゃねぇ! 聞いた覚えと言うかIS学園に送られた理由さえ、お前の口から聞いてねぇぞ!!」
俺の記憶が確かならば、こいつからの説明は一切なかった。学園に着いて全てを知った様なものだ。
「そうだっけー? じゃ・・・あぁもう」
携帯を耳に当てたままベットから降りる。時計に目をやると、職員会議が始まる30分前。今仕度を始めなければ遅刻してしまう。
「そんで、朝っぱらから何の電話だよ?」
昨日は挨拶などをする為にスーツを着ていたが、今日は違う格好でもいいだろう。整備員として行くならスーツよりもジャージかね。
「なに唸ってんだよ? さっさと用件を・・・は? なに?」
何か言われたが凄く小声で聞こえなかった。再度聞くが沈黙しか返って来ない。
「おーい、聞こえてって・・・あ? ・・・切りやがった。なんなんだよ」
突然の通話終了に唖然とする。いつもの如く一方的な終わりだったが今回は少し違った。内容が一切ない電話など今日が初めてだ。
「後でかけ直すか。どうせ出ないだろうけど」
身嗜みをチェック、問題なしだな。さて、それじゃ仕事をしに行きますか。
職員室に入り、自分の席へと向かう。その道、すれ違う先生方に挨拶を忘れない。結局昨日話せたのは学園長代理と千冬と彩流だけだったから、今日で他の先生方と軽く話せるぐらいにはなっておきたい。
「白波先生、おはよう」
偶然という訳ではなく、こういう括りなのだろう。俺の隣には彩流の席がある。椅子に腰掛けると俺と似たようなジャージ姿の彩流が挨拶をしてきた。
「おはよう、さ、穂村先生」
まだ二日目なのだから慣れるはずがないのだが、どうにもこの先生というのは恥ずかしい。呼ぶのもそうだが呼ばれるのも慣れそうにない。
今だって危うく呼び捨てで呼んでしまうところだった。他の先生が居る時に呼び捨てはさすがにまずいだろう。
挨拶を終えたあと、会議が始まるまで適当に学園規約などを読み始める。正直な話、学園の事は何一つわかっていない。一応、教師としてここにいるのだから最低限のルールはわかっていないといざとなった時に自分が困ってしまう。
「(いけね、忘れるところだった。今日は織斑一夏と接触しておかないとな)」
もう一つの役職をすっかり忘れていた。俺がIS学園に来た(来させられた)一番大事な理由と言う名の役職、織斑一夏の護衛。これを昨日はすっかり忘れていて、顔を見ることさえしなかった。
「(さて、どう会うかね。まずはどのクラスかを知るべきか。担任が誰かも分からんし)穂村先生、一つ聞きたいんだが」
「ん、なに?」
彩流はノートパソコンで何かを調べていたようだ。俺の言葉に反応はしたが手は止まらず目もパソコンから離れていない。
「織斑一夏ってどの先生が担任なんだ?」
「知らないの? 織斑先生のクラスだよ」
「は?」
なんだろう、また神様に悪戯された気分なんだが。いや、織斑先生といっただけで千冬じゃないかもしれない。もしかしたら【織村】という先生がいるんだ。そうに決まって
「だから織斑千冬先生。織斑千冬を知らないとか言わないでよ」
「デスヨネー」
100%千冬でございましたとさ。
「(これはやり辛いな)」
俺が織斑一夏を護衛する事を知っているのは少なくとも学園長と学園長代理人だけ。他の先生方は俺は単なる整備員&相談員であるとしか知らないはずだ。それは千冬も例外ではないはず。
あの感の良い千冬に感ずかれずに織斑一夏を護衛する事は可能か?
「(うん、無理。どちらかってーとあいつが傍にいるんだったら俺がやる意味ねぇじゃん)」
ここでまた俺がいる理由が消滅した。これはもう帰り支度をしてもいいんじゃないだろうか? ISの整備は彩流や他の教員でも事足りる様だし、織斑の護衛は千冬が居れば問題ないはずだ。
ほら、俺がやる理由はどこにもない。明日にでも荷物をまとめて。
しかし、ここには専用機が集まってんだっけ? ここなら正当な理由で調べる事が出来るかもしれない、命辛々調べる事もない訳だ。
「なんか、罠に嵌められた気分だ」
「なにが?」
「こっちの話だ」
荷物を纏めるのはもう少し先にするか。データが揃うまでは役職を全うするとしよう。
そして、職員会議後に織斑のクラスへ向かおうかと考えたが、あまりにも話す時間がないと思い昼まで待つことにした。昼ならば一対一でなくても話せる場があるはずだ。それまでISの整備をしていよう。
待ちに待った昼休み。いや、それほど待ってもいないがとにかく織斑一夏を見つけないとって、探すまでもなかったな。
食堂にいる女子の視線がある方向に集まっているのだ。それを追うと目的の人物を見つける事ができた。
「食事中に失礼。お前が織斑一夏だなって確認するまでもないか」
「え、あ、はい」
突然現れた俺に驚いている織斑の隣に腰を降ろす。すると、彼の対面に座っていた女子が不機嫌に頬を膨らませた。
「あぁ、そこの女子、楽しい時間を邪魔して悪いな」
「なっ、楽しくは」
「ないのか?」
「・・・」
あら、顔を真っ赤にして伏せちゃったよ。多分このポニーテールの女の子は勇気を振り絞って織斑を食事に誘ったんだろう。悪い事をしたな、さっさと用を済ませるか。
「悪いが少し時間をもらうぞ。自己紹介がまだったな俺は白波烈震、これでお前と会うのはこれで3度目
なんだが覚えてないか?」
「え? しらなみ・・・しらなみ? えーっと・・・」
覚えている訳がないか。俺がこいつに会ったのは計2回。内、話した事があるのは1回だけで、さらに
話した時間は10分程度。会話の内容はあまり覚えていないが、なんか碌でもない事を聞いた覚えがある。なぜかあの時の事を思い出そうとすると寒気が走るんだよな。
「覚えてないならそれでもいいが、時間がないからサクッと説明すんぞ。何か困った事があったら俺に相談しろ。勉強でもISについても、恋愛でも、なんでもいいぞ」
「え? え?」
「要は俺はお前専属の相談員だって事。女だらけの空間に男一人は辛いだろ?」
「え、えぇまぁ」
「それでお前の味方として俺が呼ばれた訳。で、これが俺の連絡先な」
事前に用意していた紙切れを手渡す。携帯の番号とアドレスが書かれている。両方とも今の携帯にしてから一切変わっていない。
織斑はまだ頭が追いついていないのか生返事しか返してこない。
「それだけ伝えたかったんだわ。そんじゃ邪魔して悪かったな。あとはごゆっくり~」
立ち上がってそそくさとその場を去る。ごゆっくりと言った時、女子からもの凄く睨まれたのはなぜだ?
そう言えばあの娘もどこかで見た覚えがあるんだが、どこだったか。
「その内思い出すか」
「何をだ?」
「いや、あの娘が誰なのかって、うおっ!?」
食堂を出た先にいたのは人の気力をごっそりと持っていく織斑千冬だった。これから食堂へ行こうとしていたのだろうか、彼女の後ろにはちんまりとした女性が不思議そうな顔で俺と千冬を交互に見ていた。
「織斑先生?」
「あぁすまない、山田先生。先に行っててもらえるか?」
「え、はい。あ、白波先生、失礼します」
そう言って食堂へ入っていく山田先生とやら。
正直、体格と風貌が合ってない気がした。身長が低いのにだぼっとした服装、さらに大き目の黒縁眼鏡で若干ずれている。無理矢理大人な女性をアピールしているように思えたのは俺だけじゃないはずだ。
「それでお前はここで何をしている?」
「何って食堂から出てきたんだ。飯を食べ終わったと思えよ」
さらっと嘘をつけるようになったよな。これも世界を旅した成果だな、全然嬉しくないけど。あと嘘をつくのは控えないと。目の前に居る奴は嘘に敏感な類なんだから。
ほら、千冬の奴、半目だよ。めっちゃ疑われてる。どんだけ信用ないんだよ。
「ほら、山田先生が待ってんじゃないのか?」
睨まれっ放しは身体に悪いから、さっさと食堂へ行くように促す。そして、睨むのを止めないまま千冬は俺の横を通り過ぎて食堂へと入っていった。
「ふー、なんであいつと話すだけでこんなに疲れなきゃならねぇんだよ」
「ねぇねぇ、織斑先生と昔なにかあったの?」
「なんもねぇって、今度は誰だ!?」
俺に心休まる時間はないのか?
隣にはなにか面白いものを見て、悪戯するぞといった顔をした彩流が立っていた。どうやらこいつは千冬とは逆で食堂から出てきたようだ。
「うわっビックリした」
「俺がビックリしたわ。彩・・・穂村先生、頼むから気配を消して近づかないでくれ」
「消したつもりはないんだけどね。で、織斑先生とはどんな関係だったのよ?」
なんでこいつはこんなに楽しそうな顔をしているんだ。
それに今気付いたが、俺達の周りに人がちらほらといる。その内の何人かは俺と千冬との会話を見ていたのだろう。そのまま彩流の質問にも興味深々と言った感じで聞き耳をたてている。
さすがにこのまま黙って周りに聞かせる話ではないので歩き出す。彩流は当然の様に俺の横を歩き、周りで聞き耳をたてていた連中は諦めたのか付いて来なかった。
「別に、あいつのISの整備をした事があるってだけだよ。それだけだ」
「織斑先生のISってモンド・グロッソで優勝した時の?」
「あぁ。ただ整備と言っても、助手程度だったが」
千冬のISの整備は全て束がやっていた。俺はただ、そのデータを纏めたり、部品を発注したり、飯を作ったりしただけで、整備はほんの少ししかやっていない。
あの二人、家事が殆どできないからそこら辺の仕事が全部俺に回ってきたんだ。
「それでも凄いじゃない。って事は、烈震って実はもの凄い人なの?」
「そんな凄くねぇって。俺は極々普通の技術者だ」
「ホントかなぁ?」
「どーみても平凡だろ。っとと、悪い彩流。先に行っててくれ」
「うんわかった。じゃまた後でね」
胸元にしまってある携帯が振動しているのに気が付き、慌てて取り出すと電話だと思ったがメールであった。メールなら彩流を先に行かせる必要はなかったが、まぁいいか。
メールは一件、未登録者からのメール。
「おっと、さっそくか?」
件名はよろしくお願いします。
そのメールの差出人は織斑一夏からだった。
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