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アマガミという現実を楽しもう!

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第17話:ただ自分を超えるために(2)

 俺には、この世界に転生して以来、どうしても克服できないものがあった。
 それは、鏡などに映った自分の像を長時間見続けることだ。
べつに自分のルックスや顔があまりに酷くて、見るに堪えないからという理由では無い。鏡に映る自分をじっと見続けていると何故か吐き気や頭痛が起こるのだ。俺が転生してから今までの13年間、ずっとだ。何て言えばいいのか、鏡に映った姿が自分の前世からのイメージとして持っていた「自分」と大きく乖離しているようで、感じる違和感が尋常ではないのだ。そして、吐き気や違和感を堪えた後に必ず考えてしまうことがあるのだ。

――――目の前のこいつは、一体誰だ?、と。







 俺の姿を映した招集所近くのガラスを一瞥した俺は、壁に寄りかかって足を組み、競技中のメインプールに顔を向けた。目の前では、小学校高学年の女子選手が残り25mの距離をクロールによる激しいデッドヒートが繰り広げられていた。4コースと3コースの選手がトップ争いをして、それを残りの選手がトップ層の身体一つ分の距離の差を詰めようと迫っていた。やがて15mラインを越えると、3コースの選手のスピードが緩々と落ち、4コースの選手との差が広がり始めた。

(こりゃあ勝負が決まったかな)

 と、レースの先行きに対しての興味が急に冷めていった。
結局4コースの選手が身体一つ分抜けた状態でゴールし、そのレースは終わった。電光掲示板を見ても選手の名前や所属は知らないし、タイムに関しても興味を誘うものでもなかった。
 次の試合に興味を持たなかった俺は、ふと視線を招集所に向けるとそこに輝日東高校のラベルが入ったジャージを着た女子に目を向けた。特に美人だというわけでも、好みのタイプだから意識が向いたわけではなく、彼女の髪が黒のロングヘアーが印象的だった。おそらく綺麗に手入れが施されているのだろう、その黒髪は美しかった。
その黒髪と笑顔を見て、絢辻先輩を思い出した。



「……ちょっと遠野君。あなた、あたしの話をちゃんと聞いてるの?」

 腰かけているベンチの背もたれの部分をバンと左手で叩く。その音にびっくりした俺は肩をすくめて目を瞑った。はっきり言って、人形のように美しい女性からは想像も出来ないような人を射抜くような視線と荒げた言動の迫力は冗談抜きに怖いと思ったし、今思い返してもやっぱり怖い。

「は、はい! 聞いておりますです、はい!」
「本当? ……はぁ、まあいいわ。でね、その輝日東高の新人教師が……」

 背筋を伸ばして返事をする俺をジト目で見ると、ため息を吐いて再び海を見ながら話を続けた。俺は再び苦笑を浮かべて、先輩の話を聞くことに専念した。心境は、ビールを飲んでベロベロになった同僚の愚痴を聞いているのと同じようなもの、簡単にいえばげんなりしている。それでげんなりした気持ちがため息となったり顔に浮かんだりすると、先程のようなやり取りが始まる。何とも心の温まる話ではないだろうか。
 先程から続いている話とは、輝日東高の女性の新人教師の仕事ぶりの事だ。まだまだ配属されたばかりで仕事に慣れていないのは分かるが、授業内容が準備不足丸分かりであることや自分に仕事を振りすぎて辛いということを俺に愚痴っていた訳である。もちろん俺は陰口が嫌いだが、こういう話を聞くようになったのも元は絢辻先輩にとっての心の地雷を踏んでしまった俺の行動に原因がある。

「……という話なの! もうあの無能教師、私の気も知らないで!」

 先輩が硬く握られた両手で自分の太股に叩きつけながら、強い口調で言い放った。どうやら先輩のボルテージは最高潮に達しているようであった。「ようだった」というのは、先輩の話を俺は半分以上は聞き流したために、根幹となる部分以外は頭に入っていなかったからである。その時の俺の思考回路は、本当になんたら寸前の状態だったのだ。

「……でね、遠野君。君はどう思う!」
「……は?」

 呆けていた中にいきなりのキラーパスを振られ、俺は戸惑った。話の根幹に関係ないよね、無茶ぶりもいいところだ、と心の底から思ったものだ。

「え……そうですね。新人にいきなり即戦力を求める風潮は今の日本では無くてですね、その……どちらかと言えば新人にとって今の期間は人材育成に当たるのではないのでしょうか。ですから、無能だと思うお気持ちは理解できますが、断言して貶めるのは酷と言えないでしょうか」
「でも、教師なのよ! 人の人生を左右するのよ」
「神様や天才でない限り、教師にだって新米の期間はあります。配属されて最初から全部出来るなんてことは無いと思いますが……」
「むう……」

 むっとした表情の先輩の口から唸り声が漏れて、俺に鋭い視線を浴びせる。これまでに幾らか浴びせられたが、やはり怖いからその射殺すような視線は止めてほしいと心から思う。

「遠野君って、大人みたいな口を聞くのね。まるで、教師みたい」
「き、教師ですか?」
「そうよ。常識人ぶって、自分の言っていることが正しい、と自論を一般論のように話す口調が特にね」

 絢辻先輩は、拗ねた口調でそう言い、海の方に顔を向けてぷっつり黙ってしまった。何と話しかけても、彼女は眉間に皺を寄せて拗ねたような表情をする以外に一切俺の言葉に反応しなかった。

(別に意地悪したつもりは無いんだけどな、何でだろ)

 俺も海の方に顔を向け、隣の拗ねた年上の子どもの気分を害さないように小さく溜め息をついた。
 気分を変えようと、練習上がりに買った缶ジュースを学生鞄から取り出して、栓を開けた。あんなに冷えていた中身は少し温くなっていて、美味しいとも不味いともいえない味と喉越しに俺はしかめ面をした。横目で先輩の横顔をちらっと見たが、彼女は相変わらず海の方を見ていた。


(そういえば、こんな事が昔どこかであった気がする。あれはいつの事だっけ)

 その温い炭酸飲料を口にしながら、俺は前世で似たような事があったことをぼんやり思い出した。そうだ、あれは前世の高校時代の時で、当時好きだった女子のクラスメートと少しいい感じになっていた頃だ。その彼女は進路や勉強について愚痴を良く漏らしていたので、何でも理解してやる、助けてやると意気込んでいた俺はこんな感じに口を挟んだっけな。そういうと、そのクラスメートには


「おせっかい! そんな意見、私は聞いてないわよ!」
「もういいわよ、馬鹿!」


と涙を浮かべて罵倒されたものだ。


(何だよ、あの態度は。人が親切心起こして、動いてやったのに)


 と、あの時は彼女の言動が分からず、恨みつらみを聞かされた俺は怒るよりも先に呆けたもんだ。今思い返せば、彼女はただ自分の話を聞いてほしかったのかもしれない。そんな中で上から教えてやってます、みたいな態度を取られたら堪ったもんじゃない。いかに自分が人に配慮しきれない幼い人種だったか、と今ではとても反省している。
 この目の前で拗ねている先輩も、俺に自分の溜め込んだ何かを聞いてもらいたかっただけなのではなかろうか。普段から自分を抑え続けて苦しんでいた彼女の事だ、きっと相当ストレスや鬱屈した言葉を溜め込んでいたのだろう。


(身体だけデカくなっても、社会に出て働くようになっても女心を理解するスキルというものは前の中学生の頃から相変わらず変わってないな)


 俺は再び溜め息をついた。今度は彼女の様子に対してではなく、自分の成長の無さに対して。それは情けなさを代弁するかのように、深く低い音がした。




 先輩が拗ねて会話が途切れてからどのくらい経ったのだろうか。
すでに空は、オレンジからネイビーブルーへとほとんど移り終えていた。その空の様子を見た俺は、ベンチに座ってから相当な時間が立っていたことを知った。夕食の時間など、いま何時か気になったので腕時計の針を見るべく腕まくりをしようとした。
 すると突然、口のチャックを締めていた先輩が口を開いた。

「ねえ」
「はい?」

 呼ばれた気がしたので、俺はその動作を止めて先輩の方を振り向く。その時の先輩は、頬杖を着いて夕日の沈む海を見ていた。きっと何気ない話題なんだろうな、と俺はすっかり気を緩めていた。

「あなたは、自分が何者かって悩んだことはある?」
「え……いきなり何ですか」
「いいから答えて」

 せがむような口調で先輩が言ったので、俺は仕方なく思い当たる節を探し始めた。
 正直なところ、このような自分探しのような話題は考えたくなかった。考え出すと、自分がこの世界であんな行動をして本当によかったのか、鏡に映る姿を見れない自分はおかしいんじゃないか、などとウジウジ悩んで、そんな自分が情けなくなるからだ。

「そうですね。『自分なら何でも出来る』という信念が現実を知って崩れたときに一度考えたことがあります」
「ふふ……それは、いかにも中学生の男の子が『真剣に哲学しています』って気合いが伝わってくる気がするわ」

 まるで目の前の子どもをからかうような口調で先輩は言った。
 俺も、全くその通りだと思った。

「いや、当時は真剣に考えたんですよ。何で俺はアイツに勝てないのか、俺は何で選ばれた人間じゃないのか……など、今からすれば馬鹿みたいな議題に夢中になったり」
「あら、そういうものなの? 」
「何と言いますか、人生悩んだら足元を一度振り返ってみるってあるじゃないですか。そこで、今の自分の立ち位置を把握したり、足りないものを再確認したり」
「分からないわ、そんなことを考えたりしたことは、あたしの中で今まで一度もなかったもの」

 先輩はぴしゃりと言い切った。

「いくらかは、遠野君のおかげね。あたしは、遠野君に自分の事を吐き捨てていくうちにだんだん整理できるようになった。あなたと出会う前には怒りや憎しみで見えていなかったものが、次第に見えるようになってきたの」
「例えば?」俺は訊いてしまった。
「あたし自身。やれ『絢辻家の誇り』だとか『家を守るための奴隷』だとか随分な事を言ってたけど、それは全部立ち上がれない自分への言い訳。本当に今の境遇が嫌で改善する気があるなら、その信念に則って行動できるはず。でも、あたしは出来ずにその境遇に甘んじる以外に何もできなかった。そこに至って、やっと気が付いたの。ああ、あたしの中身は恨みやあの人たちの価値観以外に何も無いんだって」

 その言葉を聞いた時、僕は何だか酷く寂しい気持ちになった。
 なんだか、自分の事を代弁されているような気がしたのだ。俺も過去の人生から無関係ではいられないこと、自分の顔をじっくり見ることが出来ないこと、自分が自分でない感覚をたまに感じることなど、俺も過去の価値観を取り除いたら何も残らないんじゃないかと。
境遇は違えでも、俺たちはどこか似ている。そんな気がしたんだ。

「それだけ自分が無いとしっかり分析できていれば、あとは時間を掛けて中身を詰めていけばいいのではないでしょうか」
「中身?」
「図書館を回って自分が本当に好きな本を見つけたり、好きな音楽を探したり、大好きな親友を作ったり、そのようにして自分を作るものを身体に集めて積み立てればいいんですよ。あせらずじっくり、改善していきましょうよ」
「なんだかあたし、カレーになったみたい」
「おいしく出来上がるといいですね」
「何言ってるのよ」

 ふふ、と声が絢辻先輩の方から漏れた。おそらく、絢辻先輩は笑っていたのだろう。
 それは無理のある笑顔でもなく、俺に意地悪をして楽しむ顔でもなく、無垢で綺麗な笑顔のような気がした。単純に俺は思いたかっただけかもしれないけど。
 笑い声が聞こえなくなり、

「そうね、いまの自分が嫌なら―――」
















「――いまの自分を越えるしかないんですよ、先輩」

 と、俺はぼそりと呟いた。その呟きは、プールの中の様々な音の中でかき消され、誰の耳にも届かなかった。
 相当長い間考えていたのか、既に招集員は男子100m自由形の招集を始めていた。少し急ぎ足で、俺は一緒の種目を泳ぐ先輩や同期と合流した。先輩の一人が俺の姿を見つけたのか、近づいてきて俺の方に近づいてきた。


「よう遠野、やっとこっちに来たか」
「すみません、遅かったですか」
「いや、来たのはいい時間だな。それよりもお前さ、その、大丈夫か?」

 俺を気遣うような歯切れの悪い調子で先輩は言った。
 その先輩の言葉の意味が何なのかよく分からなかったので、俺は先輩に訊き返した。

「大丈夫か、って何がですか?」
「いや、思いつめた顔をしていたからさ。 少し心配していたんだよ。声掛けても反応しなかったし、集中しているのかもしれなかったからさ」

 辺りに視線を移すと、チームの仲間が気遣わしげに俺を見ていることが分かった。どうやら先程の姿を見られていたようだった。先輩や同期からは、少し思いつめているように見られたらしく、心配させてしまっていたようだ。

「何にもないですよ。今日の泳ぎの確認と集中をしていただけです。大丈夫です、問題ありません」
「……なら、お前の言う事を信じるわ」

 それ以降、仲間たちは自分の試合に集中するため、それ以上の追及は無かった。俺も腫れものを触るような事をされるのは望んでいなかったので、その対応はありがたかった。 
やがて仲間たちは、招集され競技を行い、俺の組のレースが始まろうとしていた。

『続きまして男子100m自由形、最終組の競技を行います』

 スタート台に昇るよう笛が短く4回、そして長く1回吹かれた。
俺は、天井を仰ぎ見て大きく深呼吸を一回した。瞼を下ろし集中を始めると、やがて周囲の歓声が耳に入ってこなくなった。

――いまの自分が嫌なら……
――自分を越えるしかない

 目を開いて前を向き、スタート台に両足を乗せた。その感触と心地よい緊張感に気分が少しずつ高揚していくのを胸の高鳴りで感じた。
 そのまま、右足の指をスタート台に掛けて、いつものクラウチングスタイルのスタートのポーズを取った。胸のドキドキが消えない、いつでも行けるぞ、という気持ちに切り替わっていく。

『用意……』

水の音と静寂。姿勢を屈める

――ピッ!!

 電子ピストルの音が耳に入るや否や、俺は100mの一瞬に身を投じた。ただ、自分に打ち克ちたいという想いを胸に、何かを変えたいと思って後は一心不乱に泳いだ。背中の筋肉や腹筋が千切れそう、乳酸が蓄積や二酸化炭素の蓄積で身体に走る鈍い痛みや息苦しさに必死に耐えた。
 ここでベストを出せたら、なんだか変われるような気がした。あくまで気がしただけだったが。






――1994年春。

 再び桜が表舞台に立つ時代がやってきた。そして、その時代は出会いと別れが一度に来る時期でもあった。
 まず、3月に水泳部や茶道部の所属していた先輩方が本校を卒業していった。輝日南高校へ進学した水泳部の元主将、輝日東高校へと進学した山口先輩を始め、俺が敬愛と畏怖した人々は人生の次のステージへと歩を進めていった。別れのシーズンはいつでも寂寥を禁じえないものだ。

 もちろん別れの3月を過ぎれば、4月の出会いもあった。
 2年生に進級して、クラブ代表として入学式に花飾りを配る作業をしている時だった。校門近くで花飾りを渡していた時に、俺はご両親と思われる大人の傍に見知った三人組を発見したので近づき、声を掛けた。

「梅原! 橘!」
「師匠! 久し振りッス!」
「遠野先輩、お久しぶりです」

 梅原と橘は、俺の方へ駆け足で近付いてきた。俺は近づいてきた二人の肩の上にぽんと手を置いて、その後にカゴに入れてあった花飾りを2つ取り出し、それぞれの胸元に着けた。
 まずは見知った二人、橘純一と梅原正吉の入学だった。橘も梅原も、大きめの学生服を買ったせいで、制服に着られているような感じで微笑ましかった。1年、2年経ったら、制服が身の丈にあってくる事を楽しみにしている両親の姿が目に浮かぶようだった。
 そんな良く分からない感慨に耽っていた時に、ふと二人のさきほど居た場所に目を向けると、茶色がかった女子生徒が取り残されておろおろしていたのが目に入った。

「橘、あの子は?」
「あの子? ああ、梨穂子のことですか?」
「お~い、桜井さんも来いよ!」

(ああ、やっぱり桜井梨穂子だったか。確か何度か、橘との組み合わせて見たことがあったな)

 俺は、橘と梅原に誘われおずおずと近づいてくる女の子と、2年前に橘とよく一緒にいた女の子の姿を照らし合わせていた。目の前に桜井が来ると、俺は自己紹介を正式にはしていなかったことに気が付き、自分から切り出した。

「俺は、この学校の2年生の遠野拓です。ひょっとしたら何度か見かけているかもしれないけど」
「は、はい、遠野先輩。えと、その、桜井梨穂子です。よろしくお願いします」
「うん、よろしく桜井」

 たどたどしい口調でぺこりとお辞儀をする桜井の様子に、俺は優しい気持ちになって穏やかに答えた。桜井の持つ癒し効果が半端ないことを、身を持って知った瞬間だった。
挨拶を済ませて、カゴの中の花飾りを手に取り、胸元に着けようとした。が、その手は胸元まで10cmまで手が迫った時にぴたりと動きを止まった。

(あれ? 俺ってもしかして、いま不味いことしようとしてるんじゃないか?)
「ふぇ? と、遠野先輩、どうしたんですか?」

 自分のしようとしていることを冷静に分析したら、セクハラ行為じゃないかと思い始めて俺は動作を止めた。一通り考え終えて、目の前のことに意識を向けると、困惑した桜井の顔があった。どうやらその手を止めた俺の様子に、桜井は戸惑っているようだ。

「ゴホン、桜井。すまないが自分でつけてくれないか?」
「ふぇ? 何でですか?」
(中学生に似つかわしくない胸に、やすやすと触れられるわけないだろ!)

 そう、桜井の胸はこの時点でそれなりに大きかったのだ。そうなると、着ける側としても何だかいけないことをしているような気がするのだ。

「勿体ないぜ、師匠! そんなおいしい場面を見過ごすなんて!俺なら絶対……!」
「全くですよ、僕ならそこで……」
「お前ら、頼むから少し黙ってろ」

 各々の下心と妄想を包み隠さず、俺は曝露する後輩二人を柔道の締め技で黙らせた。「ギブギブ!」と言って、そのまま肩で息をするような変態二人を一瞥した後、俺は桜井に向き合った。

「お前も女の子なんだから、もう少し、その、なんだ……」
「あの~、すみませ~ん」

 後ろから不意に声を掛けられたような気がして、俺は後ろを振り向いた。
 ふわふわした髪を持ったスレンダーな少女が、にこにこしながらそこに立っていた。

「花飾りくれませんか? さっき貰ったんだけど落っことしちゃって」
「そうか、じゃあ予備の分があるから渡すよ。桜井、これ持っといて」
「は、はい」

 手に持っていた花飾りを桜井の手渡し、カゴから新しい花飾りを取り出して手渡した。

「へへん! てーんきゅでーす! じゃ、失礼しまーす!」


花飾り片手にその少女は、俺の前から去って行った。
昨年度を越える波乱とトラブルの種が降りかかる今年度の生活が、今始まったのだ。






(次回へ続く)





 
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