ゾンビの世界は意外に余裕だった
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10話、寄り道
南に向かう県道との交差点までもう間もなくというところで、土建屋の事務所と駐車場、倉庫を見つけた。
土建屋の駐車場には十トンダンプ四台。ユニック三台。四トントラック三台、ニトントラック二台、中型ミキサー車が止まっている。加えて四トントラックの荷台には小型ユンボ、同ローラー車。思わず小躍りしたくなる光景だ。
今回の目的は武器だったが俺はあっさりと寄り道することを決断した。ここの車両とF棟建設工事車両や資材の山と組み合わせれば、色々と出来ることもあるだろう。
「ボス、駐車場にはゾンビが五十体ほどいます。建物の中に少なくとも人間が二人居ます」
「厄介だな」
いや、ゾンビのことじゃなく人間のことだ。できればあまり他人にかかわりたくないが、工事車両を貰うと決めた以上鍵の在処が重要になる。
「車に鍵はついているか?」
「ついていません」
ふむ。車両に鍵がついていて、立てこもりが大人数ならば、「頑張れ」って応援だけして車両を持ち去ることも許されるだろう。
だがゾンビに囲まれた建物に、車の鍵と一緒に二人の人間が立てこもっている現状では、さすがに挨拶しないわけにはいかない。
「普通のゾンビだけのようだな。よし、四等兵一号二号、レムルスだけでゾンビを掃討しろ」
アンドロイド達はゾンビを瞬く間に掃討した。改めて対ゾンビ戦闘の無敵具合に感心する。
「ボス、早歩きが一体いました」
何となく早歩きというネーミングに違和感を覚える。急襲型、高機動型……あたりにそのうち改名しよう。
「何か特徴とかあるか?」
「死体の状態が他より少しだけ良好です」
「そうか、早歩き型だけ別にして、ご遺体はビニールに包み駐車場の端に顔が見えるゆうに並べておけ。終わったら清掃と洗浄だ。それから慶太と衛生兵一号は中の人達の無事を確認してこい。ああ食料も持っていけ」
遺体は中の人の家族もいるかもしれないので駐車場の端に丁重に並べさせた。ついでに持ってきた消毒水をまかせて、駐車場を少しだけきれいにする。
それでも嫌な臭いの残るご遺体だらけの駐車場は当分夢で見そうだ。
「ボス、中に居た人達がボスにお会いしたいそうです。二人とも我々に好意的です」
「分かった。会おう」
土建屋の建物は鉄筋コンクリートの二階建てで頑丈そうだ。中に入ると淀んだ生暖かい空気を感じて不快になる。アンドロイドに窓を開けさせた。電気は電力会社からの供給がきているし、屋上で太陽光発電もしているようだ。ガスはプロパンのボンベらしい。
「この度は食事を分けていただきありがとうございます」
十歳くらいの少女を連れた三十歳くらいの疲れきった女性が頭を下げた。
「いえ。気になさらずに。私は斉藤と申します」
「あ、私は中嶋朋子と申します。この子は娘の恵子です」
「始めまして」
俺は衛生兵にチョコバーを見せてオーケーサインを貰うと、可愛らしい少女にチョコバーを差し出した。そして母親が恐縮したところを見計らい本題に入る。
「ところでこちらの会社の方ですか」
「はい」
「出来れば駐車場に止まっている車両や器材をお借りたいのですが」
「ええ構いません。夫も義父も亡くなりましたし、今の私には不要のものです」
俺が礼儀で車を借りたいと言ったことに未亡人は気づいたのかもしれないが、いずれにせよ気持ちよく借りられたことは有り難いことだ。
「助かります。カギの場所を教えてくれますか」
「カギは事務所にあります。どうぞこちらへ」
俺は車と倉庫のカギを預かった。その上で未亡人達の未来について話合うことにする。
「これからお二人はどうするつもりですか?」
「あの、出来れば、同行させて欲しいのですが……」
未亡人の声が尻すぼみになる。慶太から俺達が一般人であると聞かされており、軍や警察ならともかく自分達が負担になると気づいているのだろう。もちろん、工場車両のことで多少は貢献したという打算もあるはずだ。
俺は改めて未亡人を見た。髪は乱れまくりだが、よく見たら美人だ。それに謙虚でそれなりに聡明ときたら、保護欲をさそう。
もちろん、ほんの一瞬、チラっと浮かんだ考えだ。あくまでもたまたま困っている人がいて、たまたま俺の気分が手を差し伸べたくなったという話に過ぎない。
「いくつか条件がありますが従っていただけるなら構いませんよ」
俺は契約書を差し出した。一応言っておくが性的なものは一切ない。あくまでも一般的な問題で俺に従うよう求めているだけ。
未亡人は若干躊躇したが結局子供と一緒にサインした。俺はカギをキャリーに渡し、車のエンジンをかけて調子を見るよう命じてから嫌な仕事に取りかかった。
「少しよろしいですか」
レグロンを従えた俺は衛生兵に少女を任せ、未亡人だけを外に連れ出した。未亡人は若干怯えたようだったが、比較的しっかりとした足取りでついてくる。
「このようなことは聞きたくないのですが、義務としてお尋ねします。ご遺体をあそこに並べているのですが確認されますか?」
未亡人はしばらく俺を見つめてから、視線を並ぶ遺体に向けて小さく頷いた。
「あの、よろしければご一緒していただけませんか」
未亡人はこの親子よりご遺体慣れしていないことを知らないで頼んだのだろう。断りたいというより一緒に見てご家族のご遺体の前で、失神したり吐いたらどうしよう?
誰かアンドロイドに任せようと思ったが、結局「わかりました」と頷き、俺は死体の検分に付き合うことになった。
夫人が顔を見て首を横にふったご遺体は、これまでのゾンビだったご遺体と同じように、遺品を調べ顔写真を取りビニールに包む。
しばらくして夫人が青い顔をさらに青くして、立ち止まった。ゾンビなご遺体にすがりつこうとしたら止めるつもりだったが、未亡人は黙って泣き始める。
はっきり言って俺はどうしたらよいかわからない。仕方なく肩を抱いたら胸に飛び込んできた。名誉のために言っておくがいやらしいことは何もない。
「すみません」
しばらくすると未亡人は離れ、結婚指輪などの遺品を回収した。その後、他にも家族二体のご遺体を確認して同様に遺品を取った。
「残念ながらご遺体は引き揚げる前にここで燃やすつもりです」
「はい」
「お三方のご遺体は別に火葬しますが、お骨は明日にならないと拾えません」
「はい」
「では、ここを離れる前に身の回りの物を慶太に渡してください」
そう言って未亡人をご遺体から引き離した。
「早歩きを別にして火葬の準備は完了です。煙が出れば、敵をよぶかもしません」
俺は大佐にわかっていると頷いた。
「大佐。早歩き型も写真だけ取って一緒に火葬する。それと一号車ニ号車にトラックを一台つけて路上の遺体を回収させろ。火葬はここを完全に引き払う時にする」
「はい」
成果は上げているがなんだかんだで色々と時間を食い過ぎている。
時刻は午前十一時を回っていた。俺は土建屋の事務所で今後の行動について悩んでいた。自衛隊の基地まで行くつもりだったが、婦女子の保護と工場車両の確保により、一度研究所に帰るという考えも浮かんだ。
とはいえ夜までかなり時間がある。真っ昼間に県道から研究所に続く道に入ったら、深夜に出発した意味はなくなり、頭隠して尻かくさずになってしまう。
仕方ない。二手に分かれるか。何となく愚策のような気がするがアンドロイドの戦闘力を信じよう。
俺は五号車の四等兵五号、S3三体及び六号車のグスタフ少佐、四等兵六号、S3ニ体、金属マネキンM-27十ニ体、そしてハスキー犬ガルムを残して、工事車両と婦女子を守らせることにした。
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