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異伝 銀河英雄伝説~新たなる潮流(ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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異聞 第四次ティアマト会戦(その3)



帝国暦 486年 9月11日   ティアマト星域  ブリュンヒルト ラインハルト・フォン・ミューゼル



惑星レグニツァでの戦いはあくまで帝国、反乱軍の一部隊による遭遇戦でしかなかった、戦いそのものの帰趨を決める類のものではない。会戦後、十回目? いや十一回目だろうか? 最高作戦会議において反乱軍を撃破する事が決まり九月九日、遠征軍はイゼルローン要塞を出撃した。十回も作戦会議を開かねばその程度の事も決まらないのかと内心毒づく思いだ。

決戦を求めたのは帝国軍だけではない、反乱軍も決戦を求め行動を起こした。帝国軍遠征軍五万五千隻はティアマト星域に有る。そして帝国軍だけでなく反乱軍もティアマト星域に集まり決戦の時を待っている。おそらく第四次ティアマト会戦と呼ばれるであろう会戦が始まろうとしている。

先程総旗艦ヴィルヘルミナで最後になるであろう最高作戦会議が行われた。その会議においてミューゼル艦隊は帝国軍の左翼を任される事になった。大役と言って良いが任命そのものはおかしなことではない、俺の艦隊は全軍の四分の一を占めるのだ。俺の年齢が若いという事を除けば大将という階級、そして一万四千隻の兵力からすれば至極当然の配置と言える。

両軍合わせて約十万隻の大艦隊が集まり決戦の時を待っている。そして帝国軍左翼部隊指揮官としてそれに参加する、軍人として名誉と言って良いだろう。しかし、俺の心は晴れ晴れとしたものではない。例のフレーゲル男爵の言葉が困惑と疑心を俺の胸に突き刺している。

“気を付けろ、ミューゼル”
“卿はミュッケンベルガー元帥に忌避されている。次の戦い、気を付けるんだ”
“油断するな、厚遇されていると思ったら罠だと思え”

廊下で囁かれた言葉。低く小さな声だったが胸に重く圧し掛かっている。罠だろうか? フレーゲルが俺と総司令部、いや、ミュッケンベルガー元帥との間に不協和音を生じさせるために仕掛けた罠……。有り得ない事ではないだろう、元々俺はミュッケンベルガー元帥に好かれているとは思っていない。不和を生じやすい土壌は有るのだ。フレーゲルはそれに乗じた……。

だがそう言いきれるのだろうか? 惑星レグニツァに赴く直前の奴の言葉……。フレーゲルは反乱軍が居る可能性が高いと警告してきた。そしてそれは当たった。もし、俺を殺そうとするならあんな事を言うだろうか? 出来るだけ油断させて出撃させるのではないだろうか……。

もし、奴の好意が本物だとすれば俺は極めて危険な位置に居る事になる。帝国軍左翼部隊指揮官という地位は俺を信頼して用意された物ではない、俺を陥れるために用意された罠だ。美しく座り心地が良さそうに見えるが時限爆弾付きの椅子だろう。

ミュッケンベルガーが俺に好意を持っていないことは確かだ。惑星レグニツァの戦いの後、反乱軍を壊滅に追い込めなかったことで幾人かの士官から馬鹿げた嫌味を言われた。いずれもミュッケンベルガーの傍にいる人間達だ。

彼らがそういう行動を取るのはミュッケンベルガーが俺に対して非好意的だからだと言える。彼と俺の仲が親密ならばそんな事は言わない、ミュッケンベルガーに知られれば当然だが不興を買うことになる。宇宙艦隊司令長官の不興を好んで買うような阿呆は居ないだろう。俺とて好きで買ったわけではない、気が付けば買っていただけだ。

やはり罠だろうか……。第三次ティアマト会戦では後衛に回された、明らかに戦力外として扱われていた。軍主力が混乱するまで戦機を与えられなかった俺に対して今回は左翼を任せる……。どう考えてもおかしい、やはりフレーゲルの忠告は無視できない……。

それにしても何故フレーゲルは俺に好意を示す? 彼は先日までは明らかに俺に敵意を示していた。それが急に好意のような物を示し始めた。……どうにも分からないことばかりだ。……全く馬鹿げている、何故俺は戦略戦術以外の所で混乱しているのだ。一体どうなっているのか……。



帝国暦 486年 9月13日   ティアマト星域  ブリュンヒルト ラインハルト・フォン・ミューゼル



フレーゲル男爵が連絡をしてきた。ぶっきらぼうな口調で“至急、二人だけで話したい”と言ってきた。厳しい表情だ、何かが起きた。通信を保留状態にすると急いで自室に戻り改めて受信した。スクリーンのフレーゲル男爵は明らかに苛立っている。

「遅い! 何をやっていた」
これでも全力で走った。ムカついたが、抑えた。今は話が先だ。この男がわざわざ連絡をしてきた、一体何が起きた?
「申し訳ない、話とは?」

「つい先程、最高作戦会議が開かれた」
「……まさか」
一瞬フレーゲル男爵が何を言っているのか分からなかった。そんな話は聞いていない。招集命令は無かった。愕然とする俺にフレーゲル男爵が冷笑を浮かべた。

「卿は呼ばれなかったのだ、故意にな」
「!」
「ミュッケンベルガー元帥は卿を犠牲にして勝利を得るつもりだ。卿だけを敵に突撃させる……」
「……」

「余程嫌われていると見える。日頃の行いが悪い所為だろう、賤しい平民の味方などするからだ、反省する事だな」
「……まさか、卿が」

俺の言葉にフレーゲルが顔を顰めた。
『勘違いするな、私では無い。だが、誰かが圧力をかけた可能性は有るだろうな。……あるいはその人間はオーディンに居るかもしれん、そこまでは否定しない』
「……」

そのための左翼部隊指揮官か……。反乱軍と俺が潰し合った後、無傷の部隊で反乱軍を攻撃する。勝利はミュッケンベルガーの物となるだろう……。俺の艦隊は勝利を得るための必要な犠牲と言うわけだ。怒りで体が震えた、そこまで俺を疎んじるか! 犠牲になるのは俺だけでは無い、百五十万の将兵まで無意味に死に追いやるのか!

怒りに震えている俺にフレーゲル男爵の声が聞こえた。
「もうすぐ総司令部からそちらに命令が届く、上手く切り抜けろ。私に言えることはそれだけだ」
「待て、何故私に教える。卿、何を考えている」

私の問いかけにフレーゲル男爵はそれまで浮かべていた冷笑を消した。彼の顔が能面のような無表情に切り替わる。
「卿が知る必要は無い。武運を祈る」
そう言うとフレーゲル男爵は無表情の顔のまま通信を切った……。

艦橋に戻るとメックリンガー、ブラウヒッチ、キルヒアイスが待っていた。皆、表情が硬い。おそらく命令が届いたのだろう。メックリンガーが近づいて通信文をこちらに差し出した。
「たった今、総司令部より入電しました」

表情だけでは無い、声も硬かった。黙って受け取ると視線を電文に落とす。
『十二時四十分を期して左翼部隊全兵力を挙げて直進、正面の敵を攻撃せよ』
フレーゲル男爵の話は本当だった。何処かで嘘である事を期待していた。あの男が嫌がらせをしたのだと……。ミュッケンベルガーは歴戦の軍人だ、兵の命の大切さは分かっているはずだ、それなのに……。改めて身体が震えた。

「閣下、これはどういう事でしょう。総司令部は何か戦術的な意味が有って言っているのでしょうか」
メックリンガーは有能な戦術家、戦略家だ。彼にとってこの命令は余りにも不可解なものなのだろう。ビッテンフェルト、ロイエンタール、ミッターマイヤーとの間に回線を開くように命じる。彼らにも話しておかなくてはならない。

スクリーンに三人の顔が映った。ロイエンタールが
『何事ですか、司令官閣下』
と問いかけてきた。俺の話を聞いて付いてきてくれるだろうか……。一瞬だが不安が起き、慌てて打ち消した。大丈夫だ、彼らを信じろ。

「総司令官より命令が来た。十二時四十分を期して左翼部隊全兵力を挙げて直進、正面の敵を攻撃せよ、との事だ」
俺の言葉に三人が押し黙った。この三人はコルプト大尉の件で俺と行動を共にしている。何が起きているのか分かったのだろう。

「メックリンガー准将、我々は中央部隊や右翼部隊の支援を期待する事は出来ない」
「では我々は敵軍よりも前に味方によって危地に陥れられることになります」
その通りだ、メックリンガー。我々には味方は居ない、独力で切り抜けなければならない。

「ミュッケンベルガー元帥は敵の手を使って私を排除し、その犠牲の元に勝利を収める気だ。余程に嫌われたらしい」
フレーゲル男爵と同じ事を言っている。思わず苦笑が漏れた。皆が呆れたような表情をしている。その表情がおかしく更に笑ってしまう。そんな俺を見てビッテンフェルトが口を開いた。

『ミュッケンベルガー元帥はミューゼル提督の戦死までは望んでいないでしょう。提督にもしもの事が有れば帝国軍の左翼部隊指揮官が戦死したとなります。当然ですが勝利は完璧なものとは言えない』
「なるほど」

『それ以上に元帥はグリューネワルト伯爵夫人の思惑を気にするはずです。伯爵夫人はこれまで政治的な行動はしていません。しかし閣下が戦死したとなれば如何でしょう? 特に故意に見殺しにされたとなれば陛下を動かして報復に出るのではないか、ミュッケンベルガー元帥はそう思うはずです』

確かにそうだ、姉上がどうするかはともかくミュッケンベルガーがそう考えるのはおかしな話ではない、いやそう考えなければむしろおかしい。なるほど、戦死は望んでいないか……。

『我々を使って反乱軍を消耗させる。我々が反乱軍の攻撃に耐えきれず壊滅しそうになった段階で救援し敵を撃破する。勝利はミュッケンベルガー元帥のものであり我々には何もない、兵力を磨り潰した敗残艦隊が残るだけです。おそらく我々分艦隊司令官は皆戦死しているでしょう』
ビッテンフェルトの言葉にロイエンタール、ミッターマイヤーが顔を見合わせた。目で会話をしている。“やれやれ”、そんなところか……。

『元帥の思惑ですが、一つは門閥貴族達への御機嫌とりでしょう。コルプト大尉の一件で提督はかなり彼らの恨みを買っている。我々を叩く事で彼らの歓心を買おうとしているのだと思います』
そうだろうな、だから分からない。何故フレーゲルは俺に好意を示すのだ?

『第二にミューゼル提督を押さえようとしているのだと思います。前回の第三次ティアマト会戦では後衛に配置された提督が帝国軍に勝利をもたらしました。ミュッケンベルガー元帥は反乱軍の艦隊運動に翻弄されるだけで効果的な反撃が出来なかった。その事は元帥にとって屈辱だったはずです』
「……」

『ここで提督を反乱軍に叩かせ、そして元帥自らミューゼル提督を救う事で、自分の恐ろしさを提督に叩きこもうとしているのだと思います。分をわきまえろ、自分の下に居ろ、そういう事でしょう』
「私の首根っこを押さえようという事か」
ビッテンフェルトが頷いた。

ロイエンタール、ミッターマイヤーが不思議そうな表情をしている。メックリンガー、ブラウヒッチ、キルヒアイスも訝しげだ。多分想いは俺と同じだろう。
「それにしても見事な心理分析だ、ビッテンフェルト少将」
『小官の考えではありません、ヴァレンシュタイン少佐の考えです。ただ事の本質を突いているのではないかと思います』
「うむ、私も同じ思いだ」

おかしかった、危機に有るにもかかわらず笑い声が出た。外見がビッテンフェルトで中身がヴァレンシュタインか……。豪勇、大胆にして繊細、緻密。面白い、この二人は常に俺の意表を突いてくれる。

「ミュッケンベルガー元帥にとっては完璧な勝利だな。反乱軍を撃破するだけでなく、私を押さえつけるとともに貴族達の歓心を買う。そしておそらくは他の軍人達への警告の意味も有るだろう、自分を甘く見るな、だ。但し、上手く行けばだが……」

「ミュッケンベルガーの思惑は分かった。向こうがその気なら遠慮する事は有るまい、こちらはこちらでやらせて貰おう」
俺の首根っこを押さえつけるだと? 上手く行くと思うのか、ミュッケンベルガー。俺を甘く見たな、そのつけはお前自身に払ってもらう。この戦いを勝利に導くのは俺だ、お前じゃない!



帝国暦 486年 9月13日   ティアマト星域  シュワルツ・ティーゲル  フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト



「違う違う! それはこっちだ!」
「照明をもっと用意しろ、これじゃ映像が暗くなる!」
「カメラはこっちだ! 配置図をちゃんと見ろ!」
「時間が無い! 急げ!」

戦艦シュワルツ・ティーゲルの艦橋は喧騒の中に有る。大勢の人間が機材を運びセットを整えていく。何をしているのかと言えば例のヴァレンシュタイン少佐のケーキ作りを放送で流す準備だ。今、これから、ここで、生放送で流すのだと皆が張り切っている。しかも放送開始時間は十二時四十五分、つまり作戦開始から五分経ってからになる。

「グレーブナー、……グレーブナー!」
大きな声を出した。そうしないと周囲がうるさくて声が届かない。二度目の呼びかけでグレーブナーが気付き近寄ってきた。軍服の上着を脱ぎワイシャツを腕まくりしている。この準備の総指揮を執っているのがグレーブナーだ。額には汗が浮かんでいる。

「本当にやるのか」
「もちろんです」
「……」
俺が無言でいるとグレーブナーが表情を改めた。俺が反対だと思ったのだろう、当然だ、まともな頭をしていれば戦闘前にこの有様は論外だと言うに違いないし、戦闘中にケーキ作りなどキチガイ沙汰だと言うだろう。

「閣下、前回の惑星レグニツァの戦いの後、我々司令部の人間がどれほど兵士達に責められたか、お忘れですか?」
「……いや、忘れてはいない」
そうなのだ、それを言われると一言も無い。

ヴァレンシュタイン少佐にケーキを作って貰うという案が決定した後、放送は準備等の関係も有り戦争終結後に想定していた。もっとも兵士達からはかなりの不満が有った。戦争終結後では戦死して見られない可能性もあるではないかというわけだ。その不満が先日の惑星レグニツァの戦いで爆発した。

あの戦いは酷かった。俺の戦歴の中でも最悪の戦いと言って良いだろう。一度は戦死を覚悟したがそれは兵士達も同じだった。戦死の危機から脱出した兵士達は改めて司令部に対し早急に放送するように求めてきた……。そして司令部は戦闘が始まる前に放送するべく必死に準備している。

「今やらなければ今度こそ暴動が起きかねません」
「……」
「それに、こちらにも得るものが有ります」
「うむ、それは分かっているが……」

そうだ、得るものは有る。今回の放送は録画しておき艦隊の人間なら誰でも閲覧できるようにしておく。その代りヴァレンシュタイン少佐の朝の挨拶は以後廃止とする……。兵士達は不満そうだったがこれ以上朝の挨拶を恒常化する事は通常業務に差障りが有ると言って押し切った。そうそう兵達の我儘を聞いてはいられない。

「これは将兵達に対する福利厚生の一環だとお考えください」
「……」
福利厚生か、どうも釈然としない……。
「それに今回の戦い、我々だけで反乱軍に進撃する事になります。将兵の恐怖心を少しでも和らげる事が出来るかもしれません。それに相手を混乱させることも出来るでしょう」

こじつけでは無いのか? 今一つ納得できん。戦場でケーキ作りなどどう見ても馬鹿げている。そう思っているとオイゲンの大きな声が聞こえた。
「グレーブナー参謀長、ヴァレンシュタイン少佐の準備が出来ました。確認をお願いします」

声の方向に視線を向けるとオイゲンとロリ、巨乳、メガネ、その全てが揃った女が二メートル程の距離をおいて立っていた。おまけにネコ耳にツインテール……、うむ、見事だ! 気が付けば周囲も呆然として二人を見ている。喧騒はいつの間にか消えていた。

「グレーブナー、服が幾分小さいのではないか」
大声を出すのが恥ずかしかった、小声で問いかけた。責めているのではない、そのおかげで胸が強調されている。巨乳度アップだ。心配なのはボタンが飛んで胸が飛び出すのではないかという事だ。放送事故は有ってはならん。

「イゼルローンの喫茶店が使っているものです、借りてきました」
グレーブナーも同じように声を潜める。
「スカートも短いようだが」
「同じ喫茶店からこれも借りてきました」
「そうか」

悪くない、屈んだら下着が見えそうだが、悪くない。別に見える事を期待しているのではないが悪くないと思う。大体イゼルローンの喫茶店が使っているのだ、悪いわけが無い、膝上十五センチ、オレンジ色のスカートを見てそう思った。

「あのツインテールは?」
「イゼルローンで付け毛とネコ耳を用意しました。どうせならその方が皆も喜ぶだろうと」
「うむ」
俺も大喜びだ。その判断は間違っていない。

「誰の発案だ?」
「オイゲンです」
「うむ」
見事だ、オイゲン! ツインテールとネコ耳でロリ度アップ! 可愛らしさアップ! 卿は間違いなく奥義を極めた。次の人事考課では創意工夫に富む士官と書いてやろう、喜べ! 残る野望は裸エプロンと裸に白のワイシャツ一枚のしどけない姿だ。期待しているぞ、オイゲン!

「グレーブナー」
「はっ」
「これは福利厚生の一環なのだな」
「はい」
そうだ、これは福利厚生の一環なのだ。兵を思い遣るのはおかしなことではない。

「味方の士気を鼓舞し、反乱軍の意表を突く事が出来るのだな」
「その可能性は大きいとおもいます」
そうだ、これは勝利を得るための作戦なのだ。手を抜くべきではないし躊躇うべきでもない。

「作業を進めろ、俺はこの作戦に期待している」
「はっ」
グレーブナーが敬礼して作業に戻った。人が動き出し、喧騒が戻る。今回の戦いは間違いなく記憶に残る戦いになるだろう……。




 
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