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或る皇国将校の回想録

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北領戦役
  第九話 苗川攻防戦 其の一

 
前書き
馬堂豊久 駒州公爵駒城家の重臣である馬堂家の嫡流で新城の旧友
     砲兵少佐であるが独立捜索剣虎兵第十一大隊の大隊長として正式に野戦昇進する。

新城直衛 独立捜索剣虎兵第十一大隊首席幕僚。大尉へ野戦昇進する。

杉谷少尉 独立捜索剣虎兵第十一大隊本部鋭兵小隊長。
     (鋭兵とは先込め式ではあるが施条銃を装備した精鋭隊の事である)

西田少尉 第一中隊長、新城の幼年学校時代の後輩

兵藤少尉 第二中隊長 闊達できさくな尖兵将校
    (騎銃を装備して剣虎兵と共に前線を動き回る軽歩兵)

漆原少尉 本部幕僚 生真面目な若手将校

米山中尉 輜重将校 本部兵站幕僚

猪口曹長 第二中隊最先任下士官 新城を幼年学校時代に鍛えたベテラン下士官

金森二等兵 本部付の少年導術兵

ユーリィ・ティラノヴィッチ・ド・アンヴァラール・シュヴェーリン少将
東方辺境領鎮定軍先遣隊司令官 本来は鎮定軍主力の第21東方辺境領猟兵師団の師団長

アルター・ハンス中佐 先遣隊司令部 参謀長


ユーリア・ド・ヴェルナ・ツァリツィナ・ロッシナ
<帝国>東方辺境領姫にして東方辺境鎮定軍総司令官の陸軍元帥
26歳と年若い美姫であるが天狼会戦で大勝を得た。

アンドレイ・カミンスキィ 第三東方辺境胸甲騎兵聯隊の聯隊長である美男子の男爵大佐
             ユーリアの愛人にして練達の騎兵将校 

 
皇紀五百六十八年 二月二十日 午後第一刻半 小苗川より 北方一里 東方辺境領鎮定軍先遣隊本部 
ユーリィ・ティラノヴィッチ・ド・アンヴァラール・シュヴェーリン少将


 先遣隊司令官であるシュヴェーリン少将はひどく立腹していた。
「全く!たかが一個大隊でよくもやってくれる!」
 夜襲に阻止砲撃、兵站破壊の為に放火に井戸に毒を投げ込む、そして野戦築城、まったくよくも小細工を重ねたものである。
「敵の指揮官は一体何者だ!例の猛獣使いか?」
 彼が忌々しげに敵の陣地を睨みながら吠えると、それに応えるかのように、凄まじい雄叫びが何重にも連なって響きわたった。

「やはり、あの猛獣使いか・・・三個大隊を僅か一個大隊で食い荒らした」

「どうやらその様ですな。二日前に捕えた捕虜によると野戦昇進の少佐が指揮官です。ショウケ――モリハラと同じ貴族の産まれだそうです。 因みに彼個人は猛獣を使いません。砲兵出身で夜襲で我々が討ち取った大隊長の幕僚でした」
 参謀長のアルター・ハンス中佐が答える合間にも兵達が橋を渡ろうと密集し――対岸から十門以上の砲がそこに霰弾を一斉に降らせる。
 シュヴェーリンは一瞬、目を伏せるが再び声を絞り出した。
「あぁそのようだな――見てみろ。見事な砲撃じゃないか?」
 橋の周辺は鮮血により赤に染まり、兵達は戦友だったモノを踏み越えながら橋を渡る。その痛ましい状況にシュヴェーリンは首を振った。
 人間――取り分け自分の兵達への情が深い彼にとっては、幾度見ても慣れない光景であった。だがそれでも熟練の闘将の下した発令に従う千を超える兵達は対岸の敵を打ち倒すべく同胞の屍を踏み越え、進撃していく。
 ――陣地が此処まで厄介なものだったとはな。
 シュヴェーリンは、思わず舌打ちをした。
 基本的に軍事大国である〈帝国〉をふくめた〈大協約〉世界の軍では、野戦築城は存在こそしていてもこれまで殆ど重視された事はなかった。
 なぜならば塹壕に散らばった部隊への伝達手段が無く、陣地の存在意義である多勢に対応しうる為の柔軟性が損なわれるからだ。

 ――それを良くも此処までやるものだ。兵の姿を見事に隠蔽し、十数リーグ離れた此処から望遠鏡で見るだけでは砲もろくに見えない。
 シュヴェーリンの知る限りではあのような状態で部隊の連携を維持する方法はない。
 石神の教えに背き遠い過去に〈帝国〉から排斥された背天ノ技は”遠い者に声を届け、誰にも見えない遠くの出来事を知る事ができた”と噂されている。そして蛮族達はそれを使っていると。

「伝令!第18猟兵連隊第37猟兵大隊壊乱!!」
 シュヴェーリンは舌打ちをした。
 ――1個大隊が壊乱か・・・やってくれる!!
「砲の布陣はまだか!!急がせろ!!」
 声を荒げて指示を出すが、参謀長は冷静に現状を告げる。
「はい、師団長殿。ですが、我々は機動力を重視し、猟兵と騎兵を先行させており、重砲は未だ後方です。砲の数も糧秣の不足の影響で・・・」

「ああ分かっているとも、輓馬は糧秣をバカ食いするから後方に拘置するように命じたのは私だからな。それでも動かせるだけで良いから急がせろ!」

「半刻はかかりますが」

「急がせろ!砲を展開すれば敵も少しは黙る!!」
 本来ならばあの程度の兵力は無視して迂回しても良かった――ただの銃兵であるならば。だがそれを先の夜襲の惨状が否定する。
 あの陣地に立て篭っているのはたかだか一個大隊で三千名もの兵を屠った部隊である。

 ――疲弊した兵達に敵主力を叩くべく雪中で行軍させ、同程度の頭数の蛮軍と交戦できるだろうか?
 ――限界が近いが相応の戦果は得られる可能性はある――が、もしも猛獣使いの部隊が海岸で交戦する敵主力に呼応したら――士気崩壊すらありえるだろう。
 兵站が崩壊し飢えた兵達が凍てついた焦土を潰走するのは危険にすぎる、戦の死傷者よりも死人を出す可能性すらある。
 だがこの辺境における自軍の最高司令官――東方辺境姫は明快な戦略的妥当性に満ちた命令を下している。即ち早急に追撃し、敵の野戦軍を可能な限り撃滅することである。
シュヴェーリン自身もその戦略的な妥当性は十分理解していた(だからこそ任命されたのである)が、問題は〈帝国〉陸軍の脆弱な――少なくとも〈皇国〉陸軍と比較したら――兵站機構が半ば崩壊しつつあることである。
 解決しようのない問題は焦燥を産み、戦場の華である追撃を任じられた栄誉は死神の鎌となって彼の首を擦りだし、東方辺境領軍有数の猛将と謳われる男の判断力を犯しつつあった。



同日 午後第ニ刻 独立捜索剣虎兵第十一大隊 小苗陣地 掩体壕内
独立捜索剣虎兵第十一大隊 大隊長 馬堂豊久少佐


 シュヴェーリン達の大隊長である馬堂少佐は掩体壕の中で身を縮こまらせていた。
 ――やれやれ、なんとまぁ豪勢な事だよ。
「おい誰だ、物資が不足しているって言った奴は」
砲弾が掩体壕の周囲に降り注ぐ中で恐怖を紛らわそうと豊久がいった。
「大隊長殿ですよ。大隊長殿」
残った剣牙虎達の管理をしている西田少尉がツッコミを入れる。
彼も一緒に砲の後方に居た為、掩体壕に退避している。

「砲をぞろぞろと連れてくる体力は無いはずだがなぁ」
 などと言っている合間にも地響きはやまない。
「ならばあれでも減ったのでしょう。我々と地力が違いすぎますね、笑うしかありませんな」

「あっさり言わないでくれ。虚しくなる」

「はい、申し訳ありません。大隊長殿」
 そう答える西田の声には笑いが混じっている。 
 ――図太い奴だ。流石は新城の教え子か。
 人材の質には恵まれている事を感じた大隊長は諧謔と安堵が複雑に入り混じった笑みを浮かべた。
だがそれに浸る間もなく自陣からの砲声が間近に轟く。
 馬堂少佐の砲兵将校、秀才幕僚としての本能が即座に戦場分析へと意志の方向を切り替えさせた。
 
「砲の排除を最優先に、と言ったが、上手くいけばいいが。
これでは士気の維持にも一苦労だ」

「こう砲撃戦が続くと猫が怯えます。戦闘中なら問題無いですが。」
 西田は彼の猫――隕鉄を宥めながら言う。隕鉄は西田に顔を擦り寄せ、馬堂少佐にも少々怯えているのが分かった。
「ん、ならば予定通り猫は西方側道の警戒に使ってくれ、敵を十里先でも見つけるのだろう?」

「はい、大隊長殿。騎兵なら十五里でもいけますよ。何しろ馬は好物ですから。」
 西田の言葉に馬堂少佐は苦いものが混じった笑みを浮かべた。
「知ってるさ、これでも千早が子供の頃から見てきたんだ」
 ――駒州産まれでご先祖が馬飼い出身としては多少なりとも思う所があるんだけどね。
と出かかった声を喉元で殺す。彼も駿馬の産地である駒州出身の貴族である、一応は。
「――まぁいい。取り敢えず警戒網は信頼できる事は分かった。
西田少尉は一個小隊を連れて後方に回ってくれ。猫が反応したら導術索敵を行い
本部に伝達しろ」
「はい、大隊長殿。」
 砲撃が弱まると馬堂少佐は近くの壕へとかけこみ、そこに居た導術兵に叫んだ。
「金森二等兵!工兵に敵が次の突撃を行ったら合わせて爆破をさせるように伝達を!
冬野曹長!騎兵砲及び擲射砲は、対岸小苗橋正面へ斉射用意!爆破と同時に撃て!
鋭兵中隊と予備隊は渡河した敵を掃討せよ!」


同日 午後第ニ刻半
東方辺境領鎮定軍先遣隊本部 先遣隊司令官
シュヴェーリン・ユーリィ・ティラノヴィッチ・ド・アンヴァラール少将


「第36猟兵大隊渡河に成功しつつあります。」

「アルター、本当に我々は橋を無傷で奪取出来たのか?」
 ――爆破に失敗したのか?だが、それならば砲で破壊するように調整してありそうなものだが。
そう考えていると爆音が響きわたった。
 見ると渡河を行っていた大隊本部らしき将校団が橋ごと半数近くを吹き飛ばされている。
「してやられた!!大隊主力狙いか!!」
 渡河に成功した二個中隊も大隊本部と分断され、動きが止まる。
 そこへ敵からの射撃が行われ次々と倒れ、猛獣も混じった敵部隊による突撃を行われると、渡河した部隊は完全に潰走をはじめ、時を経ずして凍てついた川に銃弾以上の数の兵を殺されながら、対岸から〈帝国〉猟兵は完全に掃討されてしまった。
 これで二個大隊が戦闘能力を喪失した事になる。
 ――敵は恐ろしい程冷徹だ。
自分の戦力が痛手を受けない範囲の敵を渡河させ橋を爆破。
橋を渡ろうと密集した地点への正確な霰弾砲撃、渡河した二個中隊も敵の銃兵によって
掃討された――が。

「アルター、あの中隊は・・・何だ?」
 見た所配置されている部隊で十二分に排除出来た。
わざわざ切り札である猛獣を送り込む必要性をシュヴェーリンには感じられなかった。
――自分ならば塹壕に篭ったまま射撃を続けて数を減らし、濡れた服で凍えきったところで川へ追い返す。増援が来たら此方も増援を出せば良い。
 彼の信頼する参謀長も考え込んでいたが、やがて推論を告げる。
「分かりません――恐らく予備部隊では?」

「予備!?馬鹿な。如何してあの状況で予備を出すのだ。」
「此方の予想以上に余裕が無いのか・・・あるいは過剰兵力を投入したのか・・・」
アルター参謀長の仮定にシュヴェーリンは眩暈をおぼえた。
 ――過剰兵力!まるで悪夢だ。あの陣を突破するのにどれ程被害がでるというのだ!
 だがシュヴェーリンとて東方辺境軍では猛将と名高い円熟した戦術家であった。
即座に精神を建て直すと即座に参謀長に問いかける。
「――どちらにせよ真正面から挑んでいては損害が出るばかりだ。
アルター、何か策を。この泥沼から抜け出す策を。」

 アルター参謀長はその明晰な頭脳を巡らし言葉を紡ぐ。
「――西方に、橋が有った筈です。それを利用すればあの厄介な陣地を側背から突けます」

「あぁ確かに、だが彼処は、上苗橋は既に爆砕された。
川の流れは急で御丁寧にも向こうの指揮官殿は川岸を馬防柵でほぼ完全に封鎖して下さった、あれでは騎兵でも渡河は困難だ」
 
「騎兵部隊の他に排除の為に砲兵分隊を連れていかせては?」

「砲までも?そうしたら騎兵は一個大隊を送り出す事すら厳しくなるぞ?」

「カミンスキィ大佐は優秀な男です。彼に直率させれば士気を保たせる効果もありますし、単隊で行動しても機を逃さないでしょう。」

「カミンスキィ? いかん!!奴は――」
 そこで言葉が詰まった。シュヴェーリンにも彼の提案は極めて合理的である事は分かりきっている。
アンドレイ・カミンスキィは28歳の若さでありながら大佐に任じられている、その理由は能力だけではなく、東方辺境領姫にして〈帝国〉陸軍元帥であるユーリア・ド・ヴェルナ・ツァリツィナ・ロッシナの愛人であるからに相違ない。
勿論、その恩恵で与えられた立場に応えるだけの能力があるのは確かだろう。
そしてその立場を利用するだけの能力も十二分に。
「何より別働隊を出したら蛮軍主力を叩く余裕がなくなる。
騎兵は温存しなければならんだろう」
だがシュヴェーリンは忠誠心と保身からかの美姫を批判する事を避け、軍事上の常識へと話題を転じた
「しかしユーリィこのままでは損害が増えるどころか殿下からの命を果たす事も――早期突破すら|不可能(・・・)です。」
 参謀長の――いや、戦友の言葉はシュヴェーリンを激しく動揺させた。
――不可能!!この男ですらそういうか!!

「命令を果たせなかったら・・・」
  ――信賞必罰、その言葉の後半は味わいたいたくない。


同日 午後第三刻
独立捜索剣虎兵第十一大隊 大隊本部付近 掩体壕
大隊長 馬堂豊久少佐


「なぁ新城、もしも――もしもの話だが北領鎮台が
美名津、或いは内地への衆民を避難させ、真室川 或いは苗川沿いに築城
敵を誘引し水軍を使い奥津に揚陸、兵站集積所を占拠――は無理かも知れんが封鎖とかは可能だったのかな?」

「さあな、やってみない事には分からないが、敵は現在もそれを警戒しているだろう。
現在の状況でやられたら全員、餓死すら有り得る。」

「だ ろ う ね。敵さんも必死だ!っと」
 壕の側に着弾したらしく壕の中が揺れる。

「しかし、水軍か鎮台の参謀部が今頃考えているんじゃないか?
天狼からこっち、醜態を晒したが一応は戦時の軍参謀部に居る奴等だ、俺なんぞより優秀なのも居るだろうに」

「そう思いたいところだな」

「おいおい」
新城の木で鼻をくくった様な言い草に上官でもある豊久が苦笑する。
「まぁ、提案が出ても、採用されないだろうな」

「最高司令官が真先に逃げ出しちゃあ統率も厳しいと?」

「まぁな、何より守原英康本人にその気がないだろう。」
「ん?だが守原家は・・・」
 ――それはあの家の懐事情が許さないのでは?
 守原家の財政を支えているのはこの北領である事は将家事情に詳しい者ならば誰でも知っている事である。
「全てが終わってから総反攻、だろうな」

矢張り――そうなるか。
馬堂豊久は無言で目を閉じる。近い将来、内地で亡国への道が開く事を理解した。
「――まぁいい、今は、な。それより今は帝国軍だ、敵の迂回への妨害は仕込んであるし。
当面は正面に集中してれば大丈夫か?」

「あの馬防柵か、わざわざ手の空いた部隊を使ってまで作らせた分は効果がある
作りは簡素だがあれを排除するには砲兵が必要だ。迂回部隊の足を鈍らせる上に砲車を引く輓馬が糧秣を食い散らかす。細かいところで吝嗇で底意地が悪い人間ならではだな」

「実仁親王殿下の残した工兵中隊のお陰だ。
殿下は一番いい時に手持ちの商品を売りつけてきたよ、商人の才能があるな」

「不敬だな」

「褒めてるんだよ、つまり尊崇してるんだ。問題ない」
 かような戯言を北領の最終防衛線指揮官達が交わしているという恐るべき事態は米山兵站幕僚が転がり込んできた事で終結した。
「し――死ぬかと思いました、いや本当に」
 ぜぇぜぇと喘いでいる元輜重中隊副官に馬堂少佐は笑いながら歓迎した。
「おぉ、よかった よかった 君に死なれたら我が大隊は崩壊するところだ。――割と本気で」

「中尉、現状は?」
 首席幕僚の問いに米山は息を整えながら帳面をめくる。
「どうにか持っておりますな。
砲の射耗が気がかりですが今の所はどうにか想定の範囲内に収まっております。
ただこうも砲撃が激しいといざという時の輸送が心配ですな
今日は余裕を持たせたつもりでしたが――」
 
「持つことを祈ろう、此方も余裕があるわけではないからな
まったく、俺も余裕をもって持たせたつもりだったのだが・・・・・万一砲が玉薬ぎれで沈黙したら目も当てられない」
 砲兵将校の馬堂少佐も舌打ちをした。
 彼は、兵站と火力こそが軍事の全ての基幹あると信仰している将校であり、その双方を欠く可能性のある采配をした自身が許すことができなかった。
「――首席幕僚、あのまま正攻法を続けると思うか?
それとも矢張り迂回するか」

「頭数だけならばどちらも可能ですね。
もっとも兵站が崩壊しかけているならば活発な行動はできないでしょう、迂回をするなら挟撃の際に全力で攻勢に出られるようにしなければ意味がありません」

「明るい知らせはそうそうなさそうですな」
 米山兵站幕僚も皮肉な笑みを浮かべて帳面を懐にしまう。

「分からん。だが、全てが上手くいくかもしれない。
この調子なら、迂回されても到着前に逃げ切れるかもしれない。
正面からの正攻法なら当分はどうにかできるだろう」



同日 午後第三刻半 東方辺境領鎮定軍先遣隊本部 
先遣隊司令官 シュヴェーリン・ユーリィ・ティラノヴィッチ・ド・アンヴァラール少将

「矢張り――正面からは困難、か」
シュヴェーリン少将は寂寥とした口調で結論を呟いた
 ――これでは攻城戦と変わらん。徒に兵力を損耗するだけだ。
だが、要塞と違って敵の最も厄介な要害は川である、即ち、別の渡河点から部隊を渡河して二正面作戦に持ち込めば、容易く突破ができる――と本部の幕僚陣から意見が出ている。
「ユーリィ、時間が有りません!明日にでも此処を突破しなければ――」
シュヴェーリンは自身の信ずる参謀長の言葉を手を振って遮り、彼の望む答えを告げた。
「――ハンス、カミンスキィ大佐を呼べ、それと直ちに参謀達に迂回渡河に必要な作業を策定させろ」

「糧秣を何とかして頂かない事には、閣下。
迂回するのに急いでも一日はかかります、これでは聯隊の手持ちでは不可能です。
腹を空かせた馬では突撃など出来ません」

ああ分かっているとも。それは全軍の抱える問題だ。

「他に方法は無いのだ。聯隊全体を動かす必要は無い、敵は一個大隊規模だ。
それに我々は挟撃をかけるのだ、主攻正面に我々が挟撃をかけ、半数以上の部隊が拘束される事になる」

「しかしそれでも二個大隊も動かせません。
確かに偵察部隊は600名前後だと報告していましたが、とても信じられません――危険すぎます」

シュヴェーリンは瞑目し、自分が戦場の現実を知った時に――自分の居た中隊で“行方不明”となった中隊長の決まり文句――戦塵を戦列の正面で浴びていたシュヴェーリン中尉が唾棄した無能者の証明たる言葉――を発した。
「これは命令なのだ――大佐」

「はい、閣下。しかし小官が反対した事は、」
「分かっている。文章にもしておいてやる。日が暮れるまでまだ一・二刻あるそれまでに出発せよ」
 シュヴェーリンはカミンスキィに背を向け、彼が出ていくまで振り返らなかった。

            書状
発 第三東方辺境領胸装甲騎兵連隊本部
宛 先遣隊司令部
持ち出せる糧秣は一個大隊を賄うことも困難と判明。
試算した結果、渡河した時点で消耗しつくすと予想される。
午後第四刻に東方辺境領胸甲騎兵連隊第一大隊を
連隊本部が直率し出発す。

 
 

 
後書き
 シュヴェーリンはかなり好きなキャラです。高級将校として兵を死なせることに苦痛を感じる人間らしさが何ともいい味を出してますね。

三日連続投稿します。次回、次次回の投稿も今回の投稿時刻と同じ予定です。
 
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