美しき異形達
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第二十一話 菖蒲の友人その五
「そして子供が出来てこそ」
「そうしてこそ」
「人間はじまるんだって」
「子供が出来てからなの」
「いつもそう言ってるわ。可愛い男の子でね」
にこにことしながらだ、クラスメイトは菖蒲に話す。
「将来が楽しみよ」
「それはいいことね」
「パン屋さんの二代目かしらね」
「パン屋さん、いいわね」
「だから私もね」
彼女にしても、とだ。ここで菖蒲にこう言うのだった。
「早いうちにね」
「結婚して」
「そう、子供を作って」
そうして、というのだ。
「幸せな家庭作りたいわね」
「それが貴女の夢なのね」
「夢も夢」
しかも、という口調での言葉だった。
「人生の目標よ」
「幸せな家庭を作ることが」
「だって人間は幸せになる為に生まれてくるんじゃない」
「幸せになる為に」
この言葉にだった、菖蒲は心の中で反応した。それは自分がこれまで特にこれといって考えてこなかったことだからだ。
それでだ、表情は変えないが心は向けて彼女にこう言うのだ。
「幸せね」
「そう、まあ幸せっていってもそれぞれよね」
「ええ」
「私の場合はそれなの」
「幸せな家庭ね」
「旦那さんと子供と一緒にね」
そうした家庭を作ることが、というのだ。
「古臭い夢かも知れないけれど」
「古臭い夢ね」
「うん、そうかも知れないけれどね」
それでもだというのだ。
「それが私の夢よ」
「幸せな家庭」
「和気藹々として暖かいね」
そうした家庭が幸せな家庭だというのだ、具体的な話だった。
「そうした家庭でありたいわね」
「そうなのね」
「菖蒲ちゃんの幸せはどうなの?」
クラスメイトは菖蒲にも尋ねてきた。
「そうしたことは」
「私の場合は」
そうしたことを問われるとだ、菖蒲は返答に窮した。それは彼女がこれまで考えたことがなかったことだからだ。
それでだ、こう言うのだった。
「特に」
「ないの?」
「ええ、そうなの」
「そうなの。それじゃあね」
「それじゃあっていうと」
「これから見付けよう」
そうしようというのだ。
「今からね」
「そうすればいいのね」
「これも叔母さんに言われたのよ」
その長い旅路の果てに幸せに辿り着いた人にというのだ。
「幸せを見付けていないと」
「見付けること」
「それぞれの幸せをね。ただ」
「ただ?」
「その幸せで他の人に迷惑はかけるなってもね」
そうも、というのだ。
「言われたわ」
「自分が幸せになっても」
「ほら、スターリンみたいな幸せだとね」
ヒトラーと並び称されるまでの独裁者だ、ソ連に君臨し多くの粛清を行ってきたことで悪名高い人物である。
「皆が迷惑するでしょ」
「自分だけが満足して」
「まあスターリン自身も満足してたかどうかわからないけれど」
極端に暗殺を恐れていたという、そうした中にいつもいる人生が幸せかどうかは確かに多くの者が疑問に持つだろう。
「それでもね」
「あの人みたいなことはね」
「問題外よね」
「幾ら何でも」
こう話すのだった、そうした話も入れてだった。
クラスメイトは菖蒲のその黒い澄んだ瞳を見ながらだ、彼女にあらためて言った。
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