銀河親爺伝説
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第七話 暴発
前書き
艦隊戦以上に白兵戦は描写が苦手です。多少不自然なところが有っても御容赦願います。それでも書いてて楽しかったです。
■ 帝国暦486年 7月18日 オーディン 新無憂宮 ラインハルト・フォン・ミューゼル
「御多忙の所、お時間を取って頂き有難うございます、宮内尚書閣下」
「何用かな、ミューゼル大将。済まんが私は忙しいのだ、手短に願いたい」
ノイケルン宮内尚書は露骨にこちらを避けようとしている。ソファーにも座らせず立ち話だ。距離は一メートル半、成り上がり者とは近付きたくない、話はしたくないか。或いはブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯への遠慮か。腹は立ったが抑えた。“出来るだけ下手に出ろ”、爺さんの助言だ。
「実は少々困っております」
「……」
「このような物が届きました」
封筒を出すとノイケルンの表情が変わった。それまではこちらを嫌そうに見ていたのが困惑した表情で何度も封筒と俺を見ている。多分自分の所に届いた物と似ていると思っているのだろう。まさか? もしや? そんなところの筈だ。傍に近寄った、嫌そうな顔はしたが避けなかった。
「手紙には“宮中のG夫人に対しB夫人が害意をいだくなり。心せられよ”とだけ書いてあります」
「……」
「宮内尚書閣下の元にも同じ物が届いている、そうでは有りませんか?」
俺が身を寄せて囁くとノイケルンの喉が音を立てた。目が飛び出そうな表情をしている。そして“何故それを”と小声で答えた。どうやら胆力は無いな、好都合だ。
「これを書いた人間が自分を訪ねて来ました」
「真か? それは何者だ?」
「宮廷医、グレーザーです。閣下も御存じでありましょう」
「あの男か……、何故このような事を……」
困惑か、知力もそれほどではないな。そしてベーネミュンデ侯爵夫人とグレーザーが繋がっていた事も知らない様だ。まあ無理もないか、片や宮廷医、片や寵を失った寵姫だ。関心など持てないに違いない。
「ベーネミュンデ侯爵夫人が陛下の寵を失ってからですが侯爵夫人の元を訪れる人間は居なくなり夫人はかなり精神的に不安定になったそうです。グレーザーはその治療を行いそして心の安定を保つために時折屋敷を訪ね侯爵夫人の話し相手になっていたとか」
「なるほど」
ノイケルンが頷いている。本当はあの女の金目当てだろう、爺さんはそう言っていた。俺も同感だ、何時の間にか抜けられなくなって助けを求めた。そんなところだ。
「侯爵夫人は姉と私の事を誹謗したそうです。そうする事でしか心の安定を保てなかったのだと思います。最初は気晴らしとして有効だったのでしょうが最近ではどうも現実と妄想の区別がつかなくなってきたのではないかと……、グレーザーは恐れています」
「どういう事だ、ミューゼル大将」
「姉と私が居なくなれば侯爵夫人がまた寵姫として陛下に寵愛されるだろうと」
“馬鹿な”とノイケルンが吐き捨てた。度し難い、そんな表情だ。全く同感だ、初めて意見が一致したな。
「言葉にするのも汚らわしい事ですが姉に陛下以外の男の子供を身籠らせろと命じたそうです。そうなければ私も姉も一緒に始末することが出来ると。自分がまた寵姫として陛下に召されると」
「愚かな……」
ノイケルンがウンザリといった表情をした。気持ちは分かる、俺もウンザリなのだ。グレーザーもウンザリしていた。
「グレーザーは危険だと考え何人かに手紙を書いたのです。そして念のため私の所に……」
「真相を伝えに来たか」
俺が頷くとノイケルンが大きく息を吐いた。顔を顰めている。
「彼はそれだけ危険だと思っています。今は何とか侯爵夫人をあしらっていますがそろそろ限界だと……。このままでは夫人が暴発しかねないと怯えているのです。私も危険だと思いました、それで閣下にお伝えしようと……」
あくまでしおらしく、そしてノイケルンを立てる。一昨日、昨日をかけて作ったシナリオだ。グレーザーを呼んで確認しながらの作業のため思いの外時間がかかった。
「如何なさいますか?」
俺が問い掛けるとノイケルンの眉がピクッと動いた。
「侯爵夫人を放置するのは危険ではありますまいか。一つ間違うと陛下の御威光、帝国の威信に傷が付きかねません」
「……」
また眉がピクッと動いた。
「ベーネミュンデ侯爵夫人は元寵姫でありながらそれすら分からなくなっているようです。このままでは……」
「そんな事は卿に言われなくても分かっている!」
「申し訳ありません」
吐き捨てるような口調だった。俺に指摘されたのが面白く無いらしい。
廷臣達がもっとも嫌がるのが陛下の御威光、帝国の威信に傷が付く事だ。その危機を見過ごしたとなればノイケルンは失脚せざるを得ない。何と言っても事は宮中の問題でノイケルンは宮内尚書なのだ。俺を叱責はしたが困っているな、どう対応して良いか分からずにいる。今のノイケルンは窮鼠だ、下手に突けば噛み付くだろう。だが……。
「閣下、この手紙は国務尚書、リヒテンラーデ侯にも送られているそうです」
「何? リヒテンラーデ侯に?」
「はい、如何でしょう、閣下から手紙の事をお話しなさっては。国務尚書閣下もこの件は気に留めておいでではないかと思うのです」
「そうだな、侯の御意見を伺った上でどうするかを検討した方が良かろう」
ほっとした表情だ、声も明るい。責任をリヒテンラーデ侯に押し付けられると思ったのだろう。窮鼠は逃げ道を得て臆病な鼠に戻った。これでリヒテンラーデ侯を捲き込む事が出来る。リヒテンラーデ侯も政府閣僚であるノイケルンに頼られた以上政府首班として知らぬ振りは出来ない。
“味方を作れ、自分より、相手より立場の上の奴、そして直接の担当者を味方にしろ。大義名分を得るんだ。そうなれば相手は孤立する”。爺さん、あんたの言う通りだ。これでベーネミュンデ侯爵夫人は政府を敵に回す事になった。後はリヒテンラーデ侯達にあの女の処分を任せればいい。
「卿も同道してくれ。グレーザーから話を聞いたのは卿だからな」
「分かりました」
“下手に出るんだぞ、相手を上手く煽てて使うんだ。強く出るのはもっとデカくなってからでいい”。分かっているけど結構疲れるな、もうひと踏ん張りだ……。
リヒテンラーデ侯との話が終り家に戻ると爺さんとロイエンタール、ミッターマイヤー、キルヒアイスが俺を待っていた。
「ラインハルト様、如何でしたか?」
「うむ、近日中にベーネミュンデ侯爵夫人にオーディンを離れ領地の開発に励めとの陛下の御意が伝えられる事になった」
俺が処分の内容を伝えると皆が頷いた。“事実上の追放ですな”とロイエンタールが評した。
「問題は大人しく従うかだな」
「……」
「追放と決まっても直ぐにオーディンを離れるわけじゃねえ。準備やら支度で時間を稼ぐ筈だ。時間を稼いで処分の撤回を願うかお前を殺そうとするか、……油断はするんじゃねえぞ」
爺さんの言う通りだ、油断は出来ない。ロイエンタール、ミッターマイヤー、キルヒアイスが爺さんの言葉に頷いた。
■ 帝国暦486年 7月21日 オーディン ラインハルト・フォン・ミューゼル
「ラインハルト!」
「下がっていてください、姉上! 車から出ないで!」
破損した車から出ようとする姉を押し戻すと羽織っていたマントを脱いで姉の頭に押し被せた。姿勢を低くさせれば、この暗さならそう簡単には狙いは付けられないはずだ。
雨が酷い、夜の闇と大量の雨で視界が利かない。そして雨音の所為で音も聞こえない、最悪の状況で襲撃された! 油断した、いやこちらの想定を超えた。まさかここまで強硬手段を取るとは……。せめて事故死に見せかける位の事をするとは思ったが俺の想像以上にあの女は追い詰められていたようだ。或いは馬鹿なのか。
「相手は対戦車ライフルを使用したようです」
キルヒアイスの声が緊張している。直撃なら姉上の命はなかっただろう。間一髪助かった、しかし油断は出来ない、足を奪った以上連中は必ず止めを刺しに来るはずだ。キルヒアイスを促し車から少し離れた場所に移動した。背中合わせに立つ、死角を作るな、集中しろ! 手にブラスターを持って敵を待った。
「ラインハルト様!」
キルヒアイスが叫ぶのと同時に身体を翻した。戦闘用ナイフが肩先をかすめた。目の前に黒の戦闘服を着た男が居た。足元がぬかるむ、踏ん張れない! バランスを崩してよろめくところに男がナイフを振りかざした。躱せない、防ごうと腕を前に出した時、男の身体が硬直して一瞬置いて崩れ落ちた。
「無事か、小僧」
「爺さん!」
男の後ろからマントを羽織った爺さんが現れた。右手にはサバイバルナイフを逆手で持っている。キルヒアイス! 態勢を崩している! 爺さんの倒した男の身体が邪魔だ! 襲撃者のナイフが迫る! ブラスターを撃った、命中! 側頭部を撃たれた敵が横倒しに倒れた。
「ミューゼル、伯爵夫人を守れ」
「しかし」
「邪魔なんだよ、お前が死んだらロイエンタールとミッターマイヤーも死ぬことになるんだ。分からねえのか!」
爺さんが周囲を警戒しながら言った。キルヒアイスが“ラインハルト様”と声をかけてきた。爺さんの言う通りにしろ、眼がそう言っている。
「済まない、頼む」
不本意だが後ろに下がった。雨と闇の中に爺さんとキルヒアイスの背中が滲んで見えた。
「撃つんじゃねえぞ、ミューゼル。同士討ちは御免だ。そこで黙って見ていろ、もう直ぐ味方が来るからな」
大きい声だ、多分敵に聞かせるためだろう。爺さんは連中を焦らせようとしている。相変らず喰えない爺さんだ。こんな時なのに笑いが込み上げてきた。
爺さんの左側面と正面に影が近付いた。爺さんは腰を落として様子を窺っている。大丈夫か? キルヒアイスがナイフを突き出してきた男の腕を手繰り寄せるとブラスターを側頭部に叩き付けるのが見えた。崩れ落ちる男の手からナイフを奪う。接近戦ならブラスターよりもナイフだ。
爺さんの側面の男が斜め後ろに動こうとした。爺さんの背後を取ろうというのか、それとも狙いは俺か。爺さんが身体を時計回りに反転させた、速い! 身体を沈ませ思いっ切り右足を延ばして男の足を払う。男が飛び退いて躱した。正面の男が爺さんの背中に迫る! 爺さんが前方に回転して距離を稼ぐ、振り向いて構えた! 正面から迫った男が止まった。なるほど、これなら同士討ちを心配するはずだ、それほどに爺さんの動きは速い。
凄い、本当に六十歳なのか? どう見ても二十代から三十代の動きだ、しかもかなり鍛えている。側面と正面からまた敵が迫る。側面の男は明らかに爺さんを標的にしている。手強いと見たのだ、先に爺さんを殺してから正面の男と共に俺を殺すつもりに違いない。正面の男と側面の男がナイフを突き出すそぶりをする。フェイントだ、連携して爺さんを揺さぶろうとしている。しかし時間が無いのも分かっているだろう、直ぐに仕掛けて来る筈だ。
爺さんは動かない。腰を落として正面の男に正対している。手強いのは正面と見たか、或いは側面の男を挑発しているのか。右手に握ったナイフは相変わらず逆手、防御優先だ。時間を稼ぐつもりかもしれない。相手は二人とも順手でナイフを持っている、どちらかが攻めてくる。それに合わせてもう一方も動くだろう。
動かない爺さんに焦れたのだろう、側面の男がフェイントから鋭く踏み込んで突いて来た。爺さんが時計回りに身体を反転させる、上手い! これなら爺さんの身体は側面から攻めてきた男の陰になる。正面の男は攻撃出来ない。爺さんに背中を刺される、側面の男は慌てて突き出した腕を引き戻して爺さんの頸を狙う!
だが爺さんは身体を沈めていた。男の腕は空を斬った。腕が流れる、態勢が崩れた。爺さんが素早く身体を時計とは逆回りに反転させる。そしてそのまま回転の勢いを付けて右手のナイフを男の喉元に叩き込む。男が左手で喉を守ろうとした、その左手の指を切り飛ばしつつ爺さんのナイフは一気に喉を切り裂いた!
噴出する血を四方に撒き散らしながら男は横倒しに倒れた。暗闇でも何が起きたか分かる凄惨な光景だった。正面の男も動けずにいる。爺さんが構えた。半歩前に出ると正面の男は下がった。明らかに押されている。殆ど戦意は喪失状態だろう。突然光が現れた。声がする、俺の名を呼んでいる、ロイエンタール、ミッターマイヤーか。味方が来たようだ。
不利を悟ったのだろう、爺さんの正面の男は後退した。キルヒアイスの周りにも敵は居ない。声が近付いてきた、もう大丈夫だ、爺さんに近付いた。キルヒアイスも傍に来た。
「爺さん、おかげで助かった」
声をかけると爺さんがふーっと大きな息を吐いた。
「年は取りたくねえな、身体が思うように動かん」
「冗談だろう?」
「本当だよ、十年前ならあいつも殺してたさ、逃がしはしねえ。今は激しい動きをすると息が上がる。バレねえ様に芝居するのが一苦労だ」
まさかと思ったが爺さんは苦い表情をしている。本当なのか。キルヒアイスも驚いている。
「御無事でしたか、ミューゼル大将、リュッケルト大将」
声をかけてきたのはロイエンタールだった。彼の後ろには十人程の兵が付いていた。爺さんが“助かったぜ”と言った。
「良く来てくれた。卿が来てくれたお蔭で連中も撤退したようだ」
「いえ、もう少し早く来られればと反省しております」
もう少し早く来ればか……、もし来ていればアレを見る事は無かっただろう。
ミッターマイヤーが来た。やはり十人程連れて来ている。どうやら遅れたのは逃げる連中を捕まえていたようだ。二人程襲撃者を捕えている。
「白状しました。ベーネミュンデ侯爵夫人に金で雇われたようです。グリューネワルト伯爵夫人、ミューゼル大将を殺せば出世させてやると」
ミッターマイヤーの言葉に皆が顔を見合わせた。
「終わったな」
爺さんの言葉に皆が頷いた。
「顔を潰されたリヒテンラーデ侯がベーネミュンデ侯爵夫人を許す事はねえ。後は皇宮警察と憲兵隊に任せようぜ」
また皆が頷いた。爺さんの言う通りだ、ベーネミュンデ侯爵夫人は終わった。予想外だったが出兵前に片付いた。これで心置きなく戦争に集中出来るだろう……。
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