戦国異伝
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第百七十六話 手取川の合戦その三
「これは」
「そうですか。それでは」
「この陣、容易には破れません」
謙信は確かな声で言い切った。
「前の丸太も我々を防ぎましたが」
「この柵はさらにですか」
「そうです、破ることは容易ではありません」
「ではどうされますか」
兼続は謙信に今度はあえて問うた。
「今日の織田家をどう攻めますか、まずは」
「数ですね」
「今の織田家の数は我等の三倍です」
この数のことも言う兼続だった。
「この差は大きいです、しかも織田家は武器に具足もいいです」
「兵は弱けれど」
「はい、しかも名のある将帥が揃っています」
「尚且つ総大将は織田信長」
「それに加えてこの陣です」
「破ること、どう考えても容易ではありませんね」
「はい、それをどうされますか」
兼続は謙信に彼も確かな声で問うのだった。
「ここは」
「このまま攻めても破れません」
謙信もわかっていた、このことが。
「ただ闇雲に攻めては」
「ではここは」
「一点に集中させます」
謙信がここで言うのはこの攻め方だった。
「織田家の陣の一部分を」
「そこをですか」
「そうです、わたくし自ら軍を率い攻めます」
「では今より」
「皆の者ついてくるのです」
颯爽とさえして言う謙信だった。
「これより」
「わかりました、それでは」
「今より」
「例えどれだけ堅固な陣であっても」
謙信は既に馬に乗っている、そのうえでの言葉である。黒い陣の中に謙信の頭巾の白だけが朝靄の中に浮かんでいる。
「攻め落とせぬ陣はありません」
「例え今の織田軍の陣であっても」
「そうです、ありません」
決してと言うのだった。
「では宜しいですね」
「はい、今より」
「全軍で」
こうしてだった、上杉軍は全軍でだった。
前に進みそうしてだった、謙信自ら先頭に立ち織田家に向かって来た。黒い軍勢が動く姿は激流そのものだった。
その激流を見てだ、竹中が信長に告げた。
「殿、来ました!」
「うむ、そうじゃな」
信長は本陣からその上杉軍を見つつ応えた。
「今来たな」
「謙信公自ら先頭に立っておられます」
「相変わらず恐ろしいことをする」
信長は笑みさえ浮かべて言った。
「総大将自ら先陣を切って来るとはな」
「まことに」
「しかもいきなりじゃな」
信長が見ているのは謙信だけではなかった、謙信が率いている上杉の軍勢も見てそのうえで言うのだった。
「戦力を一点に集中させてきたわ」
「数は我等の方が多いですが」
「それを見てのことじゃ」
「その数の少なさを補う為に」
「一点に集めてきおったわ」
上杉の軍勢を、というのだ。
「流石軍神じゃな」
「瞬く間にそうしてくるところが」
「その通りじゃ、しかし」
「それは我等も読んでいたこと」
「権六と牛助に言うのじゃ」
柴田と佐久間、織田家の武の二枚看板にだというのだ。
「上杉謙信の来るところに戦力を集中させよとな」
「わかりました、それでは」
傍にいた万見が応える、そしてだった。
すぐに柴田と佐久間に信長の言葉が伝えられる、それを受けてだった。
二人は実際に軍をこ謙信がいるところに集結させた、そのうえで。
謙信に備える、二人は共に謙信を前にして自分達が率いる将兵達に言った。
「よいか、撃て」
「鉄砲も弓矢も撃って撃って撃ちまくるのじゃ」
そうしてだというのだ。
「向かうのではなくじゃ」
「撃つのじゃ」
「そうせよ、よいな」
「謙信公が来ても怯むことはない」
そうだというのだ。
「ではな」
「撃つのじゃ」
こう命じるのだった。
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