【短編】竜門珠希は『普通』になれない【完結】
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魔法少女じゃなきゃダメだという
前書き
これはまだ、珠希が高校生だった頃のお話……
――『普通』とは何だろう?
それが齢17になる一人の少女、竜門珠希がここ最近思うことであった。
確かに「竜門」という名字は珍しいかもしれない。事実、ネットで調べたら昔は大和や近江、現在は岡山県に少数その名字の人がいるらしいが、生憎と珠希は私用で出かけた大阪・日本橋より西を知らない。しかもそのときは金曜夜の新幹線で大阪に乗り込み、一泊。翌日に開催されたイベントに午前だけ参加した後、日本橋界隈を散策した足で愛知は名古屋へ向かい、さらにそこで一泊。今度は名古屋のイベントに飛び入り参加すると、即座に新幹線で地元に帰るという強行日程だったため、大和・近江など土地を踏むことすらできなかった。決してスルーしたくてしたわけじゃないよ。
小学校の頃には自分史づくりか何かの授業で両親に由来を尋ねたこともあったが、両親やそのまた両親に尋ねても岡山とは縁もゆかりもないという非常に面白くない結果に終始したことは今ではいい笑い話だが、これ以上は閑話休題。
話を元に戻すと、友人や先生、小うるさいメディアの話を聞く限りでは、優しい家族がいて、頼れる友人がいて、それなりに楽しい毎日があって――くらいしか『普通』という概念を規定するものがなく、珠希自身もそれ以外にぱっと思い浮かぶ条件がなかった。
実際、札束で人をビンタしたり靴を舐めさせたりしたいとも思わないし、お付きのメイドや豪奢な屋敷なんざ欲しいと思ったこともない。毒舌イケメンもしくは白い顎髭たくわえた万能執事なら欲しいかもと妄想ったことはある。ただし人生波乱万丈の借金執事はお帰り願おう。
しかも片思いの相手の家の隣家を買収して住んじゃおう! そして窓ブチ破ってでも部屋に入って毎朝起こしに行っちゃおう! あわよくば……(以下、いちごカルピス色のため自主規制)とか、それはどこのブッ飛んだテンプレ金持ちの設定だとツッコみたくなると同時に、「それなんてエry」とどこぞの掲示板に書かれるようなことはしたくない小心者の気もある珠希だった。
「それじゃねー。たま」
「ん。それじゃ」
放課後、これからLI○Eで知り合った人とデートだから、とだらしない笑顔でぬかしやがった友人が駅構内の人ごみに消えていくのを見送り、珠希は小さく溜め息をつくとそのままひとり徒歩で帰路に就いた。
そんな彼女、現在17歳、絶賛現役女子高生ライフの佳境に差し掛かっていたにもかかわらず、不純異性交遊どころか男女交際のイロハも知らない。もちろんカレシいない歴=年齢だ。少なからず小学生時代に「タマ○ン」と下品極まりないアダ名で男子から散々からかわれていた苦い思い出の影響もないわけではないのだが。
けどそこ、この藻○とか言ってさしあげるな。実際○女だけど。膜と出血の保証はしないけど。
「はぁ……」
口をついて出るのは溜め息ばかり。
周囲の友人――だと珠希は思っている――は皆「珠希はイジるトコが少なくていーよね」とか「遺伝子とかって結構残酷だよねー」とか「生まれながら人生イージーモードかよ」と言っていた。少なからずそこに慢心してしまったのが敗因かと今さらながらに思うが、現在高校3年生の初夏。次の中間試験さまが進路を大きく左右するようなこの時期に売れ残っている男子生徒はカノジョに敗れたか勝負を最初から放棄した負け犬扱いが関の山だ。
だが振り返ると入学時から「女子高生になったんだし、少しはナンパや合コンとかあるんだろうし――」と軽く見ていたのが運の尽きか。今の今までなぜか、どうしてか、いったい何がいけなかったのか、珠希は一度もナンパ・合コンに縁がないままだった。運が良いのか悪いのかを抜きにしても、どちらにしろ珠希のその基準では悪い虫がつかないかわりに良い虫を誘うこともできなかった珠希自身もまた負け犬として称されるべきであった。
「うーっ……」
そう唸ったところですれ違う会社員や大学生らしき男性が困った顔すら絵になる珠希の表情に思わず振り向いていくだけで、シンデレラや白雪姫すら肉食女子(注:肉食「系」ではない)でないと若くてイケメンな王子様を籠絡できないこの現世、壁ドン(注:誤用のほう)から強引にDキスして挑発的かつイミフな台詞でも吐いて惚れさせてくれるような俺様系肉食男子は現れてくれるわけがない。第一、少女マンガ文化にほぼ触れずにこの年齢まで生きてきた小心者女子高生サイドからすればそんなガツガツ迫られても困るだけだ。
何にせよ、負け犬と呼ばれ、踏まれて虐げられてムチで嬲られて快楽に浸る性癖など微塵も無いので、珠希はこのイライラの矛先を自分以外に向けることにした。
「ねえそこのカノジョ、これから暇だったり――」
「あ、今日は用事済ませてさっさと帰らなきゃいけないんで」
視界の外から声をかけてきた、綺麗に褐色に日焼けしたサーファー風金髪男性に対し、一瞥もくれることなく無意識のうちに煩わしいとばかりに手を振り、珠希は歩を進めながら愚痴を心の中で吐き捨てる。
「そんなこと言わずにさ、ちょっと、ほんのちょっとだけでもいいから」
「目的がわからないので嫌です」
「目的って、そりゃあ――」
「それに何ですその『先っちょだけ挿入させて』的な台詞」
「……っ!?」
あまりにしつこいそのサーファー風金髪男性に対し、珠希は無意識のうちに端整な顔を歪めて詰る。と同時に、イライラはさらに募ってきた。
くっそ誰だ、あんな男に声かけさせるくらい女子高生の価値下げやがったヤツは。
フーゾク? 援助交際? 覗き見してのお散歩とか?
まさかなんちゃって女子高生とか女神とかT○itter裏垢とかで満足してるとか?
「どうかしたの? そんな暗い顔してさ」
まだ愚痴も満足に吐き出せていない中、いつの間にかいなくなっていたサーファー風金髪男性にかわり、別の男性が珠希に声をかけてきた。
「いえ、ちょっと考え事が」
「何かな? よかったらオレに教えてくれる?」
「え? どうして教える義理があるんですか?」
またもや無意識のうちに冷たい声になっていた珠希の問い返しに、黒髪に薄い色系統の服を着て清潔感を出した男性は怯まず続けた。
「だってさ、オレだったら答えられるかもしれないじゃん? これでも国立の大学通ってるんだし」
「それじゃあ……」
国立大学のフレーズを右から左へスルーした珠希だが、男性に尋ねようとしてふと考え直した。
いや、よく考えると女子高生じゃダメだって性的嗜好のせいもあるんじゃない? 今や美魔女とかいう単語もあるんだし――となるとあたしの母親みたいなのもそういう類なのかな?
あ、でもそれじゃプ○キュアやま○マギみたいな(女子中学生以下じゃないとなれない←ココ重要)魔法少女も悪いんじゃない?
――などと、これ以上は確実にネット上で「黙れBBA」とレスされるくらいの愚痴を吐き出し続ける負け犬女子高生珠希は赤信号の横断歩道の前で止まると、国立大の学生と名乗る好青年に尋ねた。
「魔法少女がいいんですか?」
「……は?」
「いやだから、魔法少女」
「…………え?」
「はぁ……。もういいです」
あまりに予想のナナメ上の質問だったのか、清潔感あるその好青年も呆気にとられるしかなかった。
そのうち横断歩道の信号も青になり、国立大学生の青年の顔も結局見ることなく珠希は失望の溜め息と台詞を青年に投げつけ、雑踏の流れに乗って駅前を後にした。
☆ ☆ ☆
学校を友人と出て、駅前で別れ、繁華街から大通りを通って自宅のある住宅街が近づいてくると、何やら夏を前に元気ハツラツなランドセル少年少女たちとすれ違った。あちらもやっと放課後になったのだろうか、遊ぶ約束を交わしたり指導塾の門戸を叩いたりしているのが見える。
赤と水色と革色のランドセルを背負った三人の少女がスマートフォン片手に楽しそうに次の休みの過ごし方を話し合っているのを目の当たりにして、珠希は素直に羨ましいと思う自分とそう思う自分を冷淡に見下すもう一人の自分を感じる。
「……くそ。やっぱりこの世の男はロ○コンか○ザコンしかいないのか」
まだ引きずっているのか、傍から見れば微笑ましいその光景すらも負け犬特有の僻みフィルターがかかった珠希の目には毒だった。そもそも、それは極論でありジョークだということを冷静に考えられない時点で既に負け犬なのかもしれない。
それに、きっと魔法少女さんサイドは先程の珠希の愚痴はまったくの言いがかりだと主張するだろう。ロリー○の定義にある1○歳から3歳も年上なキ○アムーンラ○トさんをはじめ、St○編の『管理○の白い魔王』らの例外がある以上は。
「おや珠希ちゃん。今日は寄っていかないのかい?」
「え? あ、いえ……、寄っていきます」
いつの間に自宅近くの商店街に来ていたのか、齢17にして、齢17にして――大事なことなので2回言っておく――常連と言っても過言ではない八百屋のお母さん――おばちゃん扱いしても怒られはしないが、ここは顔を立てておくべきだろう――に声をかけられ、珠希は色とりどりの野菜が並ぶ店先に足を向けた。
「――にしてもさぁ、珠希ちゃん。アンタほんとに働き者だねえ」
会計を済ませ、お釣りを珠希に渡しながら八百屋のお母さん――別におばちゃ以下略――がしみじみと呟く。
とは言うものの、珠希はお嬢様とは程遠いドがつくくらい庶民の中の庶民。庶民オブ庶民である。共働き家庭のうえ、歳の離れた兄は少し離れた街で一人暮らし中。3歳下の妹はただ今高校受験を控えてB級ゾンビ映画のゾンビのごとくあーうーと喘いでいる。両親の頑張りのおかげで家計は決して苦しくはないのだが、お金の大切さは年齢一桁の頃から痛いほどその――出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる――華奢な体躯で味わっているせいか、今や大安売りやらお買い得の文字列に勝手に身体が反応するよう訓練されてしまっていた。
もちろん倹約・節約大好き主婦としては素敵なスキルだろうが、悲しや今の珠希の職業は主婦ではなく女子高生である。恋愛経験値が0という現実が余計に哀愁を誘う。
「ウチのバカ息子なんか今でも『俺はギターで食ってくんだ』とか言って、学校もロクに行ってないんだよ」
「あ、それは……、まあ……」
「それにさ、聞いてよちょっと。何でも最近パソコンにつけるカメラみたいなの買ってきてさ、ネットに自分がギター弾いてる姿のっけ始めたらしいのよ」
「そ、そう、ですか……」
どこか他人事と思えない八百屋のお母さんの台詞に、返す言葉も見つからない珠希はひたすら曖昧に逃げ回るしかなかった。どうしてこうもこの世代の女性――特に既婚者子持ちの奥方サマ――は何気ない世間話から他人様の家庭事情に踏み込ませるのが上手いんだろう。
「しかも何やらカッコつけて身体揺すったりとか、カメラ映りがどうとか一人でブツブツ言ってるんだよ。もうアタシは怒りを通り越して呆れるしかないよもうっ」
眉根を寄せ、苦虫を噛み潰した表情で顔のシワを増やす八百屋のお母さん。数日前よりおでこのシワが少し深くなっている気がしたのは口が裂けても言えない小心者女子高生の珠希からすれば、お母さんの気持ちもわからないでもない。
だがこのお母さんよりは確実に息子のほうに年齢が近いせいもあり、ひとまず先に『~てみた』系動画の投稿主になったという事実が親バレしてしまった息子さんにご愁傷さまと一声かけておきたい。
あとできればその息子さんは母親の言うことに素直になったほうがいいと思う。このままエスカレートしたらいずれニ○生の配信中に遠慮なく部屋に侵入しそうだ。このお母さんならありえる。
「でさ、珠希ちゃんにも聞きたいんだけど」
「何をです?」
するとそこでお母さんが話題を自らの家庭事情のカミングアウトから珠希への探りへと変えてきた。
「珠希ちゃんトコも、もしかしたら結月ちゃんがそういうのとかやってんじゃないの?」
「っ? さ、さあ……。どう、でしょうねえ……」
なぜにどうしてこうもこの世代の奥方サマは単なる噂話をピンポイント爆撃に切り替えられるのか。その精密射撃のスキルはきっと特殊急襲部隊どころか米海軍特殊部隊や露特殊任務部隊も真っ青だ。
唐突に妹の名前を出され、猿芝居だと思いつつも背中に走った冷や汗を隠さざるをえない珠希は、視線をそらしてひたすら曖昧にその場をやり過ごすしかなかった。
後書き
釈明させていただくと、ハトプリで作者が一番好きなのがムーン○イトさんです。
変身前含めてもなんかあのインパクトは「すげえ(困惑気味)」としか思えなかったので。
とはいえ、魔法少女の適齢はいったいいくつなんでしょう?
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