機動戦士ガンダム0087/ティターンズロア
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第一部 刻の鼓動
第三章 メズーン・メックス
第三節 蠢動 第四話 (通算第54話)
格納庫は二つの倉庫を繋ぎ合わせた様にだだっ広い。エプロンに面した部分は天井が奥に比べると低く、MSが直立すれば頭が覗くほどであるが、増築された部分は五階建てのビルほどもある。MSのメンテナンス用のクレーンやハンガーデッキが並んでおり、エプロンに繋がるMS用の巨大な鉄扉があった。搬入口には牽引車に繋がれたままの運搬用デッキがあり、黒いMS――恐らくは《ガンダム》が積載されている。MSデッキはそのまま起動できるように太い油圧シリンダーが付いている。
メズーンが侵入したのは搬入口に程近い作業員口である。搬入部と作業部の丁度接ぎ目だ。普段なら、整備兵や輸送隊員が行き交っているであろうそこには、誰もいない。レドリックに頼まれた整備長が現場へ駆り出したのだろう。MSを搬入したばかりだったのか、搬入口の鉄扉は開けっ放しである。
慎重に牽引車の荷台へ近づいた。
メズーンには黒い巨人が横たわっているように感じた。ガリバーを目の前にした小人たちはこんな気分だったのだろうか。
ハンガーデッキには一機のMSも見当たらず、《ガンダム》一機のみが、荷台にあった。横にされたMSでも、メズーンの身長より遥かに高い。
頭を振って雑念を払う。余計なことは考えている時ではない。少なくとも作戦を成功させたいのであれば、だ。
タラップに手を掛けようとした時、 初めて誰何の声が向けられた。
「誰かっ」
エマ・シーンであった。鋭い声音に、メズーンは身がすくむ思いがした。だが、ここで怯んでしまえば、この計画は台無しになってしまう。ただし、敵を誰何した風ではない所に付け入る隙がある。
「レドリック・ランカスター少佐の特命です」
「ランカスター少佐?」
メズーンはエマの返事を聞かず、タラップを駆け上がった。メズーンの思惑通り、エマは一瞬反応が遅れてくれた。
一瞬だった。
迷いが、戦場では死を招く。
徹底的に教え込まれた教官の言葉が蘇り、一気に血の気が引いた。
だが、エマは騙されたとは感じていなかった。自分の愛機に乗り込もうとしているのだから、訝しいことこの上ない。にも関わらず、ギース少佐の特命という言葉には真実の響きがあった。故に、自分の直感と理性の狭間で迷いが生じた。その隙がメズーンをコクピットに取り付かせてしまったと解る。それが自分の甘さである。
「ちっ……!」
拳銃を抜くが遅きに失している。既にメズーンはコクピットに乗り込んでいた。駆け寄ってタラップからコクピット辺りに狙いをつける。MSの操縦は素人にはできるものではない。ましてや最新鋭機である。諦めて出てくる可能性もある。銃を構えつつ慎重にタラップを登り、コクピットに近づこうとした。
「エマ中尉、どうしたっ」
ブライトである。MSに搭乗して敵を警戒すると言って格納庫に入ったエマを追い掛けて来たのだ。
「誰かが中に!」
「何?こんな時に……」
ブライトもエマを援護すべく、タラップに駆け寄る。MSはコクピット脇に外部から強制的にハッチを開く緊急時用のスイッチがあった。それを使おうというエマの意図を了解した。
「下がってください!危ないですよっ」
メズーンは、外部スピーカーをオンにして警告した。エマは嫌いではなかったし、ブライトは尊敬していた。自分が知る人を死なせたくはなかった。
だが、《ガンダム》から、まるで巨大な人のように感情的な声が放たれたことに、エマは呆気にとられ立ち尽くしてしまった。
「貴様、正規のパイロットじゃないだろうっ!今すぐ、そこから降りろっ」
さすがにブライトである。躊躇いのようなものを《ガンダム》から感じ、パイロットが敵ではないが味方でもないと気づいた。これくらいで降りるようなら最初からやる筈はない。危険から離れるべく、エマを抱えて安全を確保するための牽制である。
「なんなんだ、コイツはっ」
メズーンは悪態をついていた。コクピットに入ったはいいが、操作系が《ジム》とは全く異なる構造なのだ。
《マークⅡ》は基礎設計自体が違うため、リニアフロートやオールビューモニターは同じでも操縦系は《ジム》と全く違う。世界で初めて採用されたフルムーバブルフレームの機体が《マークⅡ》である。ティターンズのパイロットたちは、一部とはいえムーバブルフレームを採用しているクゥエルに搭乗経験があるため、さして違和感を感じなかったが、メズーンは《ジムⅡ》以外の搭乗経験はない。ムーバブルフレームはコロラドサーボ社の最新技術であり、他の機体では採用されていない。ニュータイプでもなく、訓練もされていないメズーンが戸惑うのも仕方がなかった。
「上手く動いてくれよ!」
当てずっぽうで辺りをつけ、起動させる。繋留索を引きちぎり、クレーンをねじ曲げて《ガンダム》が立ち上がった。格納庫の天井を突き破って顔が出た。メズーンはスラスターを使わず、《ガンダム》をジャンプさせる。《ガンダム》は軽やかに飛翔し、中空に躍り出てから、目一杯スラスターを噴かした。
「あの男……パイロット?」
上手くはないが、操縦はできる。たが、あの程度なら僚機が駆けつければ取り押さえられるかも知れないとエマは考えた。ただし、侵入した所属不明機――恐らくはエゥーゴが介入しなければ、である。エマがそう考えてジープに戻ろうとした時、赤い《リックディアス》が中庭に着地していた。
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