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呪われたイコン

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第一章

                呪われたイコン
 イワノフ=ブロコヴィッチはそのイコンを店の親父から買った、だが親父は顔を思いきり顰めさせて彼にこう言った。
「わしも商売だから売るがね」
「おいおい、まだ言うのか」
 苦笑いになってだ、ブロコヴィッチは親父に言葉を返した。
「売りたくないって」
「ああ、ちょっとな」
「売りものだろ、このイコン」
 聖母マリアが描かれている赤と黄色、それに青や緑が目立つ派手なイコン、マリアの顔が微笑んでいるそれを手にしながら親父に問い返した。
「これは」
「そうさ、けれどな」
「けれど?」
「そのイコンはわしの祖母さんが貰ったがな」
「その祖母さんは誰から貰ったんだ?」
「貴族さ、祖母さんが若い頃の話だ」
 親父はその歯が殆どなくなった年老いた口でブロコヴィッチに話す。
「その頃はまだソ連でもなかった」
「帝政の頃か」
「そうさ、ロマノフ朝さ」
 昔も昔、大昔の話だというのだ。今のロシアから考えると。
「その頃にある貴族の旦那から買ったんだよ」
「随分歴史のあるイコンだな」
「買ったのはいい、だがな」
「何だよ、呪いでもあったのかよ」
「そうさ、だが別に持っていても祟られるとか早死にするとかじゃない」
「じゃあ何の問題もないだろ」
 祟りや早死にはないと聞いてだ、ブロコヴィッチは親父にあっさりとした顔になって返した。
「別に」
「だから話は最後まで聞け、そのイコンは呪われておるからな」
「どうしても売りたくないんだな」
「そうじゃ、まあ御前さんがどうしてもって言うからな」
「いいイコンだよ、気に入ったよ」
 イコンとしてはいい、マリアも綺麗だ。彼はマリアを強く崇拝しているのでだからこのイコンを買ったのである。
「だからこっちもな」
「負けたわ、では何があってもわしに文句は言うなよ」
「忠告したからか」
「そうじゃ、何度もしたぞ」
 このことを念押しする親父だった。
「確かにな」
「全く、だから何なんだよ」
「何があっても驚くでないぞ」
 こう言ってだった、とにかく親父は彼にそのイコンを売ったのだった。ブロコヴィッチはそのイコンを持って家に帰ってだった。
 早速リビングにそのイコンを飾った、妻のタチヤーナはそのイコンを見て夫に言った。若い頃はすらりとしていたが今は丸々としている。
「綺麗なイコンね」
「ああ、そうだろ。だから買ったんだよ」
 したり顔で答える彼だった。
「ただ親父には随分渋られたがな」
「値切ったの?」
「いや、何か売りたくなかったんだよ。親父がな」
「それはまたどうしてかしら」
「さてな、そこまではよく知らないがな。呪いとかな」
「呪い!?」
 呪いと聞いてだった、タチヤーナはむっとした顔になり夫に問い返してきた。
「それって」
「いやいや、祟りとか早死にするとかじゃないらしい」
「じゃあどういった呪いなの?」
「さてな。まあ祟りとかじゃないからな」
「安心して買ったのね」
「祟りや早死に以外に何の呪いがあるんだ」
「さて。そう言われると」
 タチヤーナもだった、そう言われると。
 どんな呪いか見当がつかない、それで首を傾げさせて夫に述べた。
「思いつかないわね」
「だろ?だからな」
「特に気にせずになのね」
「ここに飾るからな。それでいいよな」
「そうね、それじゃあね」
 妻も夫の言葉にそのまま頷いた、そのうえで高い鼻を赤くさせている夫に対してこう尋ねたのだった。その赤さの具合を見て。 
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