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屠殺場

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第一章

                  屠殺場
 この時アドルフ=ヒトラーは眉を曇らせていた、そしてだった。
 彼のブレーンとも言っていい存在であるポール=ヨゼフ=ゲッペルスにだ、今しがた聞いた話を聴き直した。
「それは事実のことか」
「はい」
 その通りだとだ、ゲッペルスも厳しい顔で答える。
「親衛隊、武装SSの将校からの報告です」
「そうか、親衛隊のか」
「そうです、どう思われますか」
「このことについてはだ」
 一旦前置きしてからだ、ヒトラーはゲッペルスに答えた。
「私は嘘とは思わない」
「そうですね、それは私もです」
「私への報告だな」
 ヒトラーはこのことも確認した。
「このことはその将校にも言っているな」
「ハイドリヒ大将から」
「私に偽りの報告は許されない」
 若しそんなものを送ればどうなるか、言うまでもないことだ。
「決してな」
「ですから」
「この報告は事実だな」
「紛れもなく」
 ゲッペルスは再びヒトラーに答えた。
「そうであります」
「私は人種政策を採っている」
 ナチス特有のそれをだ、この政策は常に言っていることでありドイツはおろか欧州全体で知られていることだ。
「しかしだ」
「こうしたことはですね」
「ここまで残虐なことは望んでいない」
 こう言うのだった。
「ユダヤ人についてもな」
「問題を解決すべきだとしても」
「拷問は許可している」
 ゲシュタポ等にだ。
「しかしそれでもな」
「ここまでのことは」
「それは一体何だ」
 ヒトラーは報告書を読みつつ言った、その将校からの報告書を。
「これは最早政策ではない」
「リンチですね」
「この暴虐がユダヤ人だけに向けられると思うか」
「いえ、きっかけがあれば」
「我々にも向けられるな」
「そして彼等の行いは」
「労働力で使う方法もあるのだ」
 実際にそうもしていた、ナチスはユダヤ人達を労働力としても使っていた。無論酷使であり相当なものだったが。
「それでこうしたことをするとな」
「無駄ですね」
「この政策は私は否定する」
「それでは総統」
「ルーマニア政府に伝えよう、貴国のユダヤ人への政策は間違っているとな」
 ヒトラーが言ったとは思えない言葉だが彼はあえて言った。
「緩めるべきだとな」
「ではリッペンドロップ外相を通じて」
「そのことを伝えよう」
 こう言ってヒトラーはルーマニアのユダヤ人政策を緩めさせた。それも何度もだ。ヒトラーですらこうしたルーマニアの政策はというと。
 現場ではだ、親衛隊の兵士達が蒼白になりだ、彼等の中で言い合った。
「何だ、あれは」
「わからん、肉か?」
「一体何の肉だ、あれは」
「まさかと思うが」
 屠殺場、家畜を殺すそこに並べて吊るされている肉を見てだ、彼等は言うのだった。
 彼等はその肉達を見てだ、さらに言い合うのだった。
「ここはな」
「ああ、市営の屠殺場だがな」
「今日は牛を殺したか?」
「牛の大きさじゃないぞあれは」
「豚の大きさでもないな」
「羊に似ているか?」
「いや、羊の肉じゃないぞ」
 こう言い合うのだった。精鋭である筈の彼等がだ。
 その肉の色、それは。
「人間の肉だな、あれは」
「だろうな、認めたくはないがな」
「奴等、ユダヤ人を殺したのか」
「しかもここで」
 このことを悟って言った言葉だ。
 見れば頭も手足もなく逆さに吊るされている、血が抜かれてだ。 
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