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【銀桜】1.闇夜篇

作者:Karen-agsoul
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第4話「タダでもらった物ほど後が怖い」



“バン”

 突然、襖が開く。
 二人の前に現れたのは双葉と同じ銀髪の青年。だが複雑に跳ね上がった毛先の天然パーマ――そう、間違いなく銀時だった。
「高杉。テメェ、人ンちで何してやがる」
 静かな怒りを潜めた声で、銀時は高杉を見下ろした。
 だが突然の乱入者に、高杉は動じも笑みを崩しもせず、双葉の耳元に唇を寄せる。
「―――」
 直後、双葉の表情がさらに凍りつく。
 この上なく妹に何かする男を、銀時は鋭く睨みつけた。



「テメェ、何しに来た!?」
 怒りを露にする銀時に対して、高杉は笑みを浮かべたまま立ち上がって答える。
「なぁに、会いたくなった女がここにいたから来ただけだ」
 そして高杉は銀時とすれ違い部屋から出て行く。
 どうしようもない怒りがこみ上げる。だが銀時はその震える拳を抑えて、ぐったりしている妹へ駆け寄った。
「双葉!おい双葉!!」
 抱き起して何度も呼ぶが応えはない。荒い吐息とどこも見ていない虚ろな瞳が返ってくるだけ。
 妹をこんな姿にさせた男を銀時はカッと睨みつける。
「薬でしびれてるだけだ。これでも飲ませろ」
 高杉から紅い液体の小瓶が投げ渡される。
 銀時が片手で受け取ったのを確認すると、高杉は口元にうっすらと笑みを浮かべた。
「またな、双葉」
 そう呟き、高杉は彼女を瞳に宿して闇の中へ消えた。
 一方銀時は急いで口で小瓶のキャップを外し、中身を双葉の口の中へ注ぎこむ。
「双葉!はやく飲め!!」
 だが口へ注いでも飲みこむ力すらないせいか、薬は溢れ出てしまう。
 何度かやってみたが、同じ事の繰り返しだった。
 渡された小瓶には、せいぜいあと一回分の量しか残っていない。
「クソっ!どうすりゃ……」
 痺れているだけと言っていたが、あの高杉がそれだけで済ませるはずがない。
 この薬も怪しいと思うが、頼れるのはこれしかない。
 だが、今の双葉に飲みこむだけの体力もない。別の力で押し流さなければ無理だろう。
 そう誰かがやらなければ。
「…………」
 銀時は小瓶の残り全てを口に含み、双葉に唇を重ねてゆっくりと流しこんだ。



 そして鮮血のような紅い水が双葉の中へ注ぎこまれてゆく。

 ゴクゴク、ゴクゴク、狂紅狂紅(ゴクゴク)、と――








* * *

 雨音は弱くなっていた。
 静かに目を開けると、瞳に写ったのは見覚えのある天井。
 万事屋の天井だった。
 そしてゆっくり横を見ると、双葉を見守るように誰かが壁に背中を預けて座っていた。
 ほんの一瞬だけ、その姿が一夜を過ごした彼と重なる。
 だがそれが兄だとわかって、双葉は安堵した。



「兄者……」
「まだ喋んな。しびれてくるぞ」
 銀時の声からは静かな怒りが感じられる。
 苛立っているのだろうか。
「どうして……依頼は……」
「行っても誰も来ねーわ、代わりに汚ねェ奴らがゾロゾロ出てくるわ。変だと思って帰ってみりゃ――」
 そこで銀時はためらうように口を閉じる。双葉もそれ以上聞かなかった。
 そしてお互い何も話さないまま、しばしの沈黙が流れた。
「悪かったな。一人にさせちまって」
「……いいさ。自分で望んだことだ。兄者は悪くない。自業自得だ」
 弱々しい双葉の態度に銀時は言葉を失ってしまう。
 そう、普段の双葉は強そうに見栄を張っているにすぎなかった。
 その裏でいつ壊れるかわからないモノを抱えて過ごしていたのだ。
 兄として分かっていた。
 いいや、『つもり』だった
「天人と駄メガネは……」
「もうすぐ帰ってくんだろ」
「そうか……」
 帰ってくる。
 帰る場所がある。
 あの二人にも、兄者にも『家』がある。
 それは自分の居場所。
「兄者。もしココがなくなったらどうする?」
 唐突な妹の質問に、銀時は眉をひそめた。
 だがそれに気づかないのか、双葉は質問を続ける。
「自分の、帰る場所がなくなったら……」
「帰る場所なんて、端っからねェよ。自分(テメェ)がいてェ場所がテメェんちだ。なくなったって、また見つけりゃいいんだよ」
 銀時の言葉は心に響くモノだった。その言葉を聞くだけで不思議と安心する。
 だが、それでもまだ不安は拭えない。
 あの日、『帰る場所』が突然なくなった恐怖は忘れることができないから。
「……ココにいてもいいのか?」
 その問いに、銀時は横たわっている双葉に近づき、ムスッとした目で覗きこむ。
 すると双葉の額を拳で軽く叩いた。

“コツン”

「いたっ」
「おいおいおい。さっきの話聞いてなかったのかァ。居てェんなら好きなだけ居ろっつったろーが。つうか細けぇことネチネチこだわり過ぎなんだよ。テメェは味噌汁の味付けにうるせぇ姑婆ァか?」
「私はそんな姑婆ァではない」
「だったらなに?ネチネチうっさい奴でもいんの?んな奴がいたら俺がぶん殴ってやらぁ」
そう言って笑う銀時につられるように、双葉の口元にも薄い笑みが浮かぶ。
「……その前に私が串刺しにしてやるさ」
「ちょ、お前なァ」
 眼が笑ってなくて寒気を感じたが、銀時はホッとした。
 これが双葉なりの冗談だと知っていたから。
「腹減ったろ?メシ作ってくる」
 銀時は立ち上がり、襖に手をかける。
「なぁ、兄者」
「ん?」
 双葉に呼ばれ、襖を開きかけたまま銀時は振り返った。
「……いや、なんでもない」
 そうかィ、と銀時は襖を閉じて台所へ向かった。足音がしなくなると、双葉は天井に視線を戻す。
 闇夜の訪問者は好き勝手に過ごしていった。いきなり押し倒して、無理矢理口づけして、身体を縛って、毒入りのおカユを飲ませて――
――口移しだったのになぜアイツは無事だったんだ?
 だがその疑問はすぐに解けた。あの後、高杉はやたらキセルを何度も咥えていた。
 恐らくキセルに解毒薬でも塗っていたのだろう。
――全く、どこが『会いたくなっただけ』だ……。
 ふと、そっと唇に手をかざして、あの時を思い出す。
 意識がもうろうとする中で聞こえたのは、兄の声だった。
 答えたかったが、力が入らなくて声も出なくて。
 そして、なにもできないまま闇の中へ堕ちた。
 けれど、そのあと唇に温もりを感じて、双葉は闇から目覚めた。
 それは今の高杉とはちがう、優しい温もり。
 いいや、かつての高杉と同じ温もりだった。

――あの二人は似てる。

『俺は今も昔も護りたいモンは何一つ変わっちゃいねェよ』

『俺はあの頃と何一つ変わっちゃいねぇよ。……俺が護りたかったモンは何一つ変わってねェ』

――似てるから私は……

「好きなのか?」
 だとしたら何て傲慢で身勝手な話だろうと、双葉は己を軽蔑する。
 結局それは重ねて見ているだけ。兄者に高杉を重ねて、高杉に兄者を重ねて。
 本当の二人の姿を見ていない。それで『好き』と言えるのか疑わしい。
 だがこの想いに偽りはない。それは本物だと言い切れる。
 信憑性がないと言われればそれまでだが、この想いだけは失いたくない。

――それに……

『ならおまえの帰る場所はどこだ。なぜココにいる?』

自分(テメェ)がいてェ場所がテメェんちだ。居てェんなら好きなだけいろ』

――ココが私の居場所なら……私はずっとココに……

『待ってるぜ』

「!」

 去り際に耳元で囁かれた高杉の言葉。
 その一言で安堵の余韻が忽然と消える。代わりに、彼と過ごした記憶が一気に心に蘇る。

『『獣』は止められねェよ。血に飢えてるなら尚更な』

 高杉の強引な口づけ。
 最初は抵抗した。
 でも、次第に受け入れてる自分がいた。
 口づけを。高杉を。『獣』を。

――『獣』を求めてる……?

“ドクンッ”

 高杉は知っている。
 この『獣』が暴れるのを、最も望んでいるのが誰なのか。
 知っているからこそ、「待つ」と言ったのだろう。

「……ぅ……」

――止められないのか、本当に。……もう少し。もう少しだけ待ってくれ。

 自身に言い聞かせるように胸を押さえ、双葉は心の中で呟く。
 そして。
 また眠りについた。

=終=  
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