機動戦士ガンダム0087/ティターンズロア
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第一部 刻の鼓動
第三章 メズーン・メックス
第二節 決意 第四話 (通算第49話)
メズーンは演習を外されたことをレドリックから聞かされた。裏の事情を知らなければレドリックが手を回したと思っていただろう。なんのことはない、メズーンの小隊に正規ルートで待機命令が出ただけのことである。通達を出したのはサイド7自治政府だった。コロニー公社からの要請で手配されたもので、研修における有事対処が理由である。正規手続きに則って手配されており、不審な点は見当たらない。コロニー駐留軍は連邦軍の一部門ではあるが、一応、各サイド自治政府に属するのだ。もっとも、とっくに受理されていたにも関わらず、今のいままで部隊選定が行われていなかったのは、さすがはお役所仕事と言わざるを得ない。但し、軍部側の調整が難航し、ティターンズとの折衝を嫌った駐留軍師団長がジャブローに打診したからであることまではレドリックとて知りようがなかった。
研修待機の部隊が実際に出動したことはこの五年一度もなく、古くからいるパイロットにとっては拘束されているものの、自由時間と変わらない。ヒューイ小隊長など「珍しくツイてるんじゃないか?」と言いながら女性士官にでも声を掛け回っているだろう。
レドリックなどは「エゥーゴの襲撃がバレたのかと思った」と苦笑いしていた。タイミングが良すぎるといえばその通りであり、疑いたくなる気持ちも理解できた。メズーンも同じ様に考えたのだから。誰が内調か分からぬ中では疑り深くもなるというものだ。
「戦争になる……のか?」
自問してみるが、答えは決まりきっていた。ここは過激派のバスク・オムが仕切るティターンズの本拠地である。あのバスクが仕掛けられた火種を放置する筈がない。相手がエゥーゴであれ、なんであれ、口実を求めているだけであり、メズーンの行動がきっかけになる訳ではない。だが、メズーンは自分の行いが地域紛争か事故で済むものを戦争に拡大させてしまうのではないかと恐れた。エゥーゴの急襲だけであれば、連邦軍部の内乱にならず、政治決着も可能であるかもしれない。バスク・オムがそんな穏便な司令官ではないことは解っていても、そう思わずにはいられなかった。
「運命の輪は螺旋階段と同じなんだよな」
時計の針を戻しても、時間は戻らない。そして進むべき道はすでに示されている。後戻りはできなかった。
ティターンズの士官服に袖を通す。階級章は中尉。パイロット章が左胸と左腕にある。パイロットに制帽はない。紺地に黄色のラインの制服は連邦軍と同じデザインである筈なのに、重い。地球を背負っているからだ……と誰かが――たしか、バラム大尉が言っていた。
仲間の顔が浮かんでは消える。皮肉屋の小隊長ヒューイ中尉、生真面目なサランドラ機付長、面倒見のいいブレッダ少尉、ぼやきのモイスト少尉、気のいい整備兵のおやっさんとシャイジェ、グラマーなくせに童顔な女性管制官のアクエス、そしてレドリック。二度と彼らに会うことはないのだろうか。
今引き返せば、まだ間に合う。
そう考えると、ユイリィの悲鳴が聞こえて来そうだった。メズーンが引き返せば、ユイリィが捕まってしまう。奴らに捕まれば、何をされるか分からない。女子供にも容赦ない連中である。やはり、進むしかない。友人を見殺しにはできなかった。やれるだけのことを精一杯やるしかない。
詰襟のホックを留めて、鏡をみる。およそらしくなかった。何処がどうというのではなく、なんとなくである。そして、なによりもメズーンらしくなかった。
アースノイドとスペースノイドは同じ人間であるのに、何が違うというのだろう。
生物学的な違いは、生まれた場所だけである。人種融合政策が進んだ今では肌の色も関係ない。アメリカ系も日系も華系も、黒人も関係ない。たかが生まれた場所ひとつで、何故これほど差別されなくてはならないのか。誰もを納得させられる〈答え〉などありはしなかった。
地球という惑星に収まりきらなくなった人類が、スペースコロニーというゴミ捨て場に同胞を棄てた――と、スペースノイドは捉えた。強制移民という名の選別がなされて以後、選別した者が己の権力を維持するために時間を費やした結果、選別された者と選別されなかった者との間に深い溝を穿った。もしかすると、それが選別した者の狙いだったか?
穿ち過ぎなのだろう。
だが、選別した者が、その溝を埋める努力を積極的にしてこなかったことは事実である。時とともに硬直化した連邦政府はその民主制が地球にのみ根差していたために、スペースノイドを顧みず、多くの地球市民にとっては官僚主義の権化であった。政治家の世襲が進み、いよいよ貴族化していく中で、官僚と軍人が結託し経済を支配しようとしていた。政府は市民の代表者ではなく、企業の代表者であり、軍は失業率対策の防波堤と化していた。
一般に知られているエゥーゴはジオンの残党と結託したテロ組織ということになっている。しかし、スペースノイドであればそれが違うと子供でも知っていた。ジオニズムに魅せられた民衆に訪れた突然の平和は、相変わらず、地球中心であり宇宙を無視した棄民政策でしかなかった。
軍部は政治家と結託して軍需経済による地球の安寧を画策し、政治家は軍の武力をちらつかせてスペースノイドから搾取する。何も変わることのない政府の在りようが、総人口の半分を死に到らしめてもなお学ばぬ愚かさの象徴となっていた。
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