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機動戦士ガンダム0087/ティターンズロア

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第一部 刻の鼓動
第三章 メズーン・メックス
  第二節 決意 第三話 (通算第48話)

 メズーンは凍りついていた。口を動かしても、思うように言葉が出てこない。もともと雄弁ではないが、口下手でもない。衝撃的なレドリックの計画が、メズーンから思考を奪ってしまったのだ。
 少年時代に一年戦争を体験したメズーンにとって、《ガンダム》はいわば現実に存在するヒーローだった。大人になるに従って、自分が暮らす世界というものが、それほど単純ではない――連邦が善でジオンが悪などという勧善懲悪の世界ではないことは理解したが、少年時代に刻み込まれた《ガンダム》という名前に象徴された正義は、色褪せることなく今もなお燦然とメズーンの中にある。メズーンがパイロットになった理由の一つに、《ガンダム》への憧れがなかったと言えば嘘になる。パイロット――特に《ジム》乗りにとって《ガンダム》を操縦するということは目指すべき頂である。正直、動かしてみたいという気持ちはあった。だが今は、それよりも制めるものが強かった。抜擢されて搭乗する訳ではないだけに、いきなり実戦で動かすともなると自分の操縦に心許ないさを覚える。不甲斐ないと言われようが、それが現実だった。
 古参のバラム大尉に言わせれば、『《ジム》さえ満足に扱えない奴が《ガンダム》に乗りゃ、いい的にしかなりゃしねぇさ』となる。これはメズーンだからということではなく、バラムでさえそうであると言いたいのだろう。
 試作機――特に《ガンダム》を冠する機体は、それだけパイロットに掛ける負担が大きい。だからこそテストパイロットはエースパイロットの中でもベテランでなければならないとされる。連邦の英雄アムロ・レイ大尉が初搭乗で《ザク》を二機も撃墜したなどということは例外中の例外である。ニュータイプと呼ばれる一種の予知能力者に似た感覚を体得した彼だからこそ成し得たことだ。
 本来、試作機である《ガンダム》をティターンズの新米士官らが操縦するなどと言うことは不自然極まりない。ティターンズが、自分たちが使う次世代機の試作機に《ガンダム》の名を勝手に使ったに過ぎないのであれば張り子の虎である。しかし、演習で対戦したメズーンには、《ガンダム》が本物の虎であると解っていた。《ガンダム》はやはり《ガンダム》と呼ばれるに相応しい機体に命名されていたのだ。
「どうした、自信がないのか?」
「正直言って……な」
 メズーンのパイロットとしての腕はエース級とはいかないまでも、決して悪い訳ではない。たが、扱ったことのある機体は《ジムⅡ》止まりだ。レドリックも操縦はできる。《ガンダム》を操縦するだけならば、《クゥエル》に搭乗した経験がある分、メズーンよりもレドリックの方が適性が高いだろう。《ガンダム》は《クゥエル》をベースとしているからだ。が、レドリックには彼にしかできない役目があり、操縦する側に回ることはできなかった。しかも、事後処理のことを考えれば尚更だった。
 レドリックは、メズーンの弱気を笑ったりはしなかった。だが、迷いに付き合うつもりもない。時計を見る。時間はない。
「《01》が演習に入れば、《02》、《03》もハンガーから出る。今回の演習には《クゥエル》が参加することになっているのは知ってるな?」
「で……どうやって乗り込むんだ?」
 肝心なのは怪しまれずに、機体に乗り込む方法だ。それに機体には操縦者の癖が染み着く。メズーンが合わせられない以上、癖のなさそうなパイロットの機体がいい。レドリックの狙いは《01》である。レドリックが見たところ、正規パイロットであるエマ・シーン少尉は、基本に忠実であり、癖がない。同じ《ガンダム》のパイロットでも、《02》のジェリド・メサ中尉は粗削りであるが直感的な動きに見るべき点がある。《03》のカクリコン・カクラー中尉は若手にしては熟練者並みの腕だが、それ故に癖が強い。今回の計画には二人の機体は不適切だ。
「エマ中尉の機体は《01》だ。演習の第一陣で出る」
「……」
 黙ったまま、先を促す。
「ということは、いち早く帰投するということだ。整備長には話を通してある。とはいえ、一瞬隙を作るぐらいが関の山だろう。その隙を突け」
「……エゥーゴはそれに対応できるのか?」
「彼らにはこちらの計画を伝えていない――というより、伝える手段がない」
 エゥーゴに協力するにしても、このタイミングでは彼らには協力者の出現を教える訳にはいかなかった。つまり、タイミングは向こうが仕掛けるのに合わせなければならない。エゥーゴの末端組織に報せたところで、実動部隊に伝わるには時間が掛かる。直接では、諜報部に気付かれる危険性がある。
「ぶっつけ本番しかない……ってことか」
「そういうことだ」
 レドリックが大仰に頷いてみせる。メズーンの肚は決まった。誰かがやらねばならない。正義のヒーローなんて何処にもいないのだ。小さな積み重ねが、時局を変える大きなうねりを作り出す。
「やるしかないんだな」
「そうだ。いつか誰かなんて、白馬の王子は来やしない。だったら、自分がなるしかないだろう。今、ここにいるのは俺とお前だけだからな」
 二人は頷き合う。
 レドリックが席を立ち、ウイスキーのボトルと小さなショットグラスを二つ、器用に片手で持った。メズーンは無言でグラスを受け取る。グラスに並々と琥珀色の液体が注がれた。メズーンがレドリックのグラスに注ぎ返す。交差させて腕を組み、互いにグラスに口をつけた。
「死ぬなよ」
「お前もな」
 今生の別れになるかも知れないという思いが二人にはあった。戦乱の幕開けを前に敵味方に別れなければならない無情は酒でなければ流れなかった。 
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