| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

その魂に祝福を

作者:玄月
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

魔石の時代
第二章
  魔法使い達の狂騒劇4

 
前書き
悪い夢編。あるいは血みどろ編。
 

 


 まるで魔法だな――
 それが、初めて相棒――御神美沙斗の剣捌きを見た感想だった。……以前、どこかで似たような感想を覚えたような気もしたが。
「……魔法使いはお前だろう?」
 相棒は怪訝そうな顔をした。本気でそう思っているらしい。
 よくもまぁ、あんな動きができるものだ。
 その感想を相棒と共感するのは不可能のようだ。投げやりに肩をすくめて見せる。
 しかし、と思わず呻く。
 後に魔法使いと呼ばれるようになった民族を滅ぼしたのは、魔法を持たぬ民族だったらしい。曖昧な記憶の中から、そんな事を思い出す。数の優位というのもあったようだが――相棒を見ていると納得せざるを得ない。魔法など使わずともこれだけの事が出来るなら、少々不可思議な力を持っている程度の少数民族では勝ち目はなかったのだろう。
「私に言わせてもらえば、お前はその力に頼りすぎなんだ」
 刀だろうが魔法だろうが関係ない。最後に優劣を決めるのは、担い手がどれだけ熟達しているかだ――相棒はそう言った。
 そんな事は言われなくても分っている――無意識のうちに、言いかえしていた。自分とて歴戦の魔法使いだ。……だったはずだ。良く覚えていないが。覚えていないうえに、そもそも在りし日の力の三分の一も残っていなかったが。
「ならば、なおさら力を扱う技術を身につける必要があるな」
 何やら嬉しそうに笑いながら、相棒が言った。初めて見るほどの上機嫌だ。彼女がこんな表情を浮かべるなど、相棒としても喜ばしい限りである。続く言葉に、げんなりとしながら、そんなことを呻いた。
「よし。私が鍛えてやる。相棒として、責任を持ってな」
 お前は魔法が使えないだろう。言いかえすが、彼女は全く怯まなかった。 
「心配するな。御神流は暗器の扱いにも一通り精通している」
 魔法の一つくらい、組み込んで見せる。そう言って笑った相棒は――その日のうちに、あっさりといくつかの魔法を取りこんで見せた。驚くべき応用力だった。
 殺しの技をここまで磨きあげられるとは、彼女の一族も大概業が深い。
 相棒に散々しごかれながら、そんな事を呻く。もっとも、彼女のお陰で失った力をある程度は補えるようにはなった。それには感謝すべきかもしれないが。
 ついでに、一つだけ記憶を取り戻したらしい。
(どうしてこう、俺の周りにはチャンバラ馬鹿ばかり集まってくるんだ?)
 良く分からないが……どうやら昔から女運は悪かったようだ。




『ああん? 今なんつった?』
 魔法を教えてほしい。そう言った私を、リブロムは露骨に嫌そうな顔で見た。もっとも、そんなものはこの半月ですっかり慣れてしまった。それに、今回ばかりは私も退く訳にはいかない。
「今の私じゃ、あの子も光お兄ちゃんも止められないの。だから、もっと強く、ちゃんと魔法が使えるようになりたいの!」
『あのなぁ……。いくらオレが稀代の魔術書だからってオマエらの魔法の面倒まで見れるかよ。それに大体、オマエに魔法なんぞ教えた日にはオレが相棒に丸焼きにされるじゃねえか。何のために相棒が一人で探しに行ったと思ってんだ』
 ため息をついてから、リブロムは続けた。
『そもそも、何だって相棒を止めたがってるんだ? 取りあえずあの石っころがなくなりゃ問題解決なんだから、放っときゃいいじゃねえか』
「でも、あれはユーノ君が見つけたものなの!」
『だからって何でオレが相棒の邪魔しなけりゃならねえんだよ。大体、相棒だって馬鹿じゃねえんだ。あの嬢ちゃんに協力するにはそれ相応の理由があんだろ。なら、邪魔するだけ野暮ってもんだ。それに、オマエが邪魔さえしなけりゃさっさとケリをつけて帰ってくるだろ。ついでにそのビー玉も手放せば相棒の心配事もなくせるぞ』
 そう言われてしまうと、言いかえすのも難しかった。確かに私が家で大人しくしていれば、光は誰にも邪魔されずジュエルシードを集められるだろう。それに、光の願いもかなえられるのだろう。本当に、光の負担になりたくないなら、それが一番正しい選択なのかもしれない。でも、
「でも……」
 納得できない。何かが納得できない。それは、恐怖にも似た感情だった。このまま置いて行かれれば私はまた……私はまたきっと――
『前にも言ったが……改めて、一つだけ教えてやる』
 開けてはならない禁断の扉が開かれる直前、リブロムが言った。
『優れた魔法使いの条件ってやつだ。それは、強大な魔力か? 多彩な魔法か? いい
や、違う。必要なのは強靭な意志。つまり、覚悟だ。それこそが優れた魔法使いの条件だと言える』
「覚悟……」
『どうやらオマエ……というより、そのネズミ野郎どもの魔法じゃとうに廃れた考えらしいが、魔法の基本は代償だ。オマエはその力で何をする? 何を願う? その為に、一体何を代償に捧げられる? その覚悟がねえ限り、小手先の魔法だけ覚えたって無駄だ。いつか魔法に溺れて自滅する』
「魔法に、溺れる……」
 それは、例えば今まで封印してきた暴走体のようにだろうか。確かに、私はああならない、なんてそんな保証はどこにもないのだ。
『忘れるなよ。魔法ってのは本来恐ろしいものなんだぜ?』
 そう言ったきり、リブロムは目を閉じ黙ってしまった。
「覚悟……」
 私にとっての覚悟。それは――光の力になりたいという想いだ。けれど、それならリブロムの言う通り、家でじっとしているのが一番いいのかもしれない。ようやく魔法が使えるようになったばかりの私では、光は言うに及ばず、あの子にも遠く及ばないのだから。
 それに、そもそも光は私に魔法使いになって欲しくないのだ。それなら――
(ダメ、それはダメ!)
 ここで手を引くべきなのだろうか。そんな思いがよぎり、慌てて首を振る。ジュエルシードはユーノが見つけたものだ。あの子が何で欲しがっているかは分からないが、彼に返すのが正しいと思う。けれど、もしもあの子には危険なジュエルシードを使ってでも叶えたい願いがあるとしたら。そのために、光も協力しているとしたら。
 それなら、本当にあの子達を止める事が正しい事なのだろうか。あの子の願いを叶えてから、ユーノに返してもらえばいいのではないか。
(私がしたい事は一体何なの?)
 誰のために何がしたいのか。私にとって覚悟と呼べるもの。当然そんなものは分かっていると思っていた。けれど――
「なのは、どうかしたの?」
「……ううん。何でもないよ」
 見回りに行っていたユーノが帰ってくるまでの間。不思議とその答えが思い浮かぶ事はなかった。




 ふと気付くと、周囲は真っ赤に染まっていた。
 頭蓋骨の中身や内臓をぶちまけ、だらしなく転がる肉塊。どうやら人間の死骸らしいが、その数を数える事は出来そうになかった。どこまでが一人分か分からないし、そもそも数が多すぎる。
 ただ。これがいずれ腐り果て白骨化すれば、見慣れた光景に少しは近づくだろうが。
 死肉に覆われた街を歩く。どこかで見たような街だった。思い出せない。思い出す必要もないだろう。興味も無く、先を急ぐ。
 その途中、たかだか剣の一本や二本構えた程度で自分を殺そうとした誰かを八つ裂きにする。その誰かは、どこかで見覚えがある気がした。だが、今となっては思い出せない。その肉塊が何だったかなんてどうでもいい事だ。
 すぐに、その誰かに似た男が襲いかかってきた。先に殺した若造よりは厄介だったが、結果は変わらない。もう一人、同じように襲いかかってきた女の手足をむしり取り、その剣で串刺しにした。
 その女に良く似た女が涙を湛えながら、殺しに来た。何かを必死に呼びかけていたが、脳天から真っ二つにしてやるとそれだけで黙ってしまった。
 同じように涙を流す女は、特に抵抗もしなかった。いや……できなかったというべきか。最期の瞬間、自分を捕えようとするかのように腕を回してきたが、あまりに非力すぎた。そのまま引き千切る。
 出来損ないの永遠に囚われた吸血鬼達とその侍女達の心臓を抉り出し、握り潰して血を啜ってやった。だが、さすがに死ににくいらしい。それでもまだ生きていた。同じ不死のよしみだ。姉妹仲良く、その場で火葬してやる。
 泣きながら、それでも必死に睨みつけ噛みついてきた気の強そうな小娘は、内臓を引きずり出してやるとようやく大人しくなった。
 言葉を話すネズミと狼。そして、白い少女と黒い少女が最後に立ちはだかる。異界の魔法を使う彼女達は、確かに厄介だった。だが、所詮は自分の敵ではない。ネズミと狼を生贄として放った、たった一発の魔法でただの肉片になって消えた。
 それで、邪魔者は消えた。再び死肉の大地を進む。
 どこに向かっているのだろう?――今さら、どこに帰ろうとしているのだろう。
 今さら?――良く分からない。良く分からないまま、彷徨い続ける。その果てに行き着いたのは、一件の家だった。中に入る。それが、自然な事のように思えた。だが、誰もいなかった。何故、誰もいないのだろう。どうして?
 ああ、それは当然だった。誰もいる訳がない。何故なら――
 タッタイマ――オレガコノテデコロシタバカリジャナイカ……
「光! 起きて!」
 ……――
 金髪の少女の顔が、急に視界に入った。――だが、この少女はすでに死んだはず……。
「大丈夫? 魘されてたみたいだけど……」
 ……なるほど。彼女――フェイトの声で、正気に戻った。今の悪夢は、全て殺戮衝動が見せた幻だ。かつて恩師が悩まされたその幻影まで蘇ってきたらしい。まさか今さらになってそんな事を追体験する羽目になるとは思ってもみなかったが。
「ああ、大丈夫だ。……少し夢見が悪かっただけだよ」
 実際のところ、少しどころの騒ぎではない。最悪の気分だった。夢であった事への安堵など、とっくに消え去って影も形もない。そもそも安堵を感じるだけの余裕があったかどうかも怪しいところだ。
(あとどれだけ時間がある……?)
 なのはやフェイト達を『殺した』感触が今も残る右手で顔を覆い、呻く。手からは真新しい血の匂いを感じた。もちろん、それは錯覚だろうが――殺戮衝動は確実に自分を蝕んでいる。このままでは、あの『夢』が現実になるまでそう長くはかかるまい。
 それまでに、フェイトの『母親』と接触を取る必要が――この『衝動』の正体を見極め、解消しなければならない。そうでなければ、今度こそあの光景が現実のものとなる。
「あの、調子が悪いなら、今日はゆっくり休んでた方が……」
 フェイトの声に、窓の外を見やる。すでに日は沈んでいた。ああ、なるほど。そろそろジュエルシードを探しに行く時間だ。
「……いや、大丈夫だ。行こう」
 身を投げ出していたソファから、鉛のような身体を起こす。あくまでも一時的なものだろうが――それでも、『夢』で散々暴れまわって満足したのか、殺戮衝動は静まっていた。なのはと接触する可能性がある以上、なるべく正気の時に封印を済ませた方がいい。 まぁ、もっとも――
(できれば、今回は殺しがいのある魔物でも用意してほしいところだがな)
 数を得られないなら、せめて質だけでも――自分自身の欲望に舌打ちする。右腕の殺意に意識を乗っ取られる時は、自分が思っている以上に間近に迫っているらしい。




「さて、この辺りのどこかのはずなんだが……」
 真新しいビルの屋上から、周りを見回す。明かりの灯ったビルは少ない。時間的なものもあるだろうが……改装中あるいは建築中というのが主な理由だろう。再開発が進むビジネス街。ジュエルシードの反応が確認されたのは、そんな場所だった。周囲にはほとんど人影がないのはありがたいが――
(今までよく暴走しなかったな)
 商売というのは、大なり小なり欲望がつきまとう。何にしろ金が絡む以上、それは仕方がない事なのだろうが……いくら未完成とはいえ、それが濃縮されたこの場所で、よくも今まで暴走しなかったものだ。
「まったく、こんなゴミゴミした中から探すのは一苦労だねぇ」
 隣で周囲を見下ろしていたアルフが、大げさな仕草で肩をすくめた。
「そうだね」
 逆隣のフェイトが、アルフの言葉に頷く。それから、少し考え込んで言った。
「ちょっと乱暴だけど、魔力流を撃ちこんでジュエルシードを強制発動させよう」
 この少女は、意外とやる事が大味だった。ため息と共に制止する。
「この辺りにあるのは、明らかだ。それなら、わざわざ暴走させる必要はない」
「え? でも……」
「いちいち探してたら夜が明けちまうよ?」
 彼女達の魔法は安定しているし、広範囲を薙ぎ払うには有利かもしれない――が、どうにも繊細な手法が失われている。そんな事を思い出しつつ、ため息をつく。
「俺に任せておけ」
 ため息交じりに告げてから、心眼を開く。感覚の触手が周囲に根のように張り巡らされ、閉ざされた視界の中に影画の街を描き出す。その中で光を放つのは、両脇の魔女達の魔力。そして、建築途中のビルの片隅で輝く、異質な魔力。間違いない。
「行くぞ。ついてこい」
 言葉より先に、ビルから飛び降りた。魔力を練り上げ、背中に翼を具現させる。あまり時間はかけたくない。フェイト達とジュエルシードの輝き以外の輝きを捕えていた。なのはとユーノのものと考えて間違いあるまい。できれば、接触せずに済ませたい。
(まぁ、無理だろうけどな)
 どうやら、相棒が気付いたらしい。真っ直ぐにこちらに向かってくる。心眼を頼りに、夜のビル街を一息に突き抜ける。
 目標の寸前で目を開く。淡い月光の中で、青い宝石が輝いていた。それに右腕を突きつけ救済を行う。だが――
『悪いな、相棒!』
 光の鎖が、互いの魔力によって中空に浮き上がっていた宝石を狙って奔る。
「フェイト、来い!」
 咄嗟に救済を中断、それを引っ掴み、上空へと放り投げた。
「怨念の拳よ!」
 さらに、土拳魔法で遥か上空――フェイトのいる方向へと突き上げる。
「なのは、行って!」
 ユーノの声に従い、なのはが急激に上昇するのが見えた。だが、その先にはフェイトとアルフがいる。
「させない!」
「待って! 話を聞いて!」
 フェイトとなのはが激突した。その横をすり抜けて、アルフがジェルシードへと迫る。なのはなら、フェイトの脅威にはならないと判断したのだろう。だが、その頃にはジュエルシードは上昇を終えて、落下へと切り替わっていた。それを追いかけるように、アルフのみならず全員が地面へと向かい――結果として、戦場そのものが下降する。戦闘という意味では上空にいるフェイト達が有利だが、ジュエルシードの回収という意味でなら、なのは達が有利だった。何せ、何もしなくても向こうから近付いてきてくれるのだから。
「貰った!」
『甘いな!』
 リブロムの咆哮が響く。それと同時、ジュエルシードに手を伸ばしたアルフが、急激に弾き飛ばされていった。ユーノ――というか、その背中に括りつけられているリブロムが自衛用の魔法を放ったらしい。
 吹き飛ばされたのは、アルフだけではない。ジュエルシードもまた、その衝撃にあおられその軌道を替えていた。放物線を描きながら、横へと。
 ジュエルシードを追い、ビルの合間を飛ぶ。魔法陣を足場に、それにユーノが並走した。単純な速さならこちらが有利だったが――
『よう、相棒! 随分はしゃいでるようだな!』
「お前も随分と斬新な恰好をしてるようだな!」
 その背中にリブロムが括られている以上、迂闊に近づけばアルフの二の舞だ。そのうえ、ユーノの妨害も想定しなければならない。思ったように加速はできなかった。
『そらよ!』
「翼膜よ!」
 リブロムの咆哮。それが響く直前に、練り上げていた魔力を解放する。かつてワイバーンと呼ばれた魔物由来の供物。それに宿る力が顕在した。
『チィ! おら、ユーノもっと急げ!』
 自分の身体が闇夜に溶け込む感覚。それが終わり、再び肉体を取り戻した時、背後からリブロムの罵声が聞こえた――が、無視してジュエルシードに手を伸ばす。
「ダメ! 光お兄ちゃんやめて!」
 薄紅色の光球が、ジュエルシードを弾く。なのはとフェイトが追いついてきたらしい。再びジュエルシードの起動が変わった――が、今度は掠めただけにすぎない。むしろ、その場から真っ直ぐに落下し始めたというべきだろう。
「今度こそ頂き!」
「させるか!」
 猛然と地面を走り抜けていた赤い狼――アルフが、あと僅かのところでユーノの鎖に絡め取られる。だが、状況はこちらが有利だ。なのははフェイトに抑え込まれれている。ユーノが足止めをしている限りリブロムは身動きが取れない。いや――
『切り札発動ってなぁ!』
「え!? ちょ……」
 加速は一瞬だった。地面に降り立った俺に、リブロム――を背負ったユーノが凄まじい勢いで突撃してきた。直撃は避けられなかった。咄嗟に受け身を取りダメージこそ軽減したが、それでもかなりの距離を吹き飛ばされる。例によって、吹き飛ばされたのは俺だけではない。ジュエルシードもまた、三度跳ねる。狙い澄ませたように、ほぼ並行して飛ぶ、なのはとフェイトの間辺りに。
「――ジュエルシード、シリアルⅩⅨ」
「――封印!」
 二人の判断は迅速だった。即座に封印を開始する。フェイトはともかく、なのはにこれだけの反射神経があったとは驚きだ。やはりこの子も、あの一族の血を引いているという事なのだろう。喜ばしい事なのかどうなのかは分からないが。
 ともあれ、二人のデバイスがジュエルシードを挟んで激突した。その瞬間――
「ッ!?」
 解き放たれた膨大な魔力に背筋が凍った。これほどの魔力はこの器に宿ってから初めて感じる。しかも、最悪な事に誰もそれを制御できていない。ならば、次に起こるのは破滅的な暴走だ。野放しにすれば、最悪この街が地上から消えかねない。
「二人とも退け!」
 叫ぶと同時、ジュエルシードが吼えた。解き放たれた魔力が、二人を軽々と滅茶苦茶な方向に吹き飛ばす。
「なのは!」
 偶然だろうが――それでも、こちら側に飛んできたなのはを何とか受け止める。意識はないようだが、目に見えて分かる傷はない。呼吸も安定している。それ以上の事は分からないが……命に別条はないのは間違いあるまい。
「アルフ!」
 叫ぶまでもなかった。アルフが同じようにフェイトを引っ掴み、地面へと着地する。だが、その間にもジュエルシードは破壊的な魔力を撒き散らし続けていた。周囲のアスファルトがひび割れ、めくれあがる。建築途中のビルは積み木のように崩れ落ち、そうではないビルも壁にひびが入りガラスが砕け散った。まったく、誰が張ったか分からないが、結界があってよかった。もっとも、このまま破れてしまえば、現実のものとなるわけだが。
 そして、そうなるまで、もはや一刻の猶予もない。
「精霊よ!」
 なのはを左手で抱えたまま、右手に生じた異形の心臓を地面へと叩きつける。それは、地面へと吸い込まれ――
「―――ッ!」
 下半身を地面にめり込ませたままの巨大な石像を生み出す。その石像――巨人は、左右の剛腕で暴走するジュエルシードを掴もうとする。だが、暴走する魔力がそれを拒んだ。
「抑え込め――!」
 巨人の心臓にありったけの魔力を注ぎ込む。ジュエルシードの魔力に押され、巨人の身体に細かなヒビが入り始める。双方の魔力の狭間で供物が悲鳴を上げ始めた。魔力の圧力に耐えきれないのは、自分の身体も同じだった。右腕を中心に裂傷が走り始め得る。だが、この破壊を止められるなら、どちらが壊れたとしても構わない。対処法はどちらも同じだ。壊れたなら直せばいい。
 バキンッ!――と、何かが砕ける嫌な音がした。供物が限界を迎えたらしい。だが、その直前巨人の両手がジュエルシードを叩き潰すようにして掴みとった。抑え込まれた魔力の残滓が、心臓を失った巨人をあっさりと砂塵に戻すが――それでも、僅かながら状態が安定する。最後の好機だった。なのはをその場に残し、走る。
「鎮まれ――!」
 右手でつかみ取ると即座に――強引に救済を始める。というより、実際は地形を介しての魔力の回復に近いだろう。だが、流れ込んでくる魔力の凶悪さは素直に生贄行為を思わせた。実際、次に限界を迎えたのは右腕だった。禁術を発動させた時のように、派手に裂ける。まぁ、実際はあれほどではないが。取りあえず、まだ一応の原形を留めたまま繋がっている。いつまで持つかは分からないが。
「光!」
 血塗れの腕に、フェイトの手が重なる。自分の魔力に、フェイトの魔力が混ざり合う。だが、何故素手で?――その疑問は、実はなのはを見た時点で分かっていた。デバイスに破損があるらしい。少なくとも、なのはのデバイスには無数のひびが走っていた。先ほどの咆哮が原因だろう。このまま完全に壊れてくれれば――おそらくなのはは魔法を使えなくなるだろう。魔導師として覚醒しても、素人のうちはデバイスなしでは魔法が使えないと聞いた覚えがある。
「……これでいい」
 最後に身もだえするように胎動して――ジュエルシードは鎮まった。血でぬめったそれは、感覚が失われた手から簡単に滑り落ちる。それが地面に落ちるより先に、フェイトが受け止めた。
「光――ッ!」
「心配するな。……帰るぞ」
 フェイトの言葉を遮り、二人に告げた。そのまま、なけなしの魔力を練り上げ、逃げるように空へと舞い上がる。なのはの面倒は……もうしばらくはリブロムに任せよるより他になさそうだ。
『分かっているな。相棒』
 その直前、リブロムが言った。
『その様子なら、オマエが堕ちるまでそう長い事はかからねえぞ』
 そんな事は言われなくても分っている。だが、あえて訊き返した。
『あと、半月もねえよ』
 あとどれくらいだ?――その問いかけに、リブロムは言った。それには答えず。空へと舞い上がる。わざわざ聞かなくても、分かっていた事だ。
 自分が自分でいられる時間が、残り僅かだという事くらいは。




 隠れ家に戻って、すぐのことだ。
(これはしばらく使えないな……)
 ひとまず供物の状態に意識を向けてから、ため息をつく。完全に破損しており、自然回復はとても望めない。記述そのものを修復する必要があった。
(そのためにはリブロムが傍にいる必要があるんだが……)
 今なのはの傍からリブロムを離すのは危険だろう。となれば、修復は諦めるより他にあるまい。やれやれ、あのゴーレムは特注品――いわば切り札の一つだったのだが。
「大丈夫?」
 苛立ちを堪え切れず舌打ちしていると、薬箱を抱いたフェイトが、おずおずと言った。
「ああ。しばらくあのゴーレムは使い物にならないが……まぁ、相棒を取り戻せばな」
「そうじゃなくて。その……右腕なんだけど」
 ああ、そう言えば忘れていた。声にしないまま、他人事のように呟く。神経までやられたのか、まだあまり強い痛みは感じない――が、それでも徐々に痛みが強くなり始めている。つまり、修復が始まっていた。ついでに言えば、辺りを汚さないように、血止めだけはしてある。それなら、このまま放っておいても問題あるまい。
「これくらいなら、放っておいても治る」
 そもそもが不死の怪物である。この程度の傷は取るに足らない。
「ダメだよ! こんなに酷い傷なんだから、ちゃんと手当てしないと!」
 いつになく強い口調で、フェイトが主張する。珍しい光景だが――できれば、腕を掴むのだけはやめて欲しかった。ちょうど神経が修復されたらしく、脳天まで突き抜ける痛みを味わう羽目になった。魔法使いとしてなのか、不死の怪物としてなのか、それとも単純に男としてなのか、自分でもよく分からないが――とにかく何かしらの沽券にかけて悲鳴を上げる事だけは何とか耐えきったが。
「きゃあ!? ほら、こんなに血が出てる!」
 滲んだ視界を瞬きして誤魔化していると、そんな声が聞こえた。
 血が滲まないよう、包帯に魔力を吸わせておいたが、さすがに解かれてしまえばその限りではない。床に滴る血を見て、フェイトがさらに強い口調で言う。というか、外すならせめて外す前に一言言って欲しかった。
「……あとでソファの染み抜きをしないと。血はなかなか取れないんだが」
 血で染まったソファを見やり、思わず呻いた。
「そんな所帯じみた心配してる場合じゃないだろ! まずはそのエグイ傷をどうにかしろってば! っていうか、エグイのは魔法だけにしときな!」
 それに文句を言ったのはアルフだった。こちらの傷口を見て、顔を青ざめさせている。
「エグイってお前な……。まぁいい。確かにまずは傷を癒すのが先か」
 どのみち、このまま血が滴り続ければ仕事が増えるだけだ。それなら、原因を先に断つのが賢明か。それに、
「だが、お前も俺の事は言えないだろう?」
 左手だけで、そっとフェイトの手を掴む。俺ほどには重傷で無いにしても、白いその掌には、火傷のような傷があった。途端に、フェイトがばつの悪そうな顔で視線をそらす。全く、困ったものだ。ついでに言えば、散々吹っ飛ばされたアルフも無傷ではあるまい。
 それなら、まぁ全員まとめて癒すとしよう。エグイ魔法ばかりだと思われるのも癪だ。
「――癒しの花園よ」
 魔力を練り、囁く。周囲に黄金に輝く花園の幻影が浮かび――舞い散る花弁が癒しの力となって周囲を満たした。その光に包まれて、フェイトの掌の傷が消える。アルフも同様だろう。ついでに、俺の傷の復元速度も随分と早くなった。表面的にはほぼ完治した。実際のところ、まだ少し動きが鈍いが――まぁ、染み抜きと簡単な料理くらいは問題なくできるはずだ。ここまで癒しておけば、どれだけ遅くとも明日の昼過ぎには完全に回復しているに違いない。
「さてと、次はシミ抜きと食事だな」
 癒しの光を消して立ち上がる。二人には悪いが、まずはシミ抜きが先だ。乾く前に始末したい。まぁ、最悪は魔法を使ってでも。
「あ、うん。手伝うよ」
「あ、アタシも」
 自分の体の具合を確かめていた二人が、口々に言う。まぁ、フェイトはともかくアルフがそんな事を言うのは割と珍しい気がしたが。
「う~…、チマチマチマチマと結構面倒くさいねぇ」
 せっかくなのでシミ抜きはアルフに任せ、フェイトと台所に立つ。包丁を扱うにはやや不安があるため、食材を切るのはフェイトに任せた。幸いというべきか……美由紀に比べれば、遥かに安心して見ていられる。感謝すべきことだ。身体の修復に魔力を喰われ、圧倒的に不足している今、余計な苦労はしたくない。
 しかし、姉は姉で優れた剣士だというのに、何故持つのが包丁に変わった途端、あんなにも危なっかしくなるのだろうか。まったく、どちらも同じ刃物だろうに。
「ねぇ、光……」
「何だ?」
 料理が完成する頃、不意にフェイトが言った。
「あの本が言ってた事って、何なの?」
 聞かれていたらしい。当然と言えば当然か。はっきりと不安の色を湛えたその瞳から目をそらす。まさか、本当の事を言う訳にもいかない。だが、いつまで隠せるだろうか。
 このままでは自分は殺戮衝動に飲まれ、魔物となる。その事実を。

 
 

 
後書き
少し遅くなりましたが何とか更新です。
ちょっとアレなシーンがありますが、悪夢ということで……。
さて、早いもので、次で二章も終わりとなる予定です。
更新を開始してからもうすぐ十週間。大体二ヶ月半が過ぎたんですね。
このまま定期的な更新を続けていければと思います。




が、ストックの消費に供給が全く追い付いていないという……

2015年10月17日:脱字修正
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧