惚れたが負け
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惚れたが負け
惚れたが負け
俺はクラスじゃあまり評判がよくない。別に成績が悪いとか顔が悪いとか素行が悪いとかそんなのじゃない。ただとっつきにくいということで評判がよくなかった。結局人間というのは自分と何処か違うとそれだけで嫌になるものなのだ。
あまり話す奴もいないし何となく自分の席に座っているかわざわざ他のクラスに行って数少ない連れと話すかして時間を潰すのが常だった。正直面白くない学校生活だった。
だからクラスのことを見ることもなかった。一応図書委員ということになってるがその委員にしろ単なる暇潰しだ。ただ図書館で座っているだけだ。仕事をする気もない。
だが隣にいる奴は別だった。全くやる気のない俺にかわってせっせと図書委員の仕事に励んでいる。俺はそんなこいつを図書室のカウンターで横目に眺めていた。
こいつの名前は平田明代という。頭もいいし家はこの街じゃ有名な造り酒屋でお金持ちときている。しかも口惜しいことに小柄でショートヘアの似合うそこそこ可愛い奴だ。目が大きくて丸めの顔によく合っている。真面目なのに気が弱くていつも俯き加減だがそれがかえって可愛く見える。可愛い奴はどんな格好でも可愛いもんだがこいつは特にそうだった。少なくとも普通のサラリーマンの家の息子で成績は普通、外見は痩せていて蛇みたいに剣呑な目をしてるなんてふざけたことを言われる俺とはえらい違いだ。神様もよくもまあこれだけ不公平に作ってくれたものだと思う。何かそう思うだけで頭にくるものがある。
けれど俺はこいつが嫌いじゃない。本当のことを言うのが癪なので言わない。だがクラスで結構一人でいることの多いこいつに気付いたのがそもそも図書委員になったはじまりだった。
ホームルームでクラスの委員を決めている時にこいつは図書委員になった。自分で推薦したわけでもなく何か気がついたらなっていたという形だった。
「えっ、わたし!?」
何か決まった時になってやっと気付いたという感じだった。俺はそれを見て鈍い奴だと思った。
「別に忙しい仕事じゃないし。いいよね」
「平田さん本好きだし」
そんなおだてやなだめですんなりと決まっちまった。ていのいい強制だ。ホームルームじゃよくあることだった。俺はそれを見ていてあまり面白くなかった。それで一時の気の迷いでふとこう言った。
「男の図書委員は決まってるのかよ」
こんなこと言ったら自分で立候補したのと同じだ。だがそれをわかったうえで言った。
「まだだけど」
「そうか」
「そうかじゃないわよ」
女子の誰かが俺に対して言ってきた。
「気になるんだったらあんたがやってみれば?」
「そうね。まだ決まってないんだったら」
「ちぇっ」
表向きは舌打ちしたが予想していたから別に不愉快でも何でもなかった。それに心の中で頷いて黒板の図書委員の男子のところに俺の名前が書かれるのを見た。これで俺とこいつが図書委員になった。
「ねえ桶谷君」
暇になったところで声をかけてきた。桶谷っていうのが俺の名字だ。どうでもいいことだが下の名前は淳博という。本当にどうでもいいことだ。親にとっちゃかなり考えてつけた名前らしいが。
「何だよ」
俺はそれを受けて顔を平田に向けた。
「もうすぐ終わりだけど一緒に帰らない?」
「へっ!?」
俺はそれを聞いて怪訝そうな顔を作った。
「今何て言ったよ」
「だから一緒に帰ろうって」
平田はまた言った。
「何でだよ」
「私と桶谷君ってバス停までの通学路一緒じゃない」
「ああ」
「最近変な人がうろうろしてるっていうし。女の子が一人で帰ったらいけないって先生も行ってたでしょ」
「そうだったかな」
そんなこと言っていたかどうか覚えちゃいない。言っていなかったような気がする。もしかすると言っていたかもしれない。こんなことは中学校に入れば幾らでも言われることだ。いちいち覚えてもいられない位だ。
「そうよ。だからね」
「ボディガードして欲しいってわけだな」
「うん。駄目かな」
「ちぇっ」
俺は舌打ちした。だが特に断る理由もない。家に帰っても精々音楽を聴きながら勉強でもするかゲームをするかだ。そういえば丁度ゲームもクリアしたし買いたいCDもない。何か家に帰っても暇だ。そう思うと時間潰しにもならないがこいつと一緒にいてやるのも悪くはないと思った。
「仕方ねえな、お嬢さんは」
「有り難う」
「何で礼なんか言うんだよ。通学路が一緒なだけだろ」
俺はこう言い返した。
「ついでだよ。ついでだからな」
「うん」
わかってるんだかないんだか。頷いてきやがった。何か疑うことを全然知らないような顔だった。本当にいいとこのお嬢さんは違うと思った。
「じゃあ一緒に帰ろう」
「ああ」
顔を少し背けて肘をつきながら応えた。わざと面白くなさそうな顔と声で言ってやった。
こんなわけで俺と平田は一緒に帰ることになった。しかし何か面白くない。悪態を言って意地悪をしてやることにした。
「何か後ろから変なのが来るぜ」
「えっ」
それを聞いて急に怯える顔になりやがった。
「それ・・・・・・本当?」
「じゃあ見てみろよ」
心の中でニヤニヤ笑いながら言った。
「そんで足がすくんでも知らねえぞ」
「そんな、嘘でしょ」
「だからそれは自分で確かめてみろよ」
俺は両手を頭の後ろで組んで前を見ながら言葉を続けた。どうせ見れないのはわかっていた。
「けどそれで動けなくなっても俺は知らないぜ。置いていくからな」
「そんな、酷い」
「酷いって何がだよ」
俺はその言葉を待っていた。こう言ってやった。
「俺はたまたま通学路が一緒なだけだぜ。それで並んで歩いているだけなんだぜ」
「けど」
「けどもそんなもねえだろ。怖かったら前に歩けよ」
「うう」
「俺もたまたま一緒の速さで歩いてやるからよ」
その言葉を口にした時あれっ、と思った。
「有り難う」
それを聞くと急に元気になった。
「じゃあ歩くね。何だかんだ言って心配してくれてるんだ」
「いや、おい」
すぐに言い返そうとしたが言葉が出ない。
「じゃあ行こう。一緒にね」
「あ、ああ」
何か不愉快だった。まずった。おかげでこいつのペースに巻き込まれちまった。それからは静かに帰り道を歩いた。そしてバス停まで辿り着いた。
「それじゃ」
バスはあいつが乗る方が先に来た。そのバスに乗りながら声をかけてきた。
「ああ」
俺はまた何気なしに声をかけた。本当に素っ気なく言ってやった。そこで付け込んだのか不意にこう言ってきた。
「明日もお願いね」
「ああ」
今度も何気無く言っちまった。言ってから気付いた。
「げっ」
「それじゃあね」
平田はにこりと笑ってバスに乗り込んだ。後には苦い顔の俺だけが残った。迂闊に返事を返したのが失敗だった。だが口に出しちゃもうどうしようもなかった。苦い顔をしてもどうにもならないがするしかなかった。
こうして俺はその次の日もこいつと一緒に帰ることいなった。やっぱり面白くない。
歩いていて何か釈然としないのだ。何で俺がこいつと一緒に帰らなくちゃいけないのか。大体暗くなったって言ってもこんな人通りの多い場所で襲うような馬鹿なんていない。いるとしたら頭のおかしい通り魔位だ。もっともとろいこいつだから通り魔なんて出たら逃げられそうにもないが。そんなことをウダウダと考えながら並んで歩いていた。
「どうだ、ボディガード付きで歩く気分は」
「どうって」
平田は俺に言われると顔を俺に向けて上げてきた。
「嬉しいだろ。まあお世辞にも強いボディガードとは言えないけどな」
「・・・・・・うん」
平田はそれを聞くと俯いて答えた。
「何だかんだ言って一緒にいてくれるし」
「いてくれって言ったのは御前じゃねえか」
「そうだったっけ」
「そうだったっけって誤魔化すんじゃねえよ。大体な」
俺はさらに言ってやった。
「そんな態度だからいつもクラスでポツンとしてるんだろ。まあそれは俺も言えた義理じゃねえけれどよ」
「心配してくれてるんだ」
「馬鹿言え」
吐き捨てるように言い返してやった。
「御前が頼み込んだからだろ。通学路が一緒だからって」
「それはそうだけど」
「仕方無く付き合ってやってるんだよ。大体何でそもそも」
何か言っているうちに嫌になってきた。口をつぐんだ。
「・・・・・・まあいいさ」
「いいの」
「勘弁してやるよ。同じ図書委員のよしみでな」
「有り難う」
「だから礼なんていらねえって言ってるだろ。いちいち言わせるなよ」
「うん」
「わかりゃあいいんだよ。ったくよお」
何かイライラするがそれがどういうわけかすぐ消える。不思議な気分だった。何か言い聞かせている俺の方がガキに思えてきた。どう見てもこいつの方がガキ臭いってのに。
何だかんだ言っているうちにバス停に着いた。どういうわけかここまで来るのが滅茶苦茶早い。気付いたらもういる位だ。
「それじゃ」
「ああ」
何かバスはいつもあいつの方が早く来ているような気がする。昨日もそうだったし今日もだ。時間帯がそうなだけだがそれがかえって不思議に思えた。
「また明日ね」
「仕方ねえな」
昨日と同じだがこう言ってやった。
「えっ」
「聞こえなかったのかよ、明日も一緒にいてやるよ」
俺はわざと憎々しげな顔を作ってこう言ってやった。だが意外なことにこいつは嬉しそうな顔をしやがった。
「有り難う」
「おい、何度も言うけど礼なんていいって言ってるだろ」
またイライラしてきた。
「通学路が同じなんだからな。いいな」
「うん」
「早く行けよ。もう出ちますぞ」
「それじゃあまた明日」
「またな」
そしてあいつはバスに乗って家に帰って行った。それを見届けているとやっぱりイライラが消えていた。どうにも不思議な気持ちだった。
次の日は別に委員の仕事はなかったが約束だったので一緒に帰ってやった。その次の日もだ。気が付けばもう一週間も一緒に帰っている。何かクラスでも噂になってきた。
「なあ御前と平田って」
「何でもねえよ」
一言で終わらせてやった。余計な詮索なんぞ糞くらえだ。別に嫌いでも何でもない。ただ一緒にいてやるだけだ。そうだ、嫌いでも何でもないんだ、こんなチビ。俺は自分にそう言い聞かせていた。
うざったくなってきたがそれでも一緒にいてやった。見れば胸も大きくないしそこそこ可愛いだけだ。まあ可愛いだけでもいいが何か割に合わねえと思ってはいた。だがそれは心の中にしまってボディガードを続けてやった。
「あの」
「何でしょうか、お姫様」
十日位経ってからふと平田が声をかけてきたので俺はおどけてこう応えた。
「私めに何か御用でも」
「ええと」
俺にこう言われて戸惑っているように見えた。今から考えるとそれも怪しいものだが。もっともこんなことを言うとこいつの発言や行動は最初から最後までそうなのだが。
「あの、それで」
「はい」
「コーヒーでも。飲まない」
「コーヒー」
「寒いから。バス停のところに自動販売機もあるし」
よくうちの学校の生徒が使う自動販売機だ。俺もよく使う。けれどこいつが使おうなんて言い出したのははじめてだった。これに少し驚いた。
「どうかな」
「コーヒーねえ」
「嫌だったらいいけれど」
「別にいいよ」
俺はこう言い返してやった。
「飲みたいんだろ?じゃあ飲めばいいじゃねえか」
「桶谷君も飲むの?」
「何だ、一人で飲むのかよ」
「それは」
また俯いちまった。
「あの」
「わかったよ。一緒に飲もうぜ」
何かこいつのペースにはまっちまっているがこう言ってやった。
「それじゃあ」
急に嬉しそうな顔になりやがった。そしてそそくさとバス停に向かう。
「何がいい?」
「ボス」
俺は一言で答えた。そして自分の財布から金を取り出してコインを入れた。二人分だ。
ボタンを押す。二回押した。
「あっ」
「しまった」
俺はここでわざとこう言った。
「二回押しちまったよ」
「どうするの?」
「どうするのって。御前にやるよ」
冷たい声でこう言ってやった。
「えっ、けど私」
「まだ買ってないんだろ?じゃあ丁度いいじゃねえか」
「けど」
「たまたまだからな。自分の金使わなくていいじゃねえかよ」
「そういう問題じゃないし」
「女ってのはなあ、男が一緒にいたら金使わなくていいんだよ」
「そうなの」
そんな話はかなり勝手な女しか言わないだろうが俺はあえてこう言ってやった。そうでないとまだウダウダと言いそうだからだ。全く仕方のねえ奴だ。
「けど私お金持ってるし」
「金なら俺だって持ってるよ。だからいいんだよ」
「けど」
「まだけどかよ。だかたいいって言っただろ」
またイライラしてきた。
「やるんだからよ。貰えるものは貰っておけよ」
「それじゃあ」
「ほら、気をつけろよ」
そう言って手渡す。平田はミトンで覆われた手でそれを受け取った。
そのミトンの片方を外してから栓に指をかける。そして開けて飲みはじめた。
「どうだ」
「何か甘くない」
「ああ、済まねえ」
俺は自動販売機を見てはじめて気付いた。今買ったのはブラックの無糖だ。甘くないのも当然だった。
「それ何も入ってないやつだ。悪いことしたな」
俺はこれでも平気だが。家じゃいつもコーヒーには砂糖もクリームも入れない。だがこれは人によって好き嫌いもあるだろう。それに気付かなかった俺のミスだった。
「換えるか?それじゃあ」
「あっ、それはいいよ」
けれど平田はそれには首を横に振った。
「いいのかよ」
「ブラックも美味しいし。それに」
「それに?」
「折角桶谷君から貰ったものだしね」
「へっ」
それを聞いてすぐに口の端と片目を歪ませてやった。
「よく言うぜ。ったくよお」
何かイライラとかがどっかにいっちまった。俺と平田はコーヒーを飲みながらバスを待った。今日は珍しいことに俺が乗るバスと平田が乗るバスの両方がやって来た。俺達はそれぞれのバスに乗り込んだ。
「それじゃあ」
「ああ」
いつもの挨拶だ。けれど何かそこに物足りなさを感じた。どうしてかはやっぱりわからない。何かこいつと一緒にいるとそんなふうにばかり感じていた。それが何なのか後になってわからさせられた。今思うと迂闊だった。
一緒にコーヒーを飲んでから数日経った。俺はあらためて声をかけた。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけどよ」
「何?」
平田は顔を俺に向けてきた。そして俺に対して尋ねてきた。
「あのさ。ここって全然危なくねえよな」
「そうかしら」
何か急に慌てて言ってきt。
「だってよ、普通に通学路だしよ」
「けれど暗いし」
「暗いって」
正直それは理由にならなかった。今俺達の頭の上には灯りが照っているからだ。
「嘘だろ、それって」
「普通に暗いじゃない」
「そんなこと言ったらこの季節今の時間で明るいところなんてないぜ」
「けど暗いのは本当じゃない」
何か言葉が嘘らしくなってきた。けれど聞いてやることにした。
「だから・・・・・・危ないし」
「ふん」
「ボディガードしてくれないと。いざって時同じ図書委員ってことで悪く言われるかも知れないわよ」
「生憎俺はそんなの気にはしないがな」
突き放して言ってやった。
「御前みたいなのがどうなってもな。俺には関係ないさ」
「そんな」
それを聞いて急に泣きそうな顔になった。
「何でそんなこと言うのよ」
「当然だろ」
俺はまた言ってやった。
「俺と御前は赤の他人だぜ。ましてや友達でも何でもないだろ」
さらに言ってやった。
「それで何で付き合わなくちゃいけねえんだよ。図書委員なんて代わりは幾らでもいるんだよ」
「赤の他人」
「そうだよ」
またイライラしてきた。
「赤の他人に何期待してるんだよ」
「それじゃあ赤の他人じゃなかったらいいのね」
「!?」
俺はそれを聞いて一瞬だが眉を顰めさせた。
「おい、今何て」
「ええと」
ここで平田は辺りを見回した。そして誰もいないのを確認してから俺に顔を向けてきた。
「こういうことなんだけど」
「こういうこと!?」
急に俺の首に手を回してきた。そして一気に顔を近付ける。
それで終わりだった。一瞬で何もかもが終わっちまった。
「これで・・・・・・他人じゃないよね」
平田は顔を真っ赤にして俺にこう言った。
「これで・・・・・・っておい」
かえって俺の方が面食らっちまった。
「何するんだよ」
「だって。赤の他人だって言うから」
顔を赤くさせたまま言う。
「それで。こうしたんだけど」
「あのなあ」
何か腹がたってきた。無性に腹がたってきた。
「やっていいことと悪いことがあるだろ」
「けど」
「けども何もねえよ」
俺は言ってやった。
「こんなことして何になるんだよ。赤の他人がどうのこうのでどうしてこうなるんだよ」
「だってキスしたら恋人同士でしょ」
「どうかな」
こうは言ってはみたが言われてみればその通りだ。こんなこと恋人同士でもない限りはしないものだ。この時は純粋にそう思っていた。それにつっぱねることも出来た筈だ。考えれば考える程あの時の俺は馬鹿だった。
「どうかなって」
また泣きそうな顔になった。
「そんな・・・・・・酷い」
「ああ、わかったよ」
何かもう見ていられなくなってきた。
「それじゃあこれからは赤の他人じゃないよな。これでいいな」
「うん」
さっきまでの泣きそうな顔は何処に行ったのか急ににこやかになりやがった。
「それじゃあこれからも宜しくね、桶谷君」
「ああ、こっちこそな」
「何か、好きになっちゃったから。御免ね」
「最初からそうだったんじゃないのか?」
ふとこう思ったがこれは言葉には出さなかった。
「ほら、よく言うし」
「どう言うんだよ」
「惚れたら負けだって」
「ってことは最初からこうするつもりだったのかよ」
「キスまでするつもりはなかったけれど」
「どうだか」
そうは言っても何か悪い気はしなかった。実は俺もはじめてのキスだったのだ。そのせいもあった。
「だから、ね。これからも」
「毎日一緒に歩いて欲しいっていうのかよ」
「駄目かな、それって」
「そんなのでいいのかよ」
少し意地悪をしてやるつもりが不意にこう言っちまった。
「えっ!?」
「付き合いたいんだろ、いいぜ」
これは言った俺が驚いちまった。こんなことを言うつもりはなかった。
「本当、それって」
「あ、ああ」
こうなっちまったらもう収まりがつかなかった。俺は成り行きのまま頷いた。
「いいぜ。これから宜しくな」
「うん。それじゃあ」
そして横にきて手を繋いできた。
「今度。私のお家に来て。そして色々とお話しよう」
「ああ。そして俺の家にも来な。まあキスから先は流石にまだまずいけどな」
「嫌だ、そんなこと」
そう言って頬を赤らめてきた。ここで俺は不思議に思いはじめた。
「ずっと先の話よ、そんなの。けれど」
何か言っていることがどうにも臭く感じられた。まるで安物の恋愛ドラマのように思えてきたのだ。丁度中学生や高校生が主人公だとこんな感じになるという話の。
「けれど。これからずっと」
「ああ、わかったよ」
何か大体わかってきた。もうこれ以上聞くつもりもなくなった。
「まあお手柔らかに」
「うん」
やっぱりな、と思った。今の言葉に無意識かどうかわからねえが応えた。案の定こいつは最初から狙っていやがった。俺を狙ってたのだ。
しかしどういうわけかやっぱり俺はそれでもよかった。あれよこれよという間にこいつと付き合うことにした。何だかんだで一緒にいようと思ったのは俺もこいつに惚れていたからなのだろう。だとすると負けは俺の方だ。惚れたが負けとはよく言ったものだ。俺は負けちまった。そして彼氏と彼女になっちまった。まあ負けても悪くない時もある。それだったら負けてやる。別に悪い気もしねえ。惚れた女が側にいてくれるのなら。
惚れたが負け 完
2005・11・26
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