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良縁

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第十三章


第十三章

「祥子のことは」
「はい」
 強張っていた。その顔での返答だった。
「それは。もう」
「わかっているのなら話は早い」
 伊藤の言葉に応えてからまた言うのだった。
「いいのか?それで」
「いいのかといいますと」
「だからだ。貰ってもらえるか」
 これまたかなり率直に彼に対して問うてきた。
「祥子を。それで」
「それは」
「わしのことも知っているな」
「そうです」
 この返事もまた決まっている返事だった。
「それももう」
「はっきり言おう。わしの評判は悪い」
 言いにくいことを自分から隠すことなく言う男だった。そしてそこには悪びれたものも姑息なものもなかった。ただ事実を言うだけである。
「海軍でもな」
「それは」
「隠すこともない」
 そしてこれを隠すなと彼に返すのだった。
「これはな」
「そうですか」
「事実は事実だ」
 やはり自分でこのことを受けている岩上だった。
「それを隠すつもりも拒むつもりもない」
「わかりました」
「そのうえでまた聞こう」
 厳粛な言葉がまた出された。
「娘を。妻に貰ってくれるか」
「実を言いますと」
 まずこう言う伊藤だった。
「私も考えていました」
「考えていたとは」
「はい。あえて名前は申しませんが」
 それは隠すのだった。
「ですが上官に制止されたのは事実です」
「そうか。やはりな」
 岩上はそれを聞いて納得した顔で頷くのだった。
「そうだと思っていた」
「そして私も悩んでいました」
「悩んでいたか」
「どうしようかと」
 このことを告げる。
「どうすべきかと。思い」
「思い」
「長い間船から出ることはありませんでした」
 何とか言葉を口から出すのだった。本当に何とかだった。
「船から。ですが」
「娘と会ったのだな」
「そうです。その時断ることはできませんでした」
 このことを岩上と。そして祥子に対して話すのだった。
「いえ、逆らえませんでした」
「逆らえなかったか」
「こう言ってしまえば軍人失格でしょう」
 じっと岩上と祥子を見て語る。
「ですがこれは。私は」
「己の心に逆らえなかったのだな」
「その通りです。どうしても」
「どうしても?」
「はい、ですから」
 また口を開いて述べた。
「私はお嬢さんと」
「わかった」
 岩上は彼のその言葉を受けて頷いた。
「君の心は」
「はい」
「済まない」
 そのうえで礼の言葉を述べるのだった。
「わしのことも。娘の生まれのことも知りながら」
「・・・・・・・・・」
 岩上の言葉を沈黙して聞いていた。あえて何も語らず。ただ聞くだけだった。
「受けてくれたか」
「迷ったのは事実です」
「誰でも迷うものだ」
 それは当然だというのだった。彼のその迷いもまた。
「何かを決断する時はな。そして」
「そして?」
「決断するものだ。だが君はあえてそれを受けてくれた」
「有り難うございます」
「いいのだな」
 ここまで話してまた彼に対して問うのだった。
「娘の夫になり」
「決めましたから」
「そうか」
「そうです」
 また岩上の言葉に対して頷いた。
「私は。ここで」
「済まないな。本当に」
 岩上にとってはこれ以上になく有り難い言葉だった。目は潤んでいる。その顔はあくまで厳粛で岩の様であったがそれでもだった。目は違っていた。
「それではだ」
「それでは?」
「後は任せてくれ」
 こう伊藤に対して言ってきた。
「後はな。任せてくれ」
「?というと」
「君がこのまま娘と結ばれるとする」
 このことをまず彼に話した。
「そうすれば君はこのまま海軍にはおれないだろう」
「それは」
「わかっている。これもな」
 すべてわかっている言葉だった。
「全ては。わかっていることなのだ」
「そうなのですか」
「海軍は好きなのだな」
 伊藤に対して問うてきた。
「好きだな・そうだな」
「はい、そうです」
 ここでも伊藤は隠さなかった。事実をそのまま告げたのである。
「その通りです。私は」
「そうか。海軍にいたいか」
「はい」
「だからだ。全てはわしに任せてくれ」
 伊藤の目を見つつの言葉であった。
「わしにな。それでいいか」
「わかりました」
 彼も既に腹を括っていた。
「それでは」
「うむ。そう言ってもらえて何よりだ」
 岩上も彼が腹を括っているのを見て安心したように頷いた。
「君にも。祥子にも」
「お嬢さんにも」
「迷惑がかからないようにするからな」
「それは一体」
「娘を困らせる親はおらん」
 こう言って口元を綻ばせてきた。
「そういうことだ」
「!?」
「案ずることはない」
 いぶかしむ顔になった伊藤に対して述べてきた。
「そういうことだ」
「はあ」
「何度も言うが任せておいてくれ」
 また言ってきた。
「それではな。娘を頼むぞ」
「わかりました。それでは」
 こうして伊藤は祥子と結ばれることになった。しかしそれに当たっては様々な困難があった。だがそれは一つずつ解決されていったのだった。
 
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