永遠の空~失色の君~
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EPISODE38 約束
日の光が窓から差し込んで休日の部屋を暖かく照らす。朝起きて、顔を洗って、歯を磨く。食堂に行けばいつものメンバーと朝食を囲み、それが終われば自主練習のためアリーナへと向かう。IS学園に来てから初めての夏休みはなんら変わらぬ普通の日々が流れていることに、ライは緊張を張りつめる。
モニカから明かされた事実と母ヴィクトリアがシャルロットの命を狙っているという策略は少なからず自分以外の者には伝えられていないようだ。信頼できる、それもごく一部の人間のみにこのことは知らされているようでそれも自分と千冬、そして真耶の三人のみとなっている。下手に動いて情報を漏えいするのを防ぐためだろうが、明らかに戦力が少なすぎる。千冬と真耶は機体の使用を非常時を抜いて禁止されている。千冬に至ってはその中でもかなり特別なケースでもない限りは使用不可と学園の規則で縛られている。
といっても、それは自分も同じなのだが。
ベッドに腰掛け、背中を壁に預けて本を読む。デスクの上に置かれたマグカップから湯気がのぼり、甘い香りが部屋を包んでいる。
「・・・・それしても、本当に来るんでしょうか」
真耶の疑問ももっともだ。この学園に襲撃するということはそう容易ではない。しかも相手はデュノアの人間とあれば世界が黙ってはいない。失敗すれば強烈なダメージにもなるし、最悪は会社そのものが倒産ということもあり得ないことはない。どのみちシャルロットにはロクな結末にはならないだろうが、それでもヴィクトリア側が負っているハンデやリスクは大きい分、成功した後のメリットもあるはず。でなければこんなことをする意味がない。そうまでしてシャルロット・デュノアを消したい理由とは一体なんだ・・・・?
「おそらくは半信半疑でしょう。でも、危険を冒してまでやり遂げる必要があるというのであれば必ずここへ来るでしょうね。しかも相手は世界でも有数の機体保有数であるこの学園に来るんです。それなりの装備と人員、そして後ろ盾があるとみて間違いないかもしれません」
「それは飛躍しすぎじゃ――――」
「いや、これはそう甘い話じゃないかもしれません。どちらにしても、シャルロットにとっていい結末にはならない」
失敗し、それがメディアにさらされればデュノアの株はガタ落ち。そうなればいくら世界生産台数がトップクラスだからと言ってもこの事実には耐えがたい。成功すれば、自分たちにとって都合の悪いものがなくなる。現にドゴール・デュノアが死んでいたとして、それでもしシャルロットが帰国すれば権利はヴィクトリアと半分ずつ、それを好まないとなれば彼女は間違いなく動く。実際に会って話したことは一度もないし、会話もないがそうするイメージがわくだけの印象はある。こういうタイプの女性は間違いなく執着心と独占欲が人並み以上に強いタイプだ。
思考を切る。用心するに越したことはないが、それをやりすぎていざという時に動けないのではもともこもない。だから今日は自主訓練を少量にし、本をパタリと閉じて部屋をでる。真耶には「何かあったら必ず連絡を取り合こと」と取決めをしているので何かあればすぐに携帯で連絡するよう手配されている。
・・・・その際、アドレスと番号を交換したときになぜかあの不気味な笑いを浮かべていたのが非常に気になるところだがここはあえてスルーしておこう。
とりあえず、部屋を出る。特に行くあてもなくうろうろとする。こうして散歩するの初めてなので少し心が浮つく。いつもとは違った風景に新鮮さを感じつつ、後ろから声をかけられたことに振り返ると金髪の髪をリボンで結んだ私服姿のシャルロットがいた。夏休み中は学園内であっても私服が認められるため割りとラフな格好でも違和感はないが、学園という場所がそうさせるのかあまり違和感がないということはなく逆に少し目立って見える。
「散歩?」
「ああ。そっちは?」
「僕は買い物から帰ってきたところ。ね、ボクも一緒にいいかな?」
「もちろん」
シャルロットとともにあてもなくふらふらと学園ないを歩く。時間も、風の流れも普段とは違う。なんだか不思議な気持ちになりながら足は自然と屋上へと向いていた。
ここからは景色が一番良く見える。遥か彼方へと続く水平線に美しい二つの青とその間を揺蕩う白い雲。吹き抜ける風が汗を攫って涼を運ぶのを全身で感じながら肺いっぱいに空気を入れると次に吐き出すという行動をシャルロットは数回繰り返す。
「今まであんまり気にしたことなかったけど、ここはいい眺めだね。夕焼けとかオツキミとか綺麗だろうな~」
「二年の黛先輩も言ってた。ここはいい画が撮れるって」
「・・・・こんな景色を、母さんにも見せてあげたかった」
それは生みの親に言っているのか。それともヴィクトリアに言っているのか。まあ彼女ならたぶん半分だろうと思う。どんな境遇に立たされても親子というつながりを持っている彼女は幾度となく話し合いによる解決をしたいと話していた。誰だって、家族と殺し合いになるかもしれないと言われて穏やかでいられる者などいない。ここ数日は気も休まらなかったであろうことにライは少し悲しく思った。
「僕には、家族がいない。いたかどうかも、わからない。でも、シャルロットの気持ちはよくわかるよ。誰だって、戦いたくなんかないさ」
「・・・・でも、ボクはやるよ。それがボクのやるべきことなら」
やるべきこと、か。こんなことがやるべきことだったとしたら、この世界は相当――――腐っている。
「ね、ライ。この件が無事に終わって、まだボクがここにいることができたらさ。どこか遊びに行かない?ボクと、ライ、それからモニカの三人で」
「いいね。どこに行こうか」
「んとね・・・・遊園地!遊園地に行ってみたいな」
無邪気に笑うシャルロット。その笑顔はまさにひまわりのように輝いていて、明るくて。夏の風景をバックに笑う彼女の姿はとても画になっていた。
「ハイ、約束」
そういってシャルロットは右手の小指を出してくる。
「日本には❝ユビキリゲンマン❞っていうおまじないがあるって聞いたんだ」
「・・・・あまり宛てにならないぞ?」
「いいの。なんかこうすると叶う気がするんだよね。願掛け、っていうんだっけ。箒から教わったんだ。きっと叶うからって」
笑顔のシャルロット。そんな彼女の姿を見て、ライは自分の左手の小指を差し出すとシャルロットが自分の小指を絡めてきた。白い、滑らかな肌さわりの小指がするりと絡んで結びつく。
「ユビキリゲンマン、嘘ついたらハリセンボンの~ます、指切った!――――これでよしっと」
「なんだか少し違う気がするんだけど…」
「え、ボクなにか間違えたかな?たしかこれであってたはずなんだけど…」
真面目にうーんと悩むシャルロット。今日のこの子は表情がいろいろと変わって見ていて飽きない。その視線に気が付いたシャルロットが不思議そうな顔をして首をかしげる。小動物のようなかわいらしいしぐさに少しドキッとしながらも、ライは視線を水平線へともどす。
「・・・・必ず行こう。遊園地」
「うん。絶対。約束したからね」
「ああ・・・・そうだな」
穏やかな風が二人を包んだ。
後書き
闇に蠢く欲望。叫ぶ声は宛てもなくさまよい、下した決意は間違いと消える。
悲しくも出会ってしまった母と娘は、互いにその刃を向ける。
すべては、己のため。
すべては、あの日の為。
次回、永遠の空~失色の君~
EPISODE39 明日もし君が壊れても
戦火とともに、少女に涙が静かに流れる
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