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永遠の空~失色の君~

作者:tubaki7
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EPISODE30 ライ-liar-


微睡の中、意識が覚醒していくのを感じる。


昨日は大変だった。


セシリアの過激ともいえるアプローチが絶えなかったから。


昨日は楽しかった。


おそらく人生初の海水浴とビーチバレー。暑かったけど、みんな笑顔だった。


昨日は危なかった。


シャルが女の子だとばれぬよう徹底的にフォローしていたから。


昨日は・・・・―――――。


想い出が過去となり、過去が記憶として残る。刻んだ歴史が足跡となり歩んできた時間が今ある確かな現実を教えてくれる。空っぽだった自分に今まで欠落していたものが埋まっていく感覚が嬉しかった。

 でも、それを断として許しはしないもう一人の自分がいる。それは「おまえはここにいるべきではない」と強く訴えかけてくる。


生きる資格はない。


笑うことは許されない。


戦え。


たたかえ。


タタカエ・・・・・。


何と?


世界と。


壊せ。


何を?


全てを。


問答は続く。夢と現実の狭間で漂う躰は沈んでいるのか浮いているのかすらわからない。全てが曖昧なその空間そのものが今の自分のあり方を指しているような気がして皮肉に口角をあげる。こんなにも不確かな存在だとは思わなかったと気が付いた次に感じるのはその空間に入り込むもう一つの存在。


おまえはなんだ?


わからない。


おまえは何がしたい?


わからない。


おまえはどこへ行きたい?


わからない。


何もかもわからなくなってきた。記憶を取り戻すのが当初の目的でありそれは今でもある。しかしいつからかそれが恐ろしくなって今では脳内の隅にまで追いやるようになってしまった。何がしたいかと聞かれても答えることはできない。どこへ行きたいかと言われても自分の居場所があるのかどうかすらも怪しい。

 全てが元に戻った時、手の中にあるのはなんなのだろう。何を失くし、何を得るのか。

記憶を失くした代わりに得たのは友と、場所と、想い出。では、記憶を取り戻したとしてこれらが失われることがあるかもしれない。今ではそんな気がしてならないから、朝というものが恐い。次起きた時、今ある自分が失われそうで目を開けるのが恐怖でしかない。このまま閉じたところでなにも変わらないのは承知の上。でも再び見る世界がもしも違っていたら。

塵と残像、淡い影しか残らない争いばかりの世界だったら。

今ある優しい世界は幻想で、こっちが現実。そんな嘘があるようでならない。それほどまでに自分という存在は不安定だ。どこに立っていて周りに何があるのかを断定するのに裂くだけの思考がない。

見つめるのはただ一つ。血塗られた過去と穢れた身。淡く漂うのはいつか過ごしたはずの温かな想い出。色褪せ劣化していくそれらに対し見たくないものだけが鮮明に浮かび上がってくる。手を見れば赤い生命の液体。見下ろした足元には無数の人だった抜け殻たち。命の絶たれたそれは今自分の足元に山のように積み上げられ自分を見上げるまだ命のある肉体達は歓喜の声をあげている。


壊せ。

――――違う

奪い取れ。

――――ちがう

全てを・・・・。


――――チガウ!!


夢中でもがいた手は水面から顔を出す。やがて躰を起こして目を開く。荒れる息を整えながらゆっくりと思考を整理し自分を取り巻く環境を見渡す。畳の匂いに混じってシャンプーのいい匂いが鼻を通り肺へと流れ込む。傍らを見れば少しはだけた浴衣からその豊満すぎる胸元を覗かせながら幸せそうに眠っている山田真耶の姿を見て、安堵の息をつくとともに“まだこの世界にいる”と安心感が躰を満たしていく。傍らに眠る少女のような女性にはだけていた掛布団をそっとかける。なんだか微笑ましい彼女の寝顔をしばらく眺めたあと眠れそうにないと立ち上がる。

だが、足に力が入らない――――いや、足だけではない。視界があらぬ方向に歪んでいたのも大きな要因だ。バタン、と何ともありきたりな音とともに躰がついに平衡感覚を失い倒れる。まったく理解できたない状況にもう一度立ち上がろうと力を入れてみるもうまく立つことができない。壁伝いになんとか躰を起こすも歪んだ視界は元には戻らない。そしてまたバタンと音を立てて今度は膝から崩れ落ちた。


「なんの音ですか・・・・って、ライ君!?」


起こしてしまったか。もう少し寝かせてあげたかったなとこちらを覗き込んでくる真耶の不安そうな顔をおぼろげに見ながらもう一度立ち上がろうとして畳に伏せる。遠くなる意識と声に手を伸ばす。


また、あの闇に沈むのか・・・・?


伸ばした手が掴まれたのか、はたまたそうでないのか。それすらもわからないままライは手を伸ばす。縋るように、求めるように。

それから、意識は途切れた。










簡単に言い切ってしまえば疲労。これまでに度重なる神経の使い過ぎに肉体が悲鳴をあげたらしい。傍らに座るシャルロットがそう伝えてくれたのを聞いてそうかと一言つぶやいた。それに不服そうに頬を膨らますかわいらしい少女を不思議そうに見返すといつもそうだねとそっぽを向いていかにも納得のいかない不機嫌な態度を取る。


「ライってさ、もっと周りを頼りにするべきだよ」

「頼りにしている。僕一人でなんとかできるとは思ってないさ」

「そうじゃないよ。抱え込んでるものがあるでしょってこと。悩んでるなら相談してくれればいいのに、いつもそうやってボク達に対して壁作ってさ。どうしてそう遠慮がちなの?」


言われても言えないことが多すぎる。ラウラや千冬ならともかく、こんなことは知るべきではない。だから――――


「実はクラブの調子が悪くって。どうやってもうんともすんとも言わなくって。学園の整備班もお手上げみたいで徹夜続きだったからかな」

「・・・・え、それで悩んでて挙句倒れたってこと?」

「こればかりは相談してもどうにもならなさそうだったから。頼らなかったというより、頼れなかったんだ。自分の機体のことだったから」


嘘をつく。しかもかなり苦しい嘘。これで理解されるとは思えない。自分でも何言ってるんだと情けなく思う。でも今はまともに思考が働かないこの状況でそれが精一杯だった。

さて、この少女はどう言葉を紡ぐのか。それを待っていると突然襖が開かれ金髪の少女が二人入ってきた。セシリアとモニカだ。


「ライさん、お加減はどうですか?」

「まだ少し頭がボーっとするけどそれ以外は問題ないよ。今日は確かISの――――」

「織斑先生からの言伝です。“たまには躰と頭を休めることもしろ馬鹿者”だそうです。本日のスケジュールは私達だけでの進行になりますのでどうかゆっくりお休みください」


・・・・さすがは織斑先生、といったところか。ほぼお見通しとは恐れ入る。


「了解。それなら僕はここにいることにするよ」

「そうしてください。あなたに何かあったらシャルル様が――――」

「わ~わ~わ~!!」

「シャルルさん、病室で騒ぐのは品格を疑われましてよ?」


顔を真っ赤にするシャルロット。ジト目で見るセシリア。からかうような、小悪魔てき笑みを浮かべるモニカ。

 いつもの光景だ。何一つ変わらない。ここが今僕がいる世界だ。


「そういうことですから、ライさんはお休みを。さ、シャルル様。お時間です」

「む~・・・・ライ、なにかあったらいつでもボク達を呼んでね?すぐに飛んでくるから」

「私もですわ。ライさん、お大事になさってくらださいね」

「ああ。ありがとう」


退室したことを確認して、モニタを展開させる。クラブのデータを見つつやはり目にとまるのはコアへの異常。これだけが頭に引っかかって離れない。これは早急に束さんに連絡すべきなのだが昨日の電話以来まるで出ない。多分、箒のことでいっぱいいっぱいなんだろうなと思うと何故か箒に木刀で殴られる束の姿がうかんで苦笑する。


「セカンド・シフト・・・・」


呟いてこみ上げてきた睡魔に身をゆだねることにする。ああ、またあの空間へ行かなければならないのか・・・・。


憂鬱な気分になりながらも、ライは意識を手放した。









 あたりが騒がしい。そう感じたのはいつからだろうか。意識がはっきりしない中、何事かと身体を起こす。するとクラブが報告をあげてきた。



報告:アメリカ政府より緊急要請。銀の福音(シルバリオンゴスペル)がコントロールをはなれ暴走。これによりIS学園現専用機持ちにて作戦行動を開始。未明白式、紅椿、ブルーティアーズ、甲龍、ラファールリヴァイブⅡカスタム二機、シュヴァルツェアレーゲンにて編隊を構成。作戦行動中白式大破、パイロット織斑一夏意識不明

報告:現在白式を除く専用機が再び行動を開始。命令違反により現在司令部混乱中。


どういうことだと呟く。一夏が意識不明。おまけに知らない機体の名前まである。機体の暴走に今まさに海上では戦闘が起こっている。なにがあったか、どうなっているのかは大体わかった。でも専用機7機を相手に健在している戦闘能力をもつ相手にどう戦う?

不思議なことに頭の中はすぐに戦術プランをくみ上げていた。戦闘というワードを感知した途端頭がクリアになり働き出す。なんとも単純な思考だと呆れながらクラブが映し出す映像を見る。衛星を勝手にハッキングしているあたりやっぱりあの人の作った機体だなと思う。

 映像を見て一言感想を言うのであれば無謀だ。これでファーストシフトだと言うのだから化け物だと思う。これに自分を入れた戦闘シミュレーションを何通りもやらせるも全て全滅に終わっている。それほどまでに次元の違う敵を前にして彼女達のやっていることはまさに自殺行為に他ならない。これでは死ににいくのと同じことだ。

勇敢であることと無謀とでは違う。なにがあったのかは大体のところでしかわからないが、このような選択を選ばせるほどの何かが彼女たちの中であったのだろう。それをしることはできないが予想はつく。

 ともあれ、あのままでは勝ち目はない。なら、少しでも勝率が高い方がいいとライは立ち上がる。身体がしっかりと立つ。力が入る。まだ少し疲労はあれど、やれる。戦える。



報告:セカンドシフト完了。パイロットバイタルレベルイエロー。許容範囲内と判断。

   コアバイパス確認・・・・システム正常稼働。武装、各部問題なし。

   OSシステム稼働。機体展開準備完了。


クラブが意志と呼応し準備を完了させる。こういう時の相棒の存在はなんとも心強い。そして、“その中に感じるもう一つの存在”もライは意識を向けた。


「君かC.C.(シーツー)?」


“記憶”の中から“知識”として引きだされた名前を口にする。すると目の前にフォログラムの全長30cmほどの大きさの緑色の髪をした白い装飾に身を包んだ美しい少女が現れた。


〖気が付くのが遅い。いったいどれだけ待たせたと思っている〗

「愚痴ならあとでいくらでも聞く。それより、」

〖せっかちな坊やだ。だが行く前にまずは襖の向こうで聞き耳を立てている小娘のことをどうにかした方がいいぞ〗


C.C.に言われて襖に手をかけ、開く。するとそこには緑色のショートカットに眼鏡の山田真耶が立っていた。どうやら自分の容体を見に来たらしい。話を聞かれたかと思ったがそうでもなさそうであたふたしながらも自分を押し倒さんとするばかりの力で部屋の奥へと追いやる彼女に抵抗しようと踏ん張る。


「どいてください先生。僕はいかないといけない」

「ダメです。ライ君まで命令違反して怪我するなんて認められません!ここにいてください、すぐに教員部隊が鎮圧に――――」

「それじゃ間に合わない。今でもみんな満身創痍で戦ってる。このままじゃ皆が死んでしまう!お願いです先生、どいてください!」


それでもなお食い下がる真耶。気持ちはわかる。気遣ってくれているのも、教師として生徒を危険なめに合わせたくないのも。彼女は優しい。でも、その優しさは今は障害となる。だから――――


「・・・・わかりました。僕はここにいます」

「ライ君・・・・わかってくれた――――」

「だから、あなたは司令室に戻ってください。僕はここで休んでいる。動いていない。・・・・いいですね?」

「・・・・はい。では、失礼します」


抑揚のない声で立ち去る真耶の背中を襖で遮られるまで見送る。また、嘘をついた。


〖ほう、ギアスまで取り戻しているとはな。記憶の方はかなり戻ってきているのか?〗

「思い出せたのは君とこの力だけさ。どんな関係だったか、どんなものだったかはまるで覚えていない。だが、使い方だけは思い出せた。それだけさ」


淡々というライにC.C.は小さく笑う。縁側から外にでて、機体を呼び出す。光の粒子が散り、身体にまとわりついて再構成される。


〖武装各部確認終了。新ユニット動作確認。腕部ユニット輻射波動機構・・・・展開以上なし。背部エナジーウィング、正常稼働。システムオールクリア。ランロットクラブ“トランプル”。起動確認終了〗


ハイパーセンサが稼働し瞳に明かりがともり、世界が見渡せるようになる。背中の二対の翼が広がり、身体が重力から解放され浮かぶ。次の瞬間には青い光の粒子を散らしながら空へと舞いあがっていた。躰にかかるGの負荷に歯を食いしばると遥か前方を見据える。

なにがどうなるかはわからない。勝てるかどうかなんて知ったことではない。

肝心なのは生き残ること。誰一人としてかけることなくもう一度ここへと戻ること。それが最終目的だと自身に言い聞かせ、


蒼き騎士は、空を駆けた。  
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