永遠の空～失色の君～

「････っ！」


昼休み。廊下を歩いていたらいきなり頭痛に見舞われて頭を抱える。身に覚えのない痛みに混乱しながらも僕の意識は突如遥か彼方へといざなわれた。

　頭上にはいつもとは違う曇天。眼下には破壊された建物と、山のように倒れている人間の躰。感じるのは焦げ臭い火薬と血の生臭さ。積み上げられた死体はさっきまで生きていた命の抜け殻たち。どれもこれも見覚えのないものばかりだ。


（これは････僕の記憶なのか？）


背景がこの世界とは少し異なる。これはいったいなんだ････？


――――――これはおまえ自身の過去。そのうちの一つだ。


「誰だ！？」


急に話しかけられて振り返る。人の気配はないものの、たしかになにかいる感じはある。えたいのしれない出来事に困惑しつつ危機的状況に対処できるよう、神経を張り巡らせる。

頭の痛みはいつの間にか消えていた。


――――――ようやく私の声が聞こえたか。強情だな。


「その声････セシリア？」


――――――なんだそいつは？それよりも、面白いものが見れるぞ？


「面白いもの････？」


いつもと雰囲気の違うセシリアの声に違和感を抱きながらも言われた言葉に少しの寒気を感じる。僕の中の何かが警報を鳴らした。


「いた、ライ！」


シャルルだ。なにやら血相を変えて走ってきているのを見る限りよほどの用事なんだろう。ただ事ではなさそうだ。


「大変だよ！アリーナで鈴とセシリアが････！」

「セシリア？彼女ならさっきまで僕と通信で････」

「え？そんなはずないよ。だって今アリーナで戦闘してたし、そんな余裕ない･･･って、こんなことしてる場合じゃないんだ！とにかく来て！」


シャルルに手を引かれて速足にアリーナへ向かう。この急ぎよう････どうやらかなりの緊急事態になようだ。






















◇




















アリーナの内部は殺伐とした空気に包まれていた。見守る生徒達からは不安と恐怖の色がうかがえる。

戦っているのはセシリアと鈴。観戦している箒と一夏に並び、その様子を見る。


「ライ！」

「一夏、これはいったい････」

「わかんねぇ。俺もさっき箒につれてこられて････」


その時、ひときは大きい音が鳴った。何かが折れるような、砕けるような音。


「鈴!!」


箒の声は悲鳴のようにとがる。双天牙月が折れ、ラウラのプラズマ手刀が装甲を破壊する。



＊
状況：僚機“甲龍”ダメージレベルC。パイロットバイタル右腕打撲。戦闘続行不可能。
　　：僚機“ブルーティアーズ”ダメージレベルC。パイロットバイタル左腕打撲。戦闘続行不可能


強い。第三世代機、しかも代表候補生二人を同時に相手してこの圧倒的な力の差。これほどまでに一方的な試合は見たことがない。



「口ほどにもないな。やはりあんな種馬を取り合うような小娘共にこの私が負けるはずない」



そして絶対的自信。ゆるがないその強さは気高く、危険。動けない二人をなおも一方的に殴りつけるラウラに、とうとう一夏の堪忍袋が切れた。

機体を展開して零落白夜でシールドを切り裂きラウラへと向かう。しかしその刃は直線的。シュバルツェアレーゲンの特殊装備であるAIC（アクティブ・イナーショナル・キャンセラー）の恰好の獲物だ。物体を展開したシールドにより動きを完全に止めてしまうその能力は一夏と白式にとってもっとも相性の悪い相手だ。

零落白夜はたしかに強力だ。だが使用している間は能力維持の為エネルギーは消費してしまう。このままでは一夏も二人と同じように････―――――

　そう考えた瞬間、脳裏にまたあの光景がよぎった。

積み上げられた死体。地面をそめる真っ赤な液体。冷たい空。鼻にこべりつく生臭い臭い。全てが目の前の光景とフラッシュバックのように重なり、僕の中のなにかを駆り立てる。

思考よりも身体が動く。シャルルと箒が制止するのも聞かず、僕はクラブを纏ってヴァリスをラウラに向けてはなった。こちらに気づいたラウラは光弾を回避、距離を置いてにらみ合う。


「････一夏、二人を連れて医務室へ。その隙の時間は僕が稼ぐ」

「なに言ってんだ。あいつには一人じゃ無理だ。俺も一緒に戦う」

「ダメだ。今の白式にはエネルギーがない。最優先ですべきことは鈴とセシリアを一刻も早く医務室に連れてくことだ。その点、クラブよりも白式の方がスペック上の速さは上。のこったエネルギーで瞬間加速を使えば行ける。だから――――――」

「ライだけにやらせられるかよ！俺だって二人の仇を―――――」

「織斑一夏」

「え････？」

「…聞こえなかったのか？私はおまえにふたりを連れてさがれと言ったんだ････」


自分でも驚くほど冷たい声で僕は一夏に言う。なぜこんなことを言ったのかはわからない。でも、ただみんなを守りたくて言ったのはなんとなく覚えている。このときの少し怯えた一夏の顔も、一瞬その場の空気が重く張りつめたのも。


「････ごめん。でも、僕ができるのは時間稼ぎくらいだと思う。二人をきっちり預けたら、すぐに援護にきて」

「････ああ。すぐに戻る！」


一夏が二人を担いでアリーナから出るのを確認し、再び全意識をラウラに向ける。


「待ってくれるとは思わなかったよ」

「だれが来ようと変わらん。私が勝つ」


あの目。覚えがある。それがなんなのかはわからないけど、今のラウラはかなり危ない。放っておけば、いずれ彼女は････！


「来い、蒼月ライ！優れているのは貴様か私か。この場で白黒つけてやる！」