「んで、手伝うことにしたわけか」
「うん、なんか久しぶりじゃない?こういうの」
「確かに、最近はメンバー的にも安定してきてたしなぁ」
翌日、22層の森の家で偶然アスナと顔を合わせたリョウとキリトは、そんなことを話していた。
話題は勿論、本日行われるスリーピングナイツとアスナによるボス攻略作戦である。
「うーん、そうか。ボス攻略……か」
「?キリト君?」
と、すこし考え込むように顔を伏せたキリトに、アスナが首を傾げる。しかしすぐに彼は顔を上げると、首を左右に振りながら微笑んで言った。
「いや、何でもないよ」
「ふーん、変なの」
その表情に安心したのか、笑いながらそういったアスナはしかし、不意に困ったような顔をすると、若干苦笑気味に言う。
「あー、でもこれみんなに話しちゃったのは失敗だったかもってさっき思った」
「え?」
「なんだそりゃ?」
キリトとリョウが首を傾げるのに対して、アスナはなにやら恐縮したように答える。
「実はSNSでこの話みんなにしたら、メッセ使ってみんなpotとか凄く沢山くれて、ちょっと余計だったかなぁって」
「はっ、馬鹿言え。お前のこった。いつものメンバー以外とボス攻略なんつー大それたことすんのが、なんとなしに申し訳ねーとかなんとか思ってわざわざ報告したんだろうが」
「う……」
「アスナがそう思ってた事くらい、みんな察してるさ。それも含めて応援だったんだよ、きっと。ありがたく受け取っとこうぜ」
リョウの言葉を引き継ぐようにキリトが言うと、アスナは少し悩んでからやがて嬉しげに微笑み、頬を赤らめた。
「うん、じゃあ、そうする」
「さて、と、けどそうすると俺達からは何送る?兄貴」
「そうさな……なんか相応じゃねーとなぁ……」
「わあああ!だから良いってば!もうっ!わざとやってるでしょう!?」
大慌てになって言うアスナを、リョウとキリトはやはりと言うべきか、笑いながら見ていた。
「いやあ、やっぱお前楽しいわ」
「からかわないで!」
いつも通りのやり取りをしながら、アスナはやがて並行していたアイテムの整理を終え、立ち上がった。
「よしっ!それじゃ、行ってくるね!」
「ああ、朗報待ってるよ」
「ぶちかまして来い!」
「ママ、頑張ってください!」
「うん!」
二人と、不意にキリトの肩に乗って居たユイの声に後押しされるように、アスナは森の家から飛び立った。
「んー……なあ兄貴、どう思う?」
飛び去っていくアスナの後ろ姿を見えなくなるまで眺めていたキリトがリョウに問う。リョウは頭の後ろに手を組ながら、首を傾げた。
「どうって?絶剣とアスナの事か?それとも……」
「ああ、ボス攻略の話だよ」
リョウの視線の先では、キリトが思案顔で腕を組んでいた。ふむん、と唸ると、リョウはキリトに問う。
「確か、
戦騎馬の盾の連中だったよな?」
「ああ、ユイ」
「はいパパ」
ココ最近、ALOのアインクラッド攻略に置いて一つ、噂になっている問題があった。とある大手の攻略ギルドによって、ボス攻略が専横されていると言うのだ。
キリトの言葉に答えるように、キリトの掌の上に乗ったユイが、ネット上の情報を纏めた説明を始めた。
「現在攻略を行っているのは、主にアインクラッド攻略をメインとした大型ギルド、
戦騎馬の盾を中心とした攻略ギルド連合ですが、現在攻略パーティの固定割合が少々高いです。具体的には、以前ママ達が中心になって攻略を行った第21層攻略作戦以降のデータを見てみると、フィールドボス等のネームドmob攻略の殆どの攻略メンバーが、戦騎馬の盾メンバーで構成されています。また、インターネット上でも彼等のやり方には少々不満を覚えている所もあるようで、他のギルドや攻略パーティの偵察を当て馬に、盗み取るような攻略をしている等と言う噂も経っています」
「ふーん……」
一息に話し終えたユイをキリトが指先で撫でるのを見ながら、リョウが腕を組んだ。
「ユイ、そいつ等、一回で攻略成功してんの?」
「え?あ、はい。データを見ると……はい。一度での攻略成功例は多いです」
「ボス部屋に入らずに、ボスの動きを知る手段ってのは有るよな?」
「はい、主に闇魔法に属するもので、
盗み見やそれに属するアイテム、スキル等を使用すれば可能です。でもそれには……」
「そいつ等にばれないようにその魔法を掛ける必要がある。ユイ、ボス部屋前で、そのギルドメンバーと接触したって話は無いか?」
「え?えっと……いえ、そう言う情報は……」
「まぁ無いか。けど……」
「可能性はあるなぁ……」
苦笑して方をすくめたキリトに、リョウがふん、と鼻を鳴らす。
「?」
「
隠蔽系魔法で隠れながら、ボス部屋前での
再支援魔法の時に紛れ込ませる形で
盗み見。その後そいつ等が撤退してから即メンバー集めて戦闘っと。大方そんなところか」
「あぁ」
元来、ALOのアインクラッドボスと言うのはSAO時代に比べて非常に強化されてるのが特徴の一つである。其れがどう言う事かと言うと、詰まる所「偵察なしで一発クリア」等「ほぼ不可能」な筈なのだ。にもかかわらず、やたらしょっちゅう一発クリアすると言うのは、どう考えてもおかしい。恐らくネット上の噂は其処まで間違ってはいないのだろう。
「ったく小狡い事考えてくれちゃってまぁ……」
「別にそう言う事しても、何れはばれるけどな……うーん、今回もすると思うか?」
「十中八九するだろ。そういう連中は一回成功すると味を占めるもんだからな。てか、其れが分かってっから今俺に話してるんじゃねぇの?」
「まぁ……そうなんだけどさ」
ニヤリと笑って言ったリョウに苦笑しながらキリトは返した。元々、此処まで話した事は恐らくキリトも承知の上なのだ。
「で?どうすんだ」
「あくまでも、アスナ達の攻略だし、あんまりギリギリまでは手出ししたくないんだけどな……もし揉めるようなら、出来る事はしたい」
真剣な顔で言うキリトに、リョウはニヤリと笑った。
「そうすっとイージスの連中に喧嘩売る事になるよなぁ」
「パパ……」
リョウの言葉の意味を察したのだろう。ユイが不安そうにキリトを見ると、彼は困ったように笑ってリョウの問いに答える。
「けど、其れをまかり通らせたままじゃ、今回のアスナの攻略は恐らく成功しない。アスナも楽しそうだし、それに水を指すような事させたくなくてさ……」
「うはは。妻の為なら大手のギルドに喧嘩売るか。いいねぇそう言うの。盛り上がりそうじゃねぇか」
「…………」
リョウは笑いながら言うが、ユイの不安そうな表情は消えてはいない。
と言うのは、キリトの言う事が詰まる所、「力ずくでもアスナ達をボス部屋に届ける」と言う意味合いで有り、それのためであれば、何かしらの迷惑行為を働いているかもしれないイージスと力づくでぶつかることもあり得ると言う意味である事が、彼女にも理解出来たからだ。
元来ALOは、中立域に置いては全てのプレイヤーは他のプレイヤーを無条件に攻撃する事が出来る。と言うハートフルな世界観にしてはハードな部分を持っている。だが実際の所、大手ギルドのメンバーを攻撃しようと思うなら其れなりの“覚悟”が必要だ。其れは仮に彼等にその場で勝利しても、ギルドぐるみの報複の可能性があったり、外部コミュへの恨み事の持ち出しなどが発生する恐れがあるからで有ったりと色々な理由がある。
しかし……
「まぁ、今回ばかりは、向こうにも非があるからな。上手く話は付けるよ。それにこう言うのだって、立派なALOのプレイの仕方なんだ」
「そう言うこった。まぁ安心しろとはいえねぇが、俺もキリトもこれでも立派な廃人一歩手前ゲーマーだからな。この手の事に対処すんのは慣れっこだからよ。まかせとけって、ユイ坊」
「……はい。パパ、叔父さん……」
まだ迷うような様子は有ったが、そう言って、ユイは小さく頷いた。
実際の所、キリトの言う事は正しい。
イージスのように、非マナー行為すれすれの事をしてでも、力技でボスを攻略しようとするのもALOの楽しみ方。アスナ達のように、失敗覚悟の無茶なボス攻略に乗り出すのもALOの楽しみ方なら、恋人の為、いつもの無茶を使って、自らの不満を大きな相手に剣を持って訴える事もまた、ALOの楽しみ方の一つなのだ。
「さて、ならどうする?俺らだけでやるか?」
「いや、どうせなら……いつものメンバーでどうだ?」
「おっ。いいねぇ……早速メッセ送ってみるか」
ニッと笑ったキリトにリョウが二ヤリと笑って、二人は相談を始める。危険な兄弟の、危険な相談が始まりつつあった……
────
「……っ」
アスナは今、八方塞がりの状態となりつつあった。
彼女の眼の前には、鎧馬に盾、と言うエンブレムをあしらったギルドのメンバーを中心とした、24層ボス攻略を目的とした
連結パーティ21人余りが立っている。現在彼等は、このボス部屋前をボスの攻略準備と言う名目で封鎖……というか、占領しているのである。
少々の交渉の後理解出来た事は、彼等がこの場所を退くつもりが一切ないと言う事と……
『アスナ、ぶつからなきゃ、伝わらない事もあるよ』
そう言って剣を取り前に出た、ユウキ達の持つ剣士としてのゆるぎない信念だ。
一片の迷いも無く大規模ギルドに対して刃を向けた彼女達の姿勢から、アスナは現実世界のいざこざで無くし欠けていた、無用なしがらみにとらわれ続ける事のない、剣士としての精神を思い出していた。
もしこのVRワールドですら報復やしがらみを気にして剣を振るう事が出来ないのなら、そもそもVRMMOをプレイする意味すら無いではないか。
「何のためにこのゲームをプレイするのか」重要なのは其処なのだ。それが理解出来たとき、半ば無意識の内にアスナは剣を取り、ユウキ達の隣に立っていた。
そうして二つの戦力が今にもぶつかろうと言う時……予想できる最悪の現象が起きた。前方に展開していたレイドパーティのもう方割れ。28人が、援軍として到着してしまったのである。
実に彼我の人数差、42人。此処まで差が開いてしまうと、まして囲まれてしまうと、もう剣や槍ではどうにもならない。前方の部隊を突破してボス部屋に入り斬るよりも前に、後方部隊から放たれる魔法や弓の連打と、掠った近接武器のダメージで体力を削り斬られてしまうからだ。
とは言え、既にお互いの戦闘態勢は確定してしまっているのだ。今更降伏や温情を求める事は有りえない。こうなってしまっては、最早全員果てるまで、自らの剣と誇りを持って戦い抜くしかない。そう考え、アスナとナイツメンバーは全員次の層は必ず攻略すると言葉にする事無く誓い合いながら、頷きあい、円陣を組んだ。
あくまで諦める様子を見せないアスナ達に業を煮やしたように、後方集団を率いていたケットシーのクロー使いが、やや歪んだ笑みを浮かべる。
「往生際悪ィん……」
が、其れを言い終わるよりも早く……彼等の想像の右斜め上をぶち抜く事象が、“一斉に”出現した。
「え?あ、あれは……!?」
「え?」
初めに其れを見つけたのは暗視能力に長けた
影妖精である、ノリと言うナイツの女性メンバーだった。
指を指した先に全員の視線が向いた時、彼等は三つの人影を見た。
一つは彼等に向けて地面を失踪してくる深緑色の影、そしてもう二つは、彼等に向けて「壁を走って来る」黒と若葉色の影だ。
壁を走っている仕掛けは、恐らく軽量妖精専用の共通スキルである、
壁走りだろう。軽量妖精に分類されるのはケットシー、ウンディーネ、インプの他に、スプリガンとシルフが居る。と言う事は接近中の二人はその種族の内の誰かなのだが、其れが誰なのか考えるまでも無く、アスナにはやってきた者が誰であるのか、二人は確実に、一人はおぼろげに、予想が付いていた。
本来10m程度しか走れない筈のその技能を、恐るべきダッシュスピードによって30m以上も持たせている二人はそのまま、後方集団の上を通過して此方に迫って来る。しかしならば彼等二人は良いとして、後の一人はどうやって敵に囲まれた自分達の元へ来る気なのか、そうアスナが思った時には、後方集団の向こう側で、ダンッ!と言う踏切音のような音がした。
まさか、と彼女は天井を振り仰ぐ。
とは言え、今更な事ではある。彼等の行動関して、“まさか”等無いのである。現に彼女の想像通り、一人の青年が30人近くの集団の頭上を“跳び超えて”迫って来ていたのだから。
やがて彼等はアスナ達と後方集団の間に降り立つと、壁を疾走していた黒と若葉色の少年はブーツから火花を散らし、青年は着地と同時に自らの得物を地面に突き刺して急制動を掛けた。青年がそんな本来なら武器の耐久値を大きく削る羽目になるような芸当を出来るのは、彼が自らの武器がそんな事では毛ほどの傷も付かない事を知っているからだろう。
左に降り立った若葉色の少年は、緑色を基調とした上下揃いのパンツとシャツの上に、小型のブレストプレートと軽い肩当て、肘当てをあしらっただけの軽量装備。
右に降り立った深緑の青年は、全身を深い緑色の浴衣に身を包み鎧の類は一切身に付けない和装、しかして、その浴衣自体が、高い防御能力を誇る鎧である事を、アスナは知っている。
そして、中央に降り立つ漆黒の少年は、昔から変わる事の無い、黒のレザーパンツに黒のロングコート。
其々の得物は、短剣、長剣、両手槍……否、薙刀。
制動がある程度の所まで達した時点で彼等はそれを腰から、背から、地面から引き抜くと……
ヒュン!!と威圧するように、最低限の装飾のみが為された実戦的な短剣を持って空を切り裂き……
ダァンッ!!と、全てを睥睨するような圧倒的な存在感を持つ青龍偃月刀を、勢い任せて地面に叩きつけ、地を揺らし……
ジャリィン!!と、白い龍の装飾が為された鞘から、うす青い刃の剣を地面に突き刺し、周囲の刻を凍りつかせた。
その凄まじく、そして余りに現実離れした迫力に、前後方全ての部隊が二歩ほど後退し、黒衣の少年が言った。
「悪いな、此処は通行止めだ」
────
回廊に響き渡った声が全員を絶句させた後、たっぷり5秒置いて、前方の部隊を指揮していたサラマンダーだった。未だに信じがたい物を見るような顔をしつつも、やや落ちつきを取り戻したような口調で言う。
「おいおい……アンタらがつえーってのは分かるがよ……流石に人数差的に無理じゃねぇ?」
「いやあ、どうかな。まあ、取りあえず試してみれば分かるんじゃないか?」
「いや無理だと思うんですけどぉ……」
サラマンダーの言葉に不敵な笑みで答えたスプリガンの少年……キリトの言葉に、彼の後ろで
風妖精の少年……レコンが、泣きそうな声で言った。実際の所、表情も今すぐに泣く五秒前だ。
登場はかっこよかったのになぁ。とアスナが苦笑気味に思って居ると、その緩んだ雰囲気を少し締めるように張った声で、サラマンダーが言った。
「はは、そりゃあそうだ。んじゃ数の暴力をプレゼントだ。メイジ隊、やれ」
パチンッ、と彼の指がなる。すると、後方に待機していたメイジ部隊が、一斉に詠唱を始めたのがアスナにも分かった。
反応といい、詠唱の速度、滑らかさと言い、やはり現行最高難度のALOボスに挑もうと言うパーティーなだけあって、相当な錬度を誇るらしい。一瞬、アスナも展開していた腰の剣を抜いて手助けをしたい衝動に駆られたが、前方に居るメンバーが少しでも此方が動けば突撃してきそうな気配を滲ませている為に、動く事が出来ないで居る。
と、不意に少しだけ、キリトが此方を見たのが分かった。少しだけ見せた不敵な笑顔。彼にとっての兄にもよく似た其れを一目見て、アスナは察した。
「っ……」
「ユウキ、平気だよ」
「えっ?で、でも……」
「大丈夫。キリト君達なら……」
言い終わるよりも早く、一斉に発射された七つの魔法弾が火線を引きながら空中に伸び上がる。後方集団の頭上を越えた魔法弾の群れは、一斉にキリト達目がけて殺到し……
「キリト、行けるか?」
「あぁ」
青年……リョウがそう言うのと同時に、キリトが突き刺さった
長剣を引き抜き右肩に担ぐように構えた。燃えるような深紅のライトエフェクトが剣に宿り、上位ソードスキルの発動を告げる。既に回避も出来ない状況下で、剣を構えて何のつもりなのかと、その場にいたほぼ全員が疑問の表情と共に彼を見た。そして次の瞬間……その疑問を持った全員が、表情を驚愕へと変えた。
閃光と轟音が辺りを満たした後、キリトやリョウ、レコンのHPは1ドットたりとも減ってはいなかった。何故なら打ち出された魔法の全ては、着弾する事無く空中で四散……より正確には、キリトによって“切り裂かれた”からだ。
「うっ……そぉ……」
超速の剣技を誇るユウキ以下、其々がかなりの強さを誇るナイツメンバーでも、これには驚愕を禁じ得なかったらしい。まあ気持ちは分からないでもないが、キリトとリョウ、このアスナ的には全MMO中でも最強の兄弟と付き合っていくのに、この位のことで驚いていたのではやっていられない。
システム外スキル
魔法破壊
旧アインクラッドでキリトが得意とした、「武器の脆弱部位にソードスキルを正確に命中させ叩き折る」と言う強力なシステム外スキル、
武器破壊を応用する形で彼が編み出した、真に神業とも言うべきスキルだ。
元来ソリッド……つまり、個体的な実態を持たない魔法エフェクトには、中央一点のみ……つまり殆どドットとなる部分に、唯一の「当たり判定」に当たるものがある。
移動するその部分に……純物理では無く属性効果を持った、ただし速度が制御できず、機動も制御しにくいソードスキルをぶつける事で、魔法とソードスキルの威力を対消滅させる。というこのスキルの難易度は、はっきり言って実際にやってるキリトなどのメンバーが居なければ、「絶対に不可能だ」と断言しただろう。
ちなみに現在アスナが知る中でこの魔法破壊が出来る数少ないメンバーは、今アスナの目の前に全員集結している。
即ち、キリト、レコン、リョウの三人だ。といっても、リョウの場合は、得物が取り回しの悪い長物であるため、5発以上の連続技で成功した事は無い。対しキリトは10発、レコンは7発までなら連続で迎撃でき、レコンに関しては、ちょっとした小技なども身に着けていたりする。レコンが成功させた時は、リーファが非常に悔しそうにして居たのは記憶に新しい所だ。
そんなこんなで行われる魔法破壊、彼等全員、アスナが知る限り殆ど身内でしか練習しない為、恐らく公の場で晒されたのはこれが初めてだろう。現に回廊に居る50人以上の人間は、その殆どが完全に絶句している。
「おいおい……マジデスカ」
先程攻撃を指示したサラマンダーの言葉に続くように、回廊がざわついた。
とは言え、不足の事態に対する対応の早さは、ゲーム攻略の必須技能の一つだ。SAO時代から変わらぬその技能を彼等は当然のように持っていて、そのざわつきはすぐに収まり、彼等は各々の得物を手に取り始める。この辺りもまた、流石に攻略ギルドの一つと言うところだろう。
後方のスペル詠唱が始まった時点で、キリトの隣にレコンが並び立ち、一度深呼吸をした後に、先程までとは打って変わった真剣な表情で敵集団を見据える。
キリトもアスナに一瞬振り向いて素早く頷き掛けると、親指でボス部屋の方を指して即座に正面を向き直す。当然「行け」のサインだが、一瞬だけ、アスナは迷った。
いくらキリトやレコンが強いと言っても、後方にいるのは30人近い人数の大所帯である。これらを、一体どの位抑えられると言うのか……本当なら、自分だけでも彼の隣に……そう思ったとたん、突然、アスナの隣からいやに面白がるような声がした。
「まぁそう悲壮感のある顔しなさんな。騎士姫さんよ」
「わっ!?リ、リョウ……」
隣に立っていたのは、いつものようにニヤリと笑ったリョウだった。冷裂を持ったままアスナの隣に立ち、前方集団を見据えている。
「リョウ、向こうは?」
「あ?あぁ、打ち合わせでな。俺はお前らの突破の手伝いだ」
「で、でも後ろキリト君とレコン君の二人だけじゃ……!」
援軍として来た三人の中で、最も範囲殲滅力に優れているのは間違いなく最大の攻撃力と攻撃範囲を持つリョウだ。その彼をわざわざ前方突破に付けたら、ますますキリト達は苦しくなる。
「いやいや、今の彼奴なら問題ねぇよ」
「問題無いって……」
「……お前、さっきこっち向いた時、彼奴の顔見たか?」
「え?」
先程と言うと、此方に頷いた時だろうか、一瞬だったので、よく見えなかったが……
「忘れてやんなよアスナ。彼奴、お前を背中か隣に置いてる時は……すげぇ
本気な顔してんだぜ?」
「…………!」
無意識に顔が少し朱くなるのが、自分でも分かった。
其れと同時に、後方から涼やかな音がする。
『あぁ……』
いつの間にか後ろにいるキリトの背には、二本目の鞘が装備されていた。其処に収められた金色の柄を彼は手に取ると、一気に其れを引き抜く。
皆が協力してスリュムヘイムへと潜りようやく手に入れたこの世界で最強を誇る
伝説級武器……《聖剣エクスキャリバー》
その剣を携え、滅多に見せる事の無い二刀を装備した彼の背中は、この世界の誰よりも、何よりも頼もしく見えた。
その圧倒的な威圧感は後方の集団にも伝わったらしく、ジリ……と音を立てて彼等が後ずさる……と同時に……
「うおりゃああ!!」
「着いた着いたー!」
「はぁ……」
「遅くなりました」
後方集団の更に向こうから、聞きなれた声がした。突然の登場に後方集団のメンバーも動揺し、何人かがスペル詠唱を止めてしまったようだ。
後方集団のお陰で見えないが、その声だけでアスナは向こうに現れた人物達の正体を悟る。
「お、やっと来たか彼奴等」
「もしかして、リョウが呼んだの……?」
「ん?おう、そりゃお前、あのメンバー全員と共通点が案のは俺くらいだろ?特にヒョウセツとなんて、お前らあんまり接点ねーじゃん」
そう、後方に現れたのは、クラインに続き、アイリ、アウィン、ヒョウセツと言う、なんとも妙な……それでいて、全員が一人の青年を共通点として終結出来るメンバーだった。
その仕掛け人であるリョウは、アスナ横で再びニヤリと笑うと、冷裂を担ぎ直す。
「さて、これで後顧の憂いは消えたろ?」
「……うんっ、皆!向こうは大丈夫、私達は正面を突破しよう!此処にいる私の友達も手伝ってくれるから、一気に突破、行くよ!」
「よろしく頼むぜ~」
完全に置いてきぼりを喰らっていたナイツメンバーは、一度全員が顔を見合わせると、一斉にコクリと頷いて眼前の集団に向けて武器を構える。前方集団のメンバーはまだ状況を把握しきれてはいないようだったが、それでも武器を向けられると全員が即座に迎撃態勢を取った。
「アスナさん……」
「うん、後方の集団に居られると時間が無駄だし……私とリョウのツートップで一気に突破するから、すこしお願い出来る?シウネー」
「はい、ですが……」
シウネーと呼ばれた、ゆったりとしたカソックに身を包んだ水妖精の女性プレイヤーは、不意に困ったようにリョウを見て言った。
「そちらの方はパーティ登録をしていませんから回復の範囲外です……平気でしょうか……?」
「え?あぁ、それなら大丈夫」
アスナは苦笑すると、腰からレイピアを引き抜いて言う。
「多分、誰も彼には近寄れないから」
────
パチクリと瞬きをしたシウネーの後ろで、大音響とライトエフェクトが弾ける。後方軍の戦闘が始まったのだ。
アスナは苦笑を即座に真剣な表情に切り替えると、全員に向かって怒鳴る。
「行くよ!」
言うが早いが、リョウを先頭として楔形の陣を組み、ナイツのメンバーは一斉に突進を始めた。前方からは、土妖精(ノ―ム)の隊長を中心とした集団が、雄叫びをあげて突っ込んで来る。
「んじゃ、行くぜぇ……」
リョウは突進と共に、冷裂を頭上へと持って行き、緩やかに回転し始めた、其れはやがてライトイエローのライトエフェクトを纏い、リョウの頭上で乱回転を始め……
「おぉぉぉ!!」
「らぁぁぁぁ!」
雄叫びをあげて突っ込んできたメンバーを……
「亜ァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!」
「へっ?」
「うぇっ?」
吹き飛ばした。
「はっ?」
「ちょ、ま」
「アアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」
其れはまさしく暴風の如く。
リョウの頭上で右へ左へと傾きながら回転する冷裂にプレイヤーが当たる度に、重装備の者は後方へ、軽装の者は跳ね飛ばされるように中に向けて吹き飛ばされ、針路上にある一切合切が、竜巻のようなその暴力によって切り刻まれて行く。
薙刀 九連撃技 斬傘車《きりがさぐるま》
「ァァァァァァ圧ッッ!!!!!」
最期に、ヴンッ!!!と大きな音を立てて冷裂を正面に一閃。針路上に居たレンジャー装備の何人かが吹き飛び、回復の暇も無く空中でエンドフレイムをまき散らして消える。
「な、な……」
混乱した後方のメイジ・ヒーラー部隊に追い打ちを掛けるように……守りの薄くなった中央を、一条の白い流星が貫いた。
流星は針路上に居た戦士職の群れをリョウと同様、吹き飛ばしながら一気に突き進み、メイジを二人ほど吹き飛ばした後、集団の後方に靴底で火花を散らしながら停止する。白い光の中から水色の髪を揺らして表れたのは、当然のようにアスナだった。
「…………」
「さっすが狂治癒師(バーサークヒーラー)」
「あぁもう!その呼び方は止めて!」
細剣 最上位長距離突進技 《フラッシング・ぺネトレイター》
発射に長い助走を必要とする代わり、非常に高い威力と滑空距離(本来は突進距離だがこれ以外言いようがない)を誇る、レイピアの中でも最上位に位置する剣技の一つだ。
軽口を叩いてアスナは苦笑し、リョウはニヤリと笑う。
絶句するメイジ達に、リョウは笑みを浮かべたままで言った。
「さぁ諸君……旅立つ準備は、出来たかね?」