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雲は遠くて

作者:いっぺい
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49章 きみなしではいられない

49章 きみなしではいられない ( I Can not do without you )

 8月10日、日曜日。台風第11号が、西日本を北上する影響で、
東京は強い雨や風に荒れた天気である。

 こんな悪天候であったが、渋谷では地元の話題にもなっていた、
ライブハウス、サニー(sunny)のオープニング・パーティーが始まっている。

 サニーは、渋谷駅ハチ公口から徒歩で5分、センター・ビルの5階の
ワンフロアにある。

 キャパシティ(収容能力)が、スタンディングで1000人、座席数は250という、
都内最大級のライブハウスであった。

 サニーは、弱冠31歳の新井竜太郎(あらいりゅうたろう)が副社長の、
外食産業大手のエターナルの事業のひとつであった。

 多彩な音楽やコンテンツ、飲み物や食事、ダンスも踊れる広いワンフロア、
サニーでは、上質なエンターテインメントの提供をコンセプト(テーマ)に、
新しいライブハウスの形を実現している。

「しかし、男女の仲っていうのは、いつ(こわ)れてしまうのかって、
わからないものですよね。信也さん」

 岡昇は小さな声で、隣の席の川口信也にそう(ささや)いた。
岡昇は早瀬田(わせだ)大学、商学部、1年、19歳。大学公認の
サークル、ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の会計でもある。

「ちょっとしたケンカで、すぐに仲直りってこともあるけどね。
竜さんと麻由美ちゃんの場合は、どうなんだろうなぁ。
おれには、竜さん、麻由美ちゃんにフラれちゃったよなんて、
言っていたけど、真相はわかんないよなぁ」

 そういうと信也は、生ビールをうまそうに飲むと、
岡と目を合わせて、ちょっと困った顔をして、わらう。

「わたしたちの場合は、ケンカしてもすぐに仲直りよね。
ねっ、岡ちゃん!きっと相性がいいのかしら!?うっふふっ」

 岡の右隣には、岡と交際している南野美菜(みなみのみな)がいた。
美菜は、早瀬田(わせだ)大学、商学部、4年、22歳。
ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の部員である。

「岡ちゃんと美菜ちゃんのカップルって、いつも楽しそうでいいな!
わたしと(しん)ちゃんの場合だと、ケンカになったりしたら、
きっと、1週間くらいは、仲直りできそうもないもん!」

 向かいのテーブルの岡と美菜に、そういって微笑む、大沢詩織だった。

「あっはっは。そういえば、この前の、あんときの、1週間は、きつかったなぁ、
あっはは」と信也はわらった。

「しんちゃんと詩織ちゃんって、ケンカなんかしそうもないように見えるけど、
ケンカすることあるんだぁ」

 詩織の隣にいる清原美樹が、詩織と信也を見ながら、いたずらっぽく微笑んだ。
美樹の隣には松下陽斗(まつしたはると)も来ている。

「おれも、美樹ちゃんとは、絶対にケンカなんかしたくないですよ」と陽斗がいう。

「美樹ちゃんって、(おこ)ると、コワいからね!(はる)くん!?」という詩織。

「あら、わたしって、(おこ)ったって、全然、コワくないと思うけど、詩織ちゃん」

「そうそう。美樹ちゃんも詩織ちゃんも、全然、コワいなんて思ったことはないよ。
いつも、可憐な花のように、かわいい女の子だって、おれは思っているもの」

 信也が生ビールに酔って、上機嫌でそういうと、みんなは、おおわらいをする。

「しん(信)ちゃん、みなさん、楽しんでいただけてますね。どうですか、
このライブハウス、サニーは?かなりガンバって作ったんですよ。あっはは」

 新井竜太郎が、満面の笑顔で、弟の幸平と、スーツをビシッと決めてやって来る。

「竜さん、この(たび)は、こんなに、すばらしいライブハウスに招待していただいて、
ありがとうございます。ぜひ、おれたちも、ここでライブをやりたいですよ!」

 信也がそういうと、清原美樹やみんなも、「サニーは、ホント、ステキなお店です」
「ぜひ、ライブ、やらせてください!」などと、竜太郎や弟の幸平にいう。

「そうそう、竜さん、水谷友巳(ともみ)くんの件では、ホントに失礼しました。
あれよという間に、モリカワ・ミュージックが、水谷くんには、すごい力の入れようで、
バンド結成して、メジャーデヴューへ向けてやっていくことになっちゃったんですよ」

「そんなこともあるよ。しんちゃん。おれは何も気にしていないから。
むしろ、水谷くんのバンド結成と、メジャーデヴューを祝福したいですよ。
今日(きょう)も、水谷くんや、そのバンドのドルチェのみなさんも来てくれているし。
その彼らが、新曲を披露してくれるっていうから、(うれ)しくってしょうが
ないくらいなんだよ。しんちゃん」

 午後の2時を過ぎたころ。ワンフロアの広い店内にある、スポットトライに
(いろど)られたステージでは、水谷友巳たちのバンド、ドルチェが、
ライブハウス、サニーの開店を祝福の気持ちを込めて、
5曲ほどのライブを始めようとしていた。1曲目は、軽快な8ビート、
甘美なメロディの 『きみなしではいられない』である。

 ステージの近くのテーブルでは、バンド名のドルチェを考えた、
水谷友巳の恋人の、15歳の高校1年、木村結愛(ゆあい)が、
ドルチェの熱い演奏を見つめている。

きみなしではいられない ( Can not do without you )

 作詞作曲 水谷友巳(ともみ)

黄昏(たそがれ)の深まりゆく いつもの散歩道
君の手のぬくもり きみの弾む笑い声
きみはぼくの宝物 ぼくの心の(ささ)

世界に生まれてきて きみと出会えたこと
きみと話せたこと きみと触れ合えたこと
きみと感じ合えたこと きみと歓びあえたこと

そんな ステキな きみさえ いてくれたなら 
冷たいばかりの この世界 だとしても
おれには 心残りはない ()いはないさ 

I can not do without you
I can not do without you
そうさ おれは きみなしではいられない
いつも どこでも きみなしではいられない

きみがいてくれるなら なんでもできるだろう
きみがそばに いてくれるなら おれは
この命さえも そんなに 欲しくはないのさ

愛なんて 誰も 教えてくれなかったのさ
愛なんて 幻想かと 思っていたんだ
でも きみが 愛を 教えてくれたんだ

だから おれは 強く 生きようと 思うのさ
ロックン ロールで 戦って やるのさ
この世界が この愛に あふれるまでね!

I can not do without you
I can not do without you
そうさ おれは きみなしではいられない
いつも どこでも きみなしではいられない

≪つづく≫ --- 49章 おわり ---
 
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