拠点フェイズネタ話置き場
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夏祭りフェイズ 1
腹に響くような太鼓。耳を通り抜ける笛の音。わいわいと賑わう人の声。
芋を洗うようなとは言い得て妙か。ごったがえす人波が中央街道とその場には現れていた。
「さあさあお嬢ちゃん! おいしいおいしいリンゴ飴はいらんかねー!?」
「暑い夏と言えばかき氷! これに限るよっ!」
「彼女がふらんくふるとを頬張る姿を見たいとは思いませんか! そこのお兄さんっ!」
「いいか? 焼きそばってもんはなぁ。漢の味付けが最強なのさっ」
「このたこやき、あんたの口の中に連れてったってーなー♪」
客引きの声が元気よく飛び交うそこは城の前の広場。居並ぶのは提灯に照らされた出店の数々。
中央にはお立ち台が設置されており、人々は何が始まるのかと高まる胸を押さえられない。
刻は夜。夜である。本来なら人々が出歩くような時間では無い。
されども、子供がはしゃぎ、大人が子供のような笑顔を携えている。
現代では見慣れた光景。暑い夏の日を騒がせるあの日。
そう、夏祭りである。
敢えて夜に行われているこの祭り。街道の家屋には提灯が吊るされ、軍の兵士達が挙って警備にあたっているからこそ、人々は安心して出歩いている。
哀しいかな、警備の兵士達は独り身ばかりである。
何故恋人がいるモノや妻がいるモノは外されたのか、と考えていた時に、祭りの発案者の黒衣の男は今回の警備にあたる前の兵達に言っていた。
『死ぬほど悔しいって感じるだろうけど給料は弾むから、来年には彼女作れよ』
そして……ごめんな、と。それ以上は俺には語る資格は無い、と。
祭りの時間が近づくにつれて、兵士達はその意味を理解した。
警備をしながらであっても、否、警備に当たっているからこそ、血の涙を流して悔しがった。
理由は一つ。
「……なんで俺達には彼女がいねーんだっ!」
「こんなのを見せつけられるならあの子の告白受けときゃよかった……」
「あんな……あんな可愛い服が出回ってるなんて……聞いてねぇよぉぉぉぉ!」
警邏をしても、警備に突っ立っていても……楽しげに歩いていく女達が、一つの服を着ているモノが圧倒的に多かった。
ひらひらと舞う袖。カラコロと音を鳴らす下駄。歩幅が狭くならざるを得ないその服の名は……
「「「「“浴衣”って服を着た女の子可愛すぎだろぉぉぉぉ!」」」」
そう、浴衣であった。
†
まるで兵士達の心の叫びが聞こえるようだ、と秋斗は目を瞑って苦笑していた。
この日の為に、彼と沙和は待ちの衣服屋に浴衣を広めていた。それも、女の子だけに広まるように情報規制を仕掛けて。
実は華琳の許可は貰ってあった。
街を巻き込む楽しい催しと聞いて、一番乗り気であったのは他ならぬ華琳である。平穏な治世では激務ばかりであるが、やはり楽しい事には目が無いのだ、華琳という少女は。
前々から夏祭りの計画は軍師達と進めており、綿密に日取りも資金等々を計算し尽くしてこの日を迎えている。その仕事量はまさしくデスマーチの如きモノであったが、二日前には後日仕事を終わらせるのみとなっていた。
ただ、浴衣の事を知っているのは華琳と桂花、朔夜に沙和達警備隊のモノだけである。
何故か――――決まっている。
悪戯が大好きな二人が……可愛い女の子が大好きな華琳と、びっくりさせる事に無駄に全力を尽くす秋斗が……皆にそれを使って悪戯をしないわけが無い。
まあ、独り身の兵士達の心は犠牲になったが、その目論見は成功と言えよう。
彼女達は今日の昼に華琳から浴衣を贈られた時、弾けんばかりの笑顔を見せたのだから。
秋斗は目をゆっくりと開いた。楽しそうに、嬉しそうに、顔を綻ばせながら。そこに見えたのは……桃源郷だった。
「むぅ……動きにくい。いやしかし、華琳様に贈られたのだから……」
春蘭の不機嫌な声。ほぼ黒な濃紺な色合いが良く似合う。その内はだけさせそうではあるが。
「中々涼しいモノだな。……姉者、華琳様の贈り物なのだから破いたらダメだぞ」
秋蘭の声。灰色に水色の線。彼女の魅力をこれでもかと引き立たせていた。
「は、恥ずかしい……やはりわたしにこの色は似合わない」
凪の照れた声。薄桃色というのはもちろん沙和の発案である。
「そんなことない! 凪ちゃんすっごく可愛いのー♪」
沙和の抱きつきながらの声。薄い黄色というのが彼女の可愛さをより輝かせていた。
「せやで、凪。どっからどう見ても似合てるやん。な、ウチどや? 姐さん」
くるりと回って真桜が言う。彼女に青という組み合わせは誰が予想出来たのか。
「よう似合うてるで。それより真桜。凪の腰ひもくるくるー、おだいかんさまーは祭り終わったら計画通りに、な」
にやにやこそこそと返す霞。薄い緑と淡い灰色が混ざった彼女の浴衣は似合っているのだが……どことなく彼女が治世で神速を発揮する二人を思わせるのは秋斗が狙ったモノである。
「ふ、ふふ……おやめくださいませ華琳様……くるくるしても私は既にあなたに巻かれている身……この情愛の帯は解けるわけがありません……あっ、そんな所に手を入れてはいけません……」
妄想全開で暴走する稟。淡い赤ではあるのだが、その内もっと濃い赤になりそうだとは、誰もがはらはらしている。
「おやおやー。稟ちゃんはもうこの服で妄想出来るようで。風は驚愕を禁じ得ないのですよー」
ゆるゆると聞こえたのは風の声。爽やかな水色は彼女の金髪をより際立たせていた。稟の発言に驚いてる様子は無い。
「……稟ちゃんに、さっき耳打ちしてたじゃないですか」
指摘を一つする朔夜。濃い桃色は中々どうして、白髪にしっくり来るモノだ。
「ねぇ、流琉。出店で何食べよっか!?」
元気な声を上げてはしゃぐ季衣。明るい黄色に花火の絵柄は彼女の太陽のような笑顔とよく合っている。
「もう、すぐ食べ物の事ばっかりなんだからー」
咎めながらも楽しげな流琉。水色に金魚の模様は定番である。しかし着こなせるモノはそういないだろう。
「……華琳様……はっ」
見惚れていた桂花。白地にヒマワリの絵。日輪の方を向く華は彼女に合っているのではなかろうか。
「あぁ、月……あんた可愛い過ぎよ」
同じく見惚れていた詠。薄緑色とは予測がつかなかっただろう。濃い緑の髪を意識されていた。
そして、中央。
白と黒を身に纏った彼女達。華琳と月。
「ふふ、似合ってるわね。皆」
「そうですね、華琳姉さま」
優しげに微笑む二人は手を繋いでいた。
華琳の浴衣は白。月の浴衣は黒。どちらも鮮やかな華々が咲き誇っていた。それはまるで……―――――――の如く。
ちなみに、歌姫三姉妹はミニ浴衣である。彼女達が祭りの日に舞台をしない事などあろうか。
なので、動きやすいようにミニ浴衣。通常の浴衣は後日にとある事情で着る事になっていたりする。もちろん、天和と地和が着たいと騒いだからだが。
そんなこんなで、秋斗の目の前には美しい彼女達が和の心を着こなしていた。感動すら覚えるその光景に目を奪われない男はいないだろう。
秋斗もちゃっかり黒に白い線が入った浴衣を着ているのであった。
「みんな嬉しそうで良かった……」
微笑みと共に零した。きゃいきゃいと騒ぐ彼女達を見て、秋斗は計画してよかったと心より思った。
そんな中、クイ……と袖が引かれて、何も言わずに手を繋いだ。
じわりと彼女の体温が伝わる。どうした、と聞くことは無い。こっちも見て、と言っているのだ。他の子ばかり見てないで何かいう事はないですか、と。
随分と可愛らしいわがままを言ってくれる、なんて考えながら、彼は小さく苦笑を零した。
その言葉を、まだ秋斗は誰にも言っていない。試着の時でさえ言わなかった。彼女にだけ、一番に言いたかったから。
隣を向いて、じっと見上げる少女と目を合わせて、秋斗は優しく微笑んだ。
「凄く綺麗だ。似合ってるぞ、雛里」
「あ、あわわ……あり、ありがとう、ごじゃいましゅ」
真っ赤に顔を茹で上がらせた彼女は、恥ずかしくてそのまま俯いた。
彼の隣には、藍色と淡い赤が綺麗に混ざる、藍橙の空のような美しい浴衣を着た雛里。絵柄は華。小さなモノや大きなモノが絶妙なバランスで成り立っていた。
開いている手で彼女の髪を撫でる。気付いた子達の視線が痛いが気にせずに。特に“二人”がめちゃくちゃ凝視しているが、気にしない振り。
「……ふん、でれでれしちゃって、ばか秋斗」
「……今日は譲りましょう華琳姉さま。今度たっぷりわがままを言って困らせてあげればいいんですから」
怪しげな会話をしている二人からは少しばかり黒いオーラが出ていた。
優しげながらも恐ろしく微笑む月を見て、華琳はにやりと笑う。
「ふふ、それもそうね……じゃあ……皆っ! 祭りに繰り出すわよ! よくこの日の為に頑張ってくれたわね! 警備の兵達に感謝して、同僚達に感謝して、民達に感謝して、生きている事に感謝して、この日を目一杯に楽しみましょうか!」
瞬間、わっと上がる歓声。笑顔は晴れやかに。何を食べよう、何で遊ぼう、とりあえず楽しめばいい。
この場には将も、軍師も、王も居ない。
ただ皆が、一人の子供。今を楽しむ、それぞれがそれぞれのわがままの為に楽しむ少女達と少年。
祭りは人を子供に戻す。
それはいつの時代も、どの世界でも変わらない事であった。
「さ、行こうか。雛里」
「はいっ! 秋斗さん!」
彼と彼女と彼女達はそうして、楽しい楽しい祭りの夜に繰り出した。
後書き
読んで頂きありがとうございます。
モチベーションがある内に書きました。
七夕のフラグ回収、です。
本編次話が書けたらこれの次話に取り掛かります。
ではまたー
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