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東方虚空伝

作者:TAKAYA
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第三章   [ 花 鳥 風 月 ]
  四十七話 歪み・綻び

 どれ程の時間を過ごしただろう。
 どれだけの命や文明を見てきただろう。
 幾多の出会いと別れを繰り返してきた―――――幾多の文明の発祥と滅亡に立ち会ってきた――――
 だから大抵の事では動じない自信、というか最早癖なのかもしれないがそう簡単に心を乱す事は無くなっていた。
 でも今目の前で起きている出来事に僕の意識は正常に働いていない。
 数多の命を啜って今日まで生きて来た理由―――――約束の為、あの場所に……大切な子の元に返る為…… その生きる目的そのものが今僕の前に居る。他人の空似なんかでない、間違い無く本人だ。
 言いたい事が山ほどあるはずなのに――――僕の口は全く動こうとしない。
 それでも無理矢理言葉を吐かせる事に成功するが、

「……や、やぁ永琳――――久しぶりだね…元気にしてた?」

 流石に自分自身でも呆れる台詞が飛び出した。幾らなんでもそれはないだろう、と。どうやら長い時間かけて構築された性格は無意識に発揮されるようだ。 
 目の前の永琳は僕の声が聞こえていないのか微動だにせず未だに僕を真っ直ぐに見つめている。
 そして恐る恐る、といった感じでゆっくりと右手を伸ばし僕の頬にそっと触れ―――――――いきなり抓ってきた。

「痛ッヒャァァァァァイッ!」

「…………本物?……本当に?」

 永琳は頬に手を当てたまま再び固まり暫しの間沈黙が訪れる。そして、

「―――――お兄様ッ!!」

 勢い良く僕の胸に飛び込んできた。そして顔を僕の胸元に埋め強く抱きしめてくる。
 互いに何も言わない、いや言えないのか。伝えたい事が多すぎて逆に言葉に詰まってしまっている。
 だから僕は無言で只永琳の髪を撫でる事しか出来なかった。もしかしたらそれだけでも十分なのかもしれない。そんな事を考えていた僕に、

「な、七枷虚空ッ!あなた永琳様になんて事をしているのですかッ!即刻永琳様を離しなさいッ!」

 何時の間にか近づいて来ていた天照が普段からは考えられないような怒りの形相をしそんな怒声をぶつけてきた。

「ど、どういう事なんだツク姉ッ!一体どういう事なんだッ!」

「わ、私が分かる訳ないだろうッ!依姫様ッ!これは一体?」

 天照の後ろにいる須佐之男と月詠は困惑の表情を浮かべ僕の後ろに居る女性に問いかけている。っていうか月詠は今彼女の事を何て呼んだ?依姫?
 
「あ、姉上……これは夢――――でしょうか?」

 薄紫色の長い髪の女性が自分の隣りに移動していた金髪の女性にそう問いかけると、金髪の女性は、

「ッ!痛ャイデスヨッ!アニェウエッ!!」

 薄紫色の長い髪の女性の頬を抓り挙げた。そして抗議の声には答えずポツリと一言、

「…………現実――――よね?」

 




□   ■   □   ■   □   ■   □   ■   □   ■




 
「虚空さん……その――――気にし過ぎない方がいいですよ?」

「…………ここまで自分が間抜けだと思った事は未だかつて無いよ」

 二十畳程の広間の上座で虚空は頭を抱え突っ伏していた。そして虚空の斜め向かいに腰を下ろしている依姫が苦笑いを浮べながら気遣いの言葉をかけてはいる。

 あの後、混乱する場を鎮めたのは遅れてやってきた神奈子だった。とりあえず落ち着きましょう、と言う事で広間に移動し状況の確認をしたのだ。
 まず虚空が月の英雄譚の本人である事が判明すると月詠と須佐之男が平伏してしまった。本人達曰く「今まで気付かず失礼をした」との事だが虚空にしてみれば月で自分が英雄扱いされている事を知るわけも無く知った所で態度を変えるつもりも無い。
 それに死んだと思っている相手が、ましてや遥か昔の人物が生きている事を考えるなんて普通はありえない。故に虚空は二人に今まで通りに接して欲しい、と頼んだ。
 二人は幾分か戸惑いを見せたが最終的には納得したのだが天照に於いては終始険しい眼差しで虚空を睨み続けていた。
 逆に虚空を驚かせたのは天照達が迦具土(かぐつち)の子供だという事実だ。危うく「あの幼女趣味の人が結婚出来たの!!」と口走る所だった。もしそんな事を口走っていたらきっと月から虚空を殺しに来たことだろう。
 成長した依姫や豊姫との再会も虚空を喜ばせたのだが此処で虚空の気分はどん底へと転げ落ちたのだ。
 理由は大和が月の組織であると発覚した為。

「……百年――――生きて来た年数にすれば短いけど……まさかこんなに近くに関係者が居たなんて!……いや確かに一番最初から天照と仲違いして疎遠になったのは僕の責任なんだけどさ……ここまで墓穴を掘るなんて!」

 両手で頭を抱え畳に額を打ち付ける虚空に依姫や月詠、須佐之男、神奈子達はかける言葉が見つからずただ眺めているしか出来なかった。只一人天照だけは興味無さげに見つめていたが。
 永琳はこの部屋に移動する際何か用が出来たらしく豊姫を伴って別室へと向かっており今は居ない。彼女がいれば虚空に何か言葉をかけるのだろうが居ない以上どうする事も出来ない。

「僕はッ!僕はッ!何て間抜け野朗なんだッ!!―――――――――――まぁいいか」

 深刻な顔で叫び声をあげた虚空であったが数瞬後には何時も通りのヘラヘラ笑いを浮かべそう言った。空気に呑まれていた依姫達は行き成りの虚空の雰囲気の変化に畳の上でズッコケている。

「……一瞬でもあんたが落ち込むと思った自分が情けないね」

 神奈子がズッコケたままの体勢でそんな呟きを盛らすと他の四人も同意するかのように首を縦に振っていた。

「いやーだってさ、ウジウジ悩んでもやっちゃった事はどうしようもないしね。それにウダウダ考えるのは僕らしくないでしょ?」

「「「「 確かに 」」」」

 あっけらかんと言い放つ虚空の弁に妙に納得してしまう神奈子達。

「……何をしているの貴方達?」

 突然襖が開き顔を覗かせた豊姫が室内の異様に首を傾げながらそんな問いを投げかける。

「……気にしないでください―――それより姉上、永琳様の御用は済んだのですか?」

 依姫の問いに豊姫は「えぇ」と返すと襖を大きく開き自分の後ろに居た人物を部屋へと招き入れる。そこにはボサボサだった髪を綺麗に整え三つ編みにしている永琳が立っていた。
 虚空の記憶の中にある姿と寸々違わずその姿を見て虚空は本当の意味で願いが叶った事を実感していた。

「……やっぱり永琳はその髪型が似合うね、というか落ち着くと言うか」

「ふふふ、ありがとうお兄様」

 永琳は迷う事無く虚空の傍まで進むとその隣に腰を下ろす。自分にとってその場所が当たり前だというように。

「大体の事は依姫達から聞いたかしら?」

「聞いたよ、そして自分の間抜けさ加減にに驚いている所だよ」

「あら?そういう所がお兄様らしさよ、そもそもお間抜けじゃないお兄様なんて想像出来ないわ♪――――変わっていなくて安心したわ」

 微笑みながらそんな事を口にする永琳。一見小馬鹿にしている様な言葉も互いの信頼の上から出るものだ。依姫や豊姫にしてみれば記憶の彼方にある懐かしい光景、そして永琳の本当の笑顔を見た瞬間だった。

「そういえば僕のゴタゴタで忘れていたけど―――――神奈子、騒ぎの原因は何だったの?」

 永琳との再会ですっかり忘れていた事を思い出し虚空は神奈子にそう問いかけた。すると答えたのは神奈子ではなく顔色を変えた天照達だった。

「そうでした!大切な事を忘れていました!」

「虚空さん……実は――――輝夜が行方不明になったんです」

 叫び声を上げて取り乱す天照達に代わり豊姫がそう虚空に告げる。

「輝夜ってあの輝夜?行方不明って……もしかして攫われたのッ!」

 更に懐かしい名前が出てきた事と行方不明という単語に虚空は驚きの声を上げそう問い返すが、

「……え、え~とその~そ、そういう訳ではなくて……え~……」

 依姫は何故かしどろもどろになり視線を泳がせている。豊姫も顔をひくつかせながら無言になる。

「大丈夫よお兄様、別に攫われた訳じゃないわ。―――――()()()()()で出て行ったのよ、つまりは家出ね」

 言葉に詰まる二人に代わり永琳が冷静な口調でそう告げる。

「……なんで?」

 虚空は短くそう問いかける。そもそもどうして此処に輝夜までいるのか?何故その輝夜が家出などするのか?……など等色々な意味を込めて。

「さぁ?きっとそういう年頃なのよ、多分。まぁどうせ殺しても死なないのだし野垂死にする事もないでしょう」
 
 永琳はさもどうでもよさそうに薄く笑いながらそんな発言をする。そんな永琳に依姫が、

「永琳様、如何に永琳様と云えど月の姫である輝夜にそのような物言いは――――」

「……そうね、気をつけるわ―――――」

 依姫の注意を受け永琳はそう返すが最後の方で「まぁ死なないのは本当なんだけどね」と呟いたのを虚空だけが聞いていた。

「……まぁとりあえず輝夜を探さないといけないんだね?僕も手伝うよ、まだそんな遠くには行っていないでしょ?」

「……いえ多分相当遠くまで行っている可能性が――――」

 何時居なくなったのかは虚空は知らなかったが流石にそこまで移動速度は無いであろう、と思っていた虚空の発言を豊姫が否定する。

「輝夜の能力を使えば私達に気付かれず、しかも短時間で相当な距離を進む事も可能なのです」

 補足するように依姫がそう答えた。

「そもそもお兄様が輝夜の捜索に加わる必要は無いわ」

 永琳のその言葉に虚空は疑問符を浮べながら問い返す。

「?どうして?」

「決まっているじゃない、あの子の捜索は須佐之男達にでも任せればいいのよ。そんな事より重要な事があるでしょう?――――お兄様は私と一緒にこれからすぐにでも月に帰るんだから」

 永琳はさも当然という感じでそう言った。虚空との思いもよらぬ再会で彼女の中では輝夜の事は二の次三の次になっており虚空と共に月へ帰還する事が最重要事項になっているのだ。
 彼女の言っている事はある意味でとても正しくそもそもにおいて月への帰還は虚空の生きて来た目的そのものである。
 だが当の虚空は永琳のその発言に―――――普段の彼からは想像出来ない程に動揺の色を見せていた。まるで“そんな考えが無かった”かのように。
 そして虚空と同じ様に同様の色を見せた者がいた、神奈子である。
 彼女は虚空の過去を聞いた事が無かった。そもそも虚空が自分の過去を話した事も無い。
 その虚空の今までの軌跡を掻い摘んで説明され虚空が日課の様に毎晩夜空を見上げていた理由を理解した。
 虚空が自身の望みの為に歩んで来た年数は神奈子の想像を絶しており、その願いが今叶おうとしているという事実に少なからず祝福の念があるのもまた事実だ。
 だが彼女の中に言いようのない感情が渦巻いている。端的に言うなら“虚空を月に行かせたら二度と帰ってこない様な気がする”と。此処で行かせたら絆が切れる様な――――そんな不安だ。

「どうしたんだ神奈子?顔色悪ぃーぞ?」

 神奈子の隣りに腰を下ろしていた須佐之男が彼女に視線を向けながらそう問いかけてくる。

「い、いや何でもないよ――――大丈夫だ」

 どちらにしろ選ぶのは虚空だ、と無理矢理自分に言い聞かせ神奈子は自身の感情に蓋をする。軍神としての(さが)が彼女を律していた―――――それが幸なのか不幸なのかは分からない。

「さぁお兄様準備はすぐに出来るわ!これで漸く―――――」

「緊急故突然の事失礼致しますッ!!」

 永琳が虚空の手を取ろうとした時部屋の襖が開かれ一人の正装をした男神が息を切らせながら部屋へと入り(こうべ)を垂れ天照に礼を取った。

「何事ですか?」

 天照は先程までの不機嫌な表情を一瞬で消し何時もの大和の長としての顔で入ってきた男神に問いかける。

「はッ!御報告致します!熊襲を警戒中だった長門(ながと)(今の山口県)の陣が奇襲を受け壊滅ッ!突破されましたッ!」

 全ての物事はまま成らぬもの―――――更なる波乱が虚空を飲み込もうとしていた。




□   ■   □   ■   □   ■   □   ■   □   ■




 同時刻 虚空達がいる伊勢の都から西の方に位置する都市の通りを一人の少女がふらつきながら歩を進めていた。
 『平城京』と呼ばれるその都市は人が治めている都市の中では最大級のものでありこの国の(まつりごと)の中心にもなっている。
 都市の奥に建つ『平城宮』まで続く大通りを『朱雀大路(すざくおおじ)』と呼びその大通りを軸に左京と右京と呼ばれる市街が広がっておりその街並みは規則正しさを感じさせる。
 賑わいを見せる他の通りと違い少女が歩くその通りは解散としており少女以外の人影が無い。
 実はそこは貴族街であり一般人が足を踏み入れる事など無い場所なので余程の事が無い限り人が通る事も無いのだが――――少女がそんな事を知っている訳も無かった。

「…………ざまァ見なさい永琳!――――と思っていた時期がわたしにもあったわ……自分がこんなにも間抜けだと思い知らされるなんて!」

 少女――――輝夜は壁に手を付きふらつく身体を何とか支えながら目的地など無く只前に進もうする。
 彼女は大和で行われる式典に父親である劉禅の名代として出席する為に地上に降りたのだが、実際の所は目的が違った。
 そもそも父の代わりに地上に降りると自身で進言したのだ。理由は―――――永琳から逃げる為。
 気が遠くなるほどの時間繰り返された実験は失敗しか積み重ねる事も無く最早輝夜にとっては無為な拷問でしかなかった。
 逃げようにも月に居る限りどうしようもなくかと言って父親に事実を告げれば厳格な劉禅は自分も処罰しなければならなくなるだろう、と思い只時間だけが過ぎていたのだ。
 そんな折持ち上がったのが大和の式典に劉禅が出席するという事。地上に降りれば永琳から逃げる事が出来るといきり立った輝夜は殆どごり押しの様に名代を取り付け地上に降りた。
 後は自身の能力の『須臾(しゅゆ)』を使い周りに気付かれる事も無く脱走に成功したのだ。だが彼女はこの時点で二つほど大きな見落としをしていた。
 月に居る間全くと言っていいほど自分の能力を使っていなかった彼女は考え無しに能力を行使してしまった為に霊力と体力を使いきり疲労困憊で満足に動けなくなったのである。それに加えて―――――

「……………………お腹空いた」

 体力回復の為に身体が栄養を求めるのは不老不死であろうと変わらないという事実を思い知らされていた。月では衣食住に困る事など無かったので空腹になるとは彼女は気付いていなかったのだ。
 食べ物を購入しようにも逃げる事しか考えていなかった彼女は地上で使える通貨を持っていない。この状況で彼女の脳裏をよぎるのは――――

「…………わたしって餓死しても生き返るのかしら?…………えっ何つまり――――餓死して生き返ってまた餓死して…………どうしてわたしがこんな目に遭わなきゃならないのよッ!!全部全部あのくされアマのせいよッ!!」

 永琳への憎悪であった。あながち間違ってはいないという事実ではあるのだが。

「…………もう…駄目――――限界」

 そんな言葉を吐き出した直後に輝夜はその場に倒れこんでしまう。そして意識を手放そうとした時、

「ちょと!貴女しっかりしなさい!大丈夫!苦しいの!」

 倒れていた彼女を抱き起こし必死にそんな言葉をかけてくる少女。輝夜は薄っすら目を開き一言だけ発した。

「………………ご飯」

「…………………………は?」

 腰近くまであるストレートの黒髪と深い黒色の瞳、身に付けている桔梗柄の着物は上質な生地を使っていると見て分かり彼女が裕福な家の出だと分かる。
 そんな彼女が暫し沈黙しそして輝夜の言葉の意味を理解すると大きな溜息を一つ吐く。そして、

「…………何て言うかこう――――どっと疲れたわ。必死になった私が馬鹿みたい」

「…………わたしには死活問題……なのよ」

 呆れ顔だった少女は困ったような笑顔を浮べると首だけ振り返り後ろに控えていた従者らしき男性になにやら指示をだす。すると男性は輝夜を抱き上げ停めてあった牛車の屋形へと寝かせその後に少女も乗り込んできた。
 
「これから家に連れて行くから、着いたらご飯を食べさせてあげるわ。それにしても貴女乞食には見えないわね?結構小奇麗な服を着てるし」

「…………誰が乞食よ……」

 動き出した牛車の振動に揺られながら輝夜は自分を乞食扱いした少女を弱弱しく睨み付けたがすぐに今の自分が乞食の様な状況なのに気付き愕然とした。
 少女は輝夜のその表情の変化が可笑しかったらしく声を上げて笑っている。

「まぁ何か事情があるのね、今は聞かないでおいてあげる。そういえば名前を聞いてなかったわね」

「……蓬莱山輝夜よ、輝夜でいいわ」

「随分と立派な名ね。でも蓬莱山なんて貴族は聞いた事ないし…………まぁいいわ。私は藤原 不比等(ふじわら ふひと)の娘で藤原 妹紅(ふじわら もこう)よ。妹紅でいいわ」
 
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