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ひまわり

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第三章


第三章

 それから父の言葉は当たることになった。イタリアはここぞという絶好のタイミングで何時の間にか連合国側になっていた。そうして見事に生き残り勝ち組に乗ったのであった。
「おい、戦争が終わったぞ!」
 それから村で声が鳴り響いた。
「もうこれで戦争なんかしなくていいんだ!」
「ほら見ろ、これ!」
 新聞を見る。するとそこには確かに戦争終結のニュースが書かれていた。それはルチアにもはっきりと読めた。
「これで後はフランコだけだな」
 ルチアの父がまた娘に声をかけてきた。
「そうね。今どうしているかしら」
「アフリカにいたらしい」
 そう娘に教える。
「アフリカに?」
「そこでも随分色々あったがな。けれどな」
「わかってるわ」
 父に笑顔で応える。
「信じているから」
「そうだ、ずっと信じているんだ。戦争が終わったんだ」
 また娘に告げる。やはりひまわりの前にいる。ひまわりはまだ咲いてはいない。しかしルチアはそこに満開のひまわりを見ていた。フランコと見たあの満開のひまわりを。
 やがて戦場から男達が帰って来た。その多くが捕虜になっていた。
「いやあ、参ったよ」
「イギリスの飯ってまずくてな」
 そんなことを言いながら戦場のことを語る。何処か微笑ましい姿であるがやはりそこにもフランコの姿はなかったのであった。
 普通ならここで不安に感じるところであった。しかしルチアは違った。
 じっとフランコを待っていた。ひまわりの下で。そうしてひまわりが咲いて満開の太陽の輝きを見せたその日の昼のことであった。
「やっぱりそこにいたか」
 彼の声だった。
「探す必要はなかったな、やっぱり」
「ええ」
 ルチアもその言葉に笑顔で応える。するとそこにはフランコがいた。
 イタリア軍の軍服を着てひまわりの側に立っている。その顔は少しやつれていた。
「帰って来るってわかっていたわ」
「信じてくれていたか」
「ええ。だって貴方言ったじゃない」
 そう彼に言葉を返す。
「絶対に帰って来るって。だからその言葉信じていたのよ」
「ああ。俺は最初からそのつもりだった」
「帰って来るって?」
「そうだ。といっても本当はもっと早く帰って来れた」
「どういうこと?」
 その言葉には首を傾げさせる。何故彼が今そう言ったのかわからなかった。
「もっと早くって」
「捕虜になってな」
 ここでこう言ってきた。イタリア軍は捕虜になる者の多い軍隊であったのは先に言った通りである。彼もその一人だったのだ。
「そうだったの」
「ああ、北アフリカでな。それからイタリアが降伏するまであれこれと盥回しにされた」
「別に何もされなかったの」
「向こうは俺達には結構優しかったんだ」
 彼はそう説明した。ドイツ軍の捕虜には時折虐待も見られた。とりわけ東部戦線でソ連軍に捕まった者達は悲惨であった。しかしイタリア軍に関してはそこまではいかなかった。それはイタリア軍がドイツ軍のように手強いわけでも頑健な性質を持っているわけでもなかったからだ。悪く言えば舐められていたのだがそれがかえって彼等の身を守る結果となったのである。
 こんな話がある。イタリア人ではなくイタリア系アメリカ人に関するものだ。時のアメリカ大統領ルーズベルトはマイノリティへの差別には反対の立場を取っていた。アフリカ系やヒスパニック、中国系、とりわけユダヤ系への差別には反対していた。その中にはイタリア系も含まれていてこう言ったのである。
「イタリア人達は皆オペラ歌手みたいなものだよ。心配することはない」
 彼個人の偏見も混ざっているが当時アメリカに根強かったイタリア系への偏見に反対する言葉である。なお彼の人種意識はいささか歪でありこう言ったそばからドイツ人は違うと言い日本人への敵視も根強かった。だがこれはあくまで余談である。
「けれど何かとイタリア各地を移動させられてな。帰るのが遅れた」
「そうね。けれど」
「何だ?」
「いい時に帰って来たと思うわ」
 にこりと笑って彼に言ってきた。
「丁度いい時にね」
「それはどうしてだ?」
 今度はフランコが首を傾げさせた。そうして彼女に問うた。
「どうして俺がいい時に」
「あれ見て」
 ここでひまわり達を指差してきた。
「ひまわり達。どう?」
「ひまわりか」
 見れば見事なまでに咲き誇っていた。それは今までにない程であった。黄金色の光が地に満ちて眩しいまでだった。
「こんな奇麗なひまわり達は見たことがないな」
「そうね。まるで貴方が帰って来たのを祝ってくれているみたい」
 ルチアはそうフランコに言った。
「だからね。また約束があったわよね」
 そのうえでまた言う。
「帰って来たら」
「結婚だったな」
「そうよ。このひまわりの下で。覚えているわよね」
「だから俺は帰って来た」
 彼はまたそれを言った。
「御前と結婚する為に。じゃあ村の皆を呼ぼう」
「ええ。そして神父様も」
「戦争も終わった。俺達を邪魔するものはもう何もないんだ」
「そうね。何も」
「だから。これからはずっと二人で」
「ええ。永遠にね」
 二人はひまわりの下で誓い合う。約束は果たされた。フランコもルチアも咲き誇るひまわりの下で何時までも笑っていたのであった。


ひまわり   完


                  2007・5・9
 
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