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Ball Driver

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第二十九話 打倒サザンクロス

第二十九話


「さすが、自分で決めるとは想像の斜め上でしたよ」

試合後戻ったホテルのロビーで、アイスを食べながら権城が言った。結局4回戦は紗理奈の逆転ツーランでそのまま逃げ切り、鬼門を突破した。紅緒はあの1安打のみの14三振完投勝利だった。

「いや、最初はバントする気だったんだよ、あの打席は」

紗理奈はシャワーを浴びた後の濡れた髪にタオルを引っ掛けて、涼しい顔をしていた。

「……でも、ベンチでのやり取りで、本田くんが“お前は黙ってバントして、俺に任せろ”、そんな風に言わなかったから。」
「そりゃそんなの言えませんよ、今日あんだけゴミみたいなバッティングしてりゃ。俺でも言えませんよ、そんな事。」
「私は言って欲しかったんだよ。男の子って、それくらい俺様で居て欲しいから。でも本田くん黙っちゃったから……私が決めようかなって」
「……キャプテン、男に一体どんな理想抱いてるんっすか」

2人はカラカラと笑った。

「……たまには、主役になるのも良いな」
「どんどん主役になって下さいよ。……演じれるの、後そう何回も無いっすから。」

紗理奈はフフン、と鼻を鳴らし、微笑んで横目で権城を見た。実に色っぽかった。




ーーーーーーーーーーーーーーーー


南十字学園は次の試合も勝った。
ベスト16まで勝ち上がってきた王子工業を紅緒が3安打15三振で完封。打線の方は、大山台との試合でケチがついたか、それとも春季都大会での勝ち上がりで研究され尽くしたか、茉莉乃紅緒紗理奈のクリーンアップ以外はめっきり湿ってしまったが、それでもこの3人が仕事する事で何とか3点をもぎ取って3-0。

そして準々決勝。

カァーーン!
<また行った!鋭い打球がライトスタンドへ!やっとマトモに勝負してもらえた品田、今日二本目ェー!東京実業・ここまで無失点のエース大村、真っ向勝負に沈む!>

紅緒が自身の2打席連続ホームランで取った点を自ら守る。テレビ中継が入った中で、小さな体で孤軍奮闘する。

カァーーン!
<繋いだ!繋いだ!3番の伊地知、センター前へ!二塁ランナーは三塁ストップ!二死満塁だァ!この土壇場に同点のチャンス!一塁には逆転のランナー!>

速球対策を講じてきた東京実業打線にヒットは浴びる。ちょうど二桁の10本。しかし、やり返すように13三振を奪う。
そして……

ガキッ!
(かーっ!ここで4番の俺に変化球勝負かよ!こんなのデータにねぇよ!)

力なく転がったピッチャーゴロを捌き、紅緒は肩で息をしながら整列に向かい、キャッチャーのジャガーとハイタッチする。
ベンチからは控えが勢い良く飛び出してくる。
紅緒の二試合連続の完封、投打に渡る大活躍で南十字学園はベスト4に進出した。

(順調に上がってきたな、サザンクロスめ)

観客席では大友が不敵な笑みを浮かべて見ていた。準決勝では、帝東と南十字学園が激突する。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー



「なぁ、ジャガー。お前、配球変えた?」

ホテルの部屋で権城に訝しげに尋ねられて、ジャガーは目を丸くした。

「そう思います?」
「思うって。終盤になるにつれて変化球が半分以上になったし、最後相手の4番に対しても変化球勝負だったじゃないか。」
「それは……相手がストレートを狙っているようでしたので……」
「あの紅緒ちゃんが狙われてるからと言って変化球に頼るもんかよ。それに、その狙いを外してるはずの変化球が高めに浮いて8、9回で五本打たれたんじゃないか。最後もいつストレート来るかと思ってて、結局来なくて狙いが外れた感じだったじゃないか」
「すいません……次は気をつけます」

権城は申し訳なさそうな顔をするジャガーの両肩を掴んで、揺さぶった。

「違うって!俺が言いたいのはそんな事じゃなくてだなぁ、紅緒ちゃんの方に何かあるんじゃないかって事だよ。ああいうリードはジャガーがいくらしたくたってできないリードなんだよ、紅緒ちゃんが許さなきゃ!」
「……私の口からは、言えません……」

半泣きで困った顔をしているジャガーから、権城は手を放した。

「……全く、気を遣いすぎるんだから。直接聞いてくるよ。」

権城は部屋を出て行った。



ーーーーーーーーーーーーーーーーー




「失礼しまーす」

権城は紅緒の部屋に入った。紅緒はシングルの部屋をあてがわれていた。

「……はっ?」

権城の方を振り向いた紅緒は目を丸くした。
紅緒は上半身裸だった。

「ちょっ!入ってくるならノックしなさいよ!」
「しましたって!」
「ノックしながら入ってくる奴がどこに居るってのよ!」
「うるせぇな!小学生の頃を思い出せよ!お互い裸でも何も思わなかっただろーがよ!ついでに敬語も必要なかった」
「小学生の時とは状況が違うわよ!」
「一緒だよ今でも紅緒ちゃん貧乳だし!」

もはや敬語すら飛んでしまった権城は、出て行こうともせずに、逆にずかずかと部屋に入っていく。権城としては紅緒の裸よりももっと目を引いたものがあった。

「やっぱり!この湿布、どこに貼ろうとしてた?」
「あ、あんたには関係ないでしょうがっ!」

紅緒が手に持っていたのは湿布だった。
胸元を隠し、赤面しながら紅緒は憤る。

「もう!早く出て行きなさい!」

紅緒が右手を振り上げ、権城を殴ろうとする。
その時

「あっ……」

紅緒が顔をしかめた。権城は確信する。

「……肩か。肩を痛めたんだろ?」
「ち、違うわよっ!」
「ふーん?」

権城が紅緒の腕を掴んで持ち上げると、肩のラインより上でまた紅緒が顔をしかめた。
権城はため息をついた。

「……痛いの肩の裏?そりゃ自分一人じゃ上手く湿布も貼れないよな」
「…………」
「良いからうつ伏せに寝ろよ、俺が貼ってやるから。」

もう紅緒は抵抗せず、言われるがままにベッドに寝た。権城は紅緒の小さな背中の、肩甲骨の裏に丁寧に湿布を貼った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「で、いつから痛くなったの?」
「五回戦の、五回くらいから」
「で、気にせず投げてたら、バカにならなくなってきたと」
「…………」

紅緒はむすっとして、答えようとはしなかったが、権城にはその症状の程度が推し量れた。
例え相手がストレートを狙っていても、終盤のピンチに紅緒が変化球で攻めるなんてありえない。変化球を初球から使っていく事にすら抵抗があったくらいなのだ。昨夏などは、あの帝東打線に対しても終盤まで速球勝負して、スタミナが切れてもなお相手のバットを押し込んだくらいなのだ。それほど拘りのあるストレートを投げられないくらいなのだから、中一日で回復するものとも思えなかった。

(何より問題なのは、そうやって騙し騙し投げてる変化球が高めに浮いてる事だよ。帝東打線はそんなので誤魔化せねぇぞ……)

表情を曇らせる権城に、紅緒は口を尖らせた。

「まさかあんた、紗理奈に言うんじゃないでしょうね?」
「は?言うだろ普通。」
「言わなくて良い!てか、言うな!」

紅緒は激昂して、自由に動かせる左手で権城の襟首を掴んだ。

「帝東に勝てるのはアタシだけよ!アタシが投げないとどうすんの!?余計な事したらぶっ飛ばすよ!?」
「あぁ、確かに帝東に勝てるとしたら紅緒ちゃんだろうな……」

権城は自分の襟首を掴む紅緒の手を締め上げて、目をカッと見開いた。

「万全のお前だったらの話だよ!今日みてぇに高めに変化球が抜けてるお前で勝てる訳ねぇだろうが、調子乗んな!それになぁ、俺だって試合で投げる為に練習してきてんだよ!ケガ人にマウンド任してなぁ、健常者の俺にベンチで見てろってか、ええ!?投げるのが当たり前のように思いやがって、ベンチで見てる俺の気持ち考えた事あんのか、えーっ!?」
「…………」

大声で怒鳴られて、紅緒は言い返す事もなくうつむいた。言い返される事を想像していた権城としては、これは意外な反応だった。紅緒は肩を震わせ、しゃくり上げながら泣き始めた。

「分かってるわよぉ……でもあんたにはあと一年あんじゃん……アタシ、もうこれで最後よぉ……譲二や哲也と野球するの、これで最後……これまであいつらに偉そうにしてて、弱いトコ見せられるわけ無いじゃん……やるだけやらせてよぉ……」
「…………」

権城は、自分の中の熱い気持ちがどんどん萎えていくのを感じた。女の泣き落としに負けてしまうというのは何とも不本意だが、しかし、萎えた気持ちはどうする事もできない。泣いてOKだと思うなよと思う反面で、権城の腹は決まった。

「分かったよ。黙っといてやるよ。……準決まで来たこの夏を棒に振るかもしんねぇけど、準決まではまた来年でも来れらぁな。勝つより大事な事があるのは、俺も知ってるよ」

権城は吐き捨てるように言って、部屋を出て行った。権城は部屋の前で、やれやれ、とため息をついた。



ーーーーーーーーーーーーーーーー



「じゃ、準決勝に向けて、ミーティングを始める。お願いします。」
「「「しゃあす!!」」」

大友が挨拶すると、帝東の野球部寮の食堂に野太い声が響く。
女子の出場が認められるようになってかなり長いが、帝東の部員は殆どが男。これは伝統だろう。むしろ南十字学園みたく女ばかりなのがおかしいし、その女がどれもこれも実力者ばかりなのがさらにおかしいのだ。

「次の相手は、予想通りサザンクロスです。昨年にも対戦してますが、昨年からメンバーはあまり変わってません。」

ベンチ外の偵察部隊が、データを基にした分析を全員に伝え始める。

「初戦こそ20-0でしたが、それ以降は2-1、3-0、そして昨日の準々決勝では2-0と、僅差をモノにして勝ち上がってきました。その中心が……」

モニターに、紅緒の投球映像が映し出される。
100人を超える部員、それも前列のメンバー入り部員の目つきが変わる。獲物を見る目。鋭い眼光だ。

「昨年も投げてました、品田紅緒です。ここまで32回で失点は1。奪三振は52。具体的なピッチング内容としては……」
「速い球でゴリ押しだろ?分かってるって。」

三番打者の榊原が呆れたように言うと、部員に笑いが起きた。控え部員は、まぁまぁ、と苦笑いした。

「そうだ。そうなんだけどさ。変化球も増えてるんだぜ?球種としてはスローカーブが増えた。140キロ台のストレート、スライダー、スローカーブ。カウント球に変化球を使う割合が30%前後まで上がって、特にスローカーブが多い。」

紅緒の変化球の映像が映し出される。
部員達は、その映像を食い入るように見つめた。

「特に昨日の準々決勝では、8回以降スローカーブが四割、スライダーが三割、七割変化球って配球も見せてきてる。ストレートだけって印象は捨てた方が良いかもな。」
「コホン」

ここで、食堂の隅に座った痩せ型の老人が大きく咳払いをした。帝東高校野球部監督を務める、前島四夫。何度も甲子園を経験している、実績のある監督だ。

「ねぇねぇ、生田。どうしてそこまで極端に品田の配球が変わったか、その理由で考えられる所はある〜?」

間延びした話し方で質問され、生田は戸惑った。

「え、それは、はい。……次の準決勝を見据えた場合の、撒き餌かと……」
「おいおい、撒き餌なんだったら、それに合わせて変化球意識しちまったら敵さんの思うツボじゃないのよ?お前、自分の言葉同士で矛盾してんぞぉ?」
「え、あ、はい。失礼しました」

少し控え部員の生田をいじめた所で、前島監督は大友の方を振り返った。

「なぁ大友。お前、浦中が投げてるとして、二点差で競り合ってる中で、次の試合見据えて普段はしない配球、できるか?」
「……厳しいですね。しかも、そんな撒き餌の配球で打たれてピンチを作ってるとなると、その撒き餌の配球で最後の最後まで押し切るなんて無理です。僕なら、最低でも最後4番を迎えた段階で本来の配球に戻しますね。」

前島はふふん、と不敵に笑った。

「そうだな。例えウチでも、そこまで目の前の相手を舐めた真似はできない。ま、俺たちの想像の範囲内に収まるようなチームじゃないかもしれんが、俺はこの配球にはもっと別の理由があると見ている。生田!昨日の9回の品田のフォームと、初戦の品田のフォーム、交互に映してみろ!」
「はっ、はい」

生田が指示に合わせて、スクリーンに二通りの紅緒の投球フォームを映し出す。一方は初戦のフォーム、もう一方は準々決勝の最終回のフォーム。
それを見比べて、前島監督は確実に何かを感じ取った。

「神島!何が違うか分かるか?」
「はい。明らかに腕が下がって、体が早く開いてます。そして高めに抜ける事が多くなってます。」
「その通り。こういう変化は疲労が溜まって腕が上がらなくなってきたりしたら起こるもんだ。故障か何かは知らんが、明らかに品田のピッチングはおかしくなっている。中一日ではそう長くは持つまい。」

前島監督は立ち上がり、大声でナインに呼びかけた。

「俺はこの変化球主体の配球、今の品田の本性と見た!明日の狙い球はスローカーブ!そして、球を良く見ていけ!品田は必ずボロを出す!例えストレートが多くてもうろたえるな!ストレートは品田があまり投げたくない球、やりたくない全力投球を品田にさせてる時点で俺たちの思惑通りだ。じっくり粘って、必ず終盤に叩き潰す!」
「「「オッス!!」」」

前島監督は次に、飛鳥の方を見て、その鋭い視線に目を合わせた。

「神島!明日の先発はお前だ!」
「はい!」
「女同士の意地だ。絶対に品田に投げ負けるなよ。男の中で揉まれたお前の方が、絶対に強い!自信持っていけ!」
「はい!頑張ります!」

最後に前島監督は、食堂の後ろの方に居る部員まで見渡して、声を張った。

「控え部員達も!サザンクロスには応援すらない。準決勝の試合はこういう風にやるんだと、手本を見せてやれ!帝東野球部全ての勢いで、野球を舐めてる奴らを叩き潰すぞ!良いか!」
「「「うぉぉーー!!」」」

食堂に、野太い声が大きく響き渡った。
東東京大会の準決勝は、明日。







 
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