【IS】何もかも間違ってるかもしれないインフィニット・ストラトス
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闖入劇場
第九二幕 「ドリーミー」
ぼんやり虚空を眺める。
ここは何処だろう、と考えて周囲を見回し、自分が一糸纏わぬ姿で虚空に浮かんでいることに気付き、「ああこれは夢だったのか」と納得する。自分で自分の夢を「これは夢か」と自覚するというのは何とも変な気分だな、と考えながら周囲を見渡すが、うすぼんやりとした空間が続くばかりだ。流石にここが天国という事は無いだろう。何せあまりにも何もなさすぎるし、自分は死んだ覚えはないし。
だが、何かが来るな、と根拠のない確信が心に渦巻く。その予想通りに、それは現れた。
―――汝、破邪強・・・を有する者よ。我が呼び・・・に応えよ・・・
ほら来た、既視感。聞いたことのある声だった。それも、以前よりも鮮明に耳へ届く。まだもやがかかっているが、ハッキリと。以前は電波状態の悪いラジオのようにひどく不鮮明な音だったそれが、意味のある言語として耳へ届く。
『また会った・・・っていうべきなの?夢の中の誰かさん?』
―――汝とは・・・隣り合って存在・・・る。吾らは・・・・・・蓮托生の存在なり・・・
お、何だか前回とは違って話が通じているような気がする。まだ細かいことは分からないが、やはりこの変に威厳のある声は私の夢の中に確かに存在しているらしい。やがてノイズのようなもやが払われた声は、一方的にその意思を告げ始める。夢と言うのはどうして自分の意志を基にするのに自分で支配できないのだろう、などと考えながら、何もない空間を見上げる。
と、その虚空に揺らめく炎の幻影が出現した。不定型にゆらゆらと揺れるそれはしかし、思わず背筋を伸ばしそうなほどの威厳を感じる。こう、身分も精神も自分より上の存在だと思えるほどの強烈な存在感だった。厳かな声が、告げる。
―――的殺の彼方より羅喉神が迫れり。汝の念が無為のままに目覚める事を望み今迄眠ってきたが、最早目覚めつつある幽世の主が目覚めを避ける事能わじ。古の守護者の切なる願いは潰えたり―――
『は?ちょ、ちょっと・・・?ネン?カクリヨノオウ?』
的殺に重ねて羅喉?羅喉星って言えば凶兆の悪星・・・つまり縁起最悪のやつよ?そこから何か得体のしれない者が、しかも不吉なものが迫ってるっていうの?理解の追い付かないワードがつらつら並ぶ。
あまりにも突拍子が無さ過ぎて訳が分からない。しかも念って何よ念って。あたしがムムムと念じればスプーンが曲がってインドカレーが食べられなくなるとでも言いたいの?ナンで食べればいいじゃない、というか蓮華使えばいいじゃない。
色々と意味が分からないので聞きたいのに、この幻影はさらに威圧感を増して前に迫る。こんな訳の分からない存在に何故私はここまで責められなければならないのか分からない。そもそもこちとらか弱い恋する乙女なのだ。
こんなむさい夢なんぞ見たくもないというのに、まるであたしの話なんかどうでもいいというかのように幻影の声は続く。
―――吾が使命は羅喉神とその僕たる百邪を退け、人界を守護することに在らん―――
『・・・ッ』
その声が、音とも振動とも知れない不思議な波動となって、軽度の痛みを伴いながら頭の奥に響く。人間でいえば語彙を強めているように感じられ、今までの威勢が引っ込んだ。この声から感じられる意志は一体なんだろう。・・・・・・焦り?
―――然れど我が力志半ばで叶うことなく、機人の躰は長き闘争の果てに失われん。輪廻をくぐりし再生の閉じられし環の中で、ただ無念と無為の真下にあり―――
言葉の一つ一つが体を穿つように突き抜ける。心臓が穿たれたように胸がじわじわ疼く。アタシはこの声に従わなければいけないような。何か大切なことを思い出しそうな。そんな予感が―――あれ?
アタシの、アタシの目の前に何かが横たわっている。これは―――椅子?いや、座席。
電車や列車にある座席?それに切符、炎、そしてそれをなぎ倒すように横たわった岩と土砂。
そして真っ赤に染まった―――手だ。人の手。
小刻みに震えるその手は細く、まるで女の子の―――あれ?
腕が、あたしの体の方向から伸びてきている。
違う、あたしの手の筈がない。だってあたしの手は赤くなんかない筈。
じゃあ誰の―――まさぐるように動いた手が冷たい何かに触れた。
―――冷たいって、あたしの体じゃないのになんで感覚が分かるの?
これは、何。アンタが見せてるの?何のために?
―――吾が力の一端を取り戻す器を、汝は得たり。吾が力を使役せしめるは汝のみなり。故に汝が望まぬ限り吾は使命を果たすこと能わず―――
もう、言葉が耳に入らなかった。
気が付けば足元に真っ赤な水溜まりが出来ており、そこには自分が映っていた。
ちゃんと服を着ている。髪はツインテールではなく降ろしていて、もう片方の手は明後日の方向へと折れ曲がり、そして―――
―――契約の刻限来たれり。覚悟ありや?―――
肋骨と肋骨の隙間を縫うように、胸部の中心に近い部分を、鉄のパイプのような棒が貫いていた。直後、鉄臭くて熱い液体が、ごぼりと音を立てて口から溢れ出た。視界が急速に奪われていく。ママ、と呟きながら手を伸ばしたアタシの手は、見覚えのある――そう、昔にパパから預かったペンダントを握りしめ―――
= = =
「ああッ・・・!?」
跳ね起きる。咄嗟にタオルケットをめくりあげて自分の胸部を触って確かめ、いつも通りの幼児体型であることにほっと一息をついた。自分の胸がいつも通りであることを肯定的にとらえたのは初めてかもしれない。
夢の中で貫かれていた心臓は、若干の疼きこそあれ、正常にポンプ機能を果たして、全身の毛細血管にまで血液を循環させている。違和感は夢の中での出来事に神経が騙されているだけだし、心臓の動きが早いのもやはり夢の中で起きた出来事に起因する物だろう。
周囲を見渡す。旅館の部屋の一つだ。凰鈴音の肉体には異常はなく、周囲の女子たちは半分が寝て、もう半分はこっそり別の部屋に遊びに行ったらしい。
どうして、と呟く。過去に胸に大怪我を負うような事故に巻き込まれたこともないし、今まで健康そのものの人生を送ってきた。その、筈だ。
「はぁ、はぁ・・・・・・何なのよ、もうっ」
悪態をつかずにはいられなかった。何であんな人魂モドキに痛々しいポエムを聞かされた挙句に自分が死にかける夢など見なければいけないのか―――と考えながら、水を飲もうと立って冷蔵庫に向かう鈴の顔面に、何かが命中する。
「フギャッ!?」
暗くてよく前が見えていないのを失念していたようだ。それは鈴の鼻にものの見事に直撃し、鼻にツンとくる独特の痛みが襲う。軟骨が多いせいか普通とは違う痺れに襲われながらも自分のキュートなお鼻が飛び込んだそれを払いのけた鈴は、そこで自分の鼻に命中したものの正体を見た。
月の光に揺れる藍色の頭髪―――いつもどこでもセシリアLOVEの・・・
「り、鈴さん?すいません、つららは全然そんなつもりなかったんですが・・・ここの部屋の子の落とし物を届けに来たんです」
「うう、なんかくしゃみが出そうで出ない・・・っていうか、アンタのどこにぶつかったのかしら?あたしのお鼻は・・・」
「つららのおでこにピンポイントです・・・ジャストです」
「もう、人に頭突きかますようなところ通ってんじゃないわよ・・・」
盛大にシリアスをと疑問の感情をそがれた鈴は、しょうがないので水を煽って2度寝することにした。2度目の睡眠では、同じ夢は見なかった。
= = =
一人の少女と入れ替わるように、今度は別の少女が嫌な予感に目を覚ましていた。
彼女は既に消灯した部屋からこっそりと抜け出し、温泉の前にある自販機エリアで静かにお茶を飲んでいるその少女の名前は、更識簪。眼鏡は外しており、その顔にはどこか疲労にも似た陰が射している。
ペットボトルを傾け、口内に中身を注ぐ。こくり、と喉が音を鳴らし、火照った体に食道器官を通り抜ける冷茶の低温が染みわたる。嫌な寝汗も漸く引っ込み、一息ついた。
「また、夢・・・何で?」
既に彼女は見た夢の内容を覚えてはいない。ただ、また知らない誰かが訳の分からない話をしているのを傍聴していたような内容だったことくらいはなんとなく分かっていた。
今回は、若い男女の会話だった。女が一方的にしゃべり、男は時々しか返答を返さない、どこか不気味さを感じる異質な会話。例によって、具合的に話していた内容はほとんど覚えていない。
今回、今までに見た簪の夢と決定的に違うところがあるとすれば、それは「こんな夢を見た」という記憶を何故か嫌によく覚えていることだ。理由は何だろうか。誰か、夢の登場人物以外の誰かの気配を感じた気もしたが、よくは覚えていない。ともかく頭に何かが突き刺さっているような違和感が気になって、寝る気になれなかった。
「ただの変な夢に、何で悩まされなきゃいけないの・・・」
「・・・何か悩みがあるの?」
背後から突如、予想だにしない声。びくん、と肩が跳ねた。その声の主を必死で思い出した簪は慌てて振り向いた。
「・・・・・・ッ!?・・・ぁぅっ・・・ゆ、ユウ・・・?」
あまりにも驚きすぎて手に持っていたペットボトルの中身を取り零しかけた簪の慌てぶりに、ユウは「驚かせるつもりはなかったんだけど・・・」と苦笑いしながら隣に座った。驚きすぎて心拍が意味もなく加速する。
驚きの次に訪れるのは、独り言を聞かれてしまったという羞恥と何故ここにユウがいるのかという疑問。ちらりと横目で見ると、ユウの髪はわずかに湿っており、顔が上気していることから先ほどまで温泉につかっていたのだろうことが伺える。
「ぇと・・・こんな時間に、温泉?・・・もう外出時間過ぎてるよ?」
「それは簪も一緒でしょ?」
「それは、そうだけど・・・」
「ま、僕の場合は兄さんとの組手のせいで体が汚れちゃったんだけどね」
「・・・納得」
成程、あの兄の仕業ならば何があっても大体納得できる。またユウを困らせていたのだろう。もう次からは「兄さん」の一言ですべて察せそうな気がしてくる。しかもあれは一応教務補助生だ。やろうと思えば一部の違反を握りつぶすことも出来るだろう・・・などとジョウに対して失礼全開な事を考える。
そしてふと、そういえば2人きりになっている状況に気付いた。考えてみれば鈴と友達になる前は、2人きりというシチュエーションもよくあることだった。共通の悩みで意気投合したあの日がずいぶん昔に思える。
あの頃、簪の世界には楯無しかいなかった。目指すのも対抗心を燃やすのも、考えているのはあの人の事ばかり。そんな自分の思いを理解してくれる人などいはしないのだと妄信的に思い込んでしまっていた。心配してくれる人はいても、日本の代表候補性という立場と更識家という生い立ちのせいで周囲と少し浮いていたのだ。
そんな世界にユウが入ってきて、鈴が入ってきて・・・今では見えていなかったたくさんの人が見えている。皆個性が強くて、変で、たまにちょっとイラついたり戸惑うこともあるけど、皆いい人だ。
そうだ、夢が何だ。目が覚めれば友達がいて、一緒にいてくれる。
だったら怖いことなんてないじゃないか。
「それで、悩みって?」
「え・・・っと、夢見が悪くて・・・・・・でも、もういいや。ユウと一緒にいたら、どうでもよくなった」
「そ、そうなんだ・・・」
沈黙が訪れる。昔はあまりユウが近づくと恥ずかしい思いがあったのだが、友達からいろんなアドバイスをもらうにつれて、ちょっとずつ詰められる距離が縮んでいる気がする。
さりげなく、すっと横に動いてユウと肩が触れそうな距離まで近づいてみる。こうして並ぶと映画館を思い出すが、やはり胸の鼓動が少し高まった。ユウの存在を意識してしまっている。こういうのが異性の友達というものなのだろうか。
微かに高潮する自身の頬を手のひらで押さえながら、「一緒にいるだけで悩みが吹き飛ぶ関係って、なんだかいいな」と小さく微笑む簪だった。
・・・悩みが飛んで上機嫌の簪とは裏腹に、ユウは何とも言えないもやもやした感情を持て余していたが。
(簪は僕のことを友達だって言う。僕も友達だと思いたい。思いたいのに・・・どうして、この距離が縮むにつれて僕は・・・)
段々、簪の本心が分からなくなってゆく。簪にとって本当にただの友達だと思われているのか、そうではないのか。それを確かめることにだんだんと葛藤が生まれていく。確かめてしまえば、決着がつくかもしれない。
しかしそれを意識すると、心臓が締め付けられて頭がこんがらがる。簪に視線を向けることさえ、だんだんと強い意識に引っ張られているように頻度が増えていく。心の内から湧き上がるこの得体のしれない衝動を抑えるように、ユウは一息吐いた。
「ふぅ・・・」
「・・・?喉、乾いた?これあげる・・・」
「え」
そのペットボトルは、遠目で見た時に簪が飲んでいたものである。もしもこのペットボトルを受け取って飲めば、それは一般に間接キスと呼ばれる行為としてとらえられる事がある。家族観や友達の間ならば別にそこまで意識することじゃないが、思春期の異性同士となれば恥じらいが生まれるモノ。
抵抗があるなら受け取らなければいい。でも簪は善意を断られると、結構あからさまにへこむ。それも自分に非があったと言わんばかりの自責の顔をする。普段他人に善意を向けることに慣れていないものだから、断られると堪えるらしいのだ。
受け取れば恥ずかしいが、受け取らないとそれはそれで傷つける。どうしようか迷いながらも、ユウは一つの事を確認した。
(・・・やっぱり僕と簪は『友達』だ。友達なら気にしないし、友達なら接し方は今までどおりでいい。これでいい、んだよな)
何か喉に引っかかる思いをぐっと押さえ込んで差し出されたペットボトルを掴んだユウは、未だ胸中に立ち込めるもやもやを誤魔化すように軽口をたたいた。
「なんか、傍から見たら僕ら兄妹かカップルに見えるかもね。なんて・・・」
「・・・・・・」
「はは、は・・・か、簪?」
――ひょっとして盛大にすべった?と急激に自分の言葉を撤回したくなったユウだったが、次の瞬間フリーズした簪の顔がボフンと音を立てて真っ赤に染まった。誇張を通り越したその赤面はユウの顔を見たままふらりと揺れて―――
「・・・かっぷる・・・コイビト・・・かぞく・・・?・・・・・・・ふにゅう」
「えぇぇぇーーーっ!?どんなタイミングで恥ずかしがってるの簪!?」
そのままなぜかユウの膝に体ごと落下した。軽い頭がことんと落ち、眼鏡をかけていないその幼さを残すふにゃけた顔が露わになった。ユウ、驚愕。自分の膝の上まで器用に落下して目を回す簪を唖然と見下ろす。何やら兄妹とカップルのワードから乙女なことを連想して脳の許容量をオーバーしたらしい。頬を軽くたたいて名前を呼んでみたが、完全に気を失っている。
気を失ってしまったのでは自分が運んであげなければいけない。乙女という不思議生物をゆっくり背中に抱える。それにしても、まさか気絶するなど誰が予想出来たろうか、とユウは再び溜息をついた。
(結局君は「どっち」なんだい、簪・・・?)
そんな答えの出ない問いかけを頭のニューロンでぐるぐる回しながら、ユウは簪を部屋まで運んだ。
もしもこの日ユウに不幸があったとしたら、それは同じ部屋に諸悪の根源の一角であるラズィーヤがニヤニヤ笑っているのを発見できなかったことだろう。
後書き
”あれ”を知っている人は既に「ん?」と疑惑を感じている頃だと思います。
でも、まだ質問されても答えません。あーこれからの事を考えると胃が痛い。
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