「銀河英雄伝説 エル・ファシルの逃亡者(旧版)」の感想


 
コメント
「戦場の流れを動かす」のに『自信』が必要かどうかは、疑問が残ります。しかし、少なくとも「積極性」は必要でしょうね。
 状況に流されるのではなく、自ら積極的に変えようとしない限り、「流れ」は変わらない。それは確かでしょう。

「ならば、敵の動きに合わせて動くのを得意とした、ヤン・ウェンリーの用兵は何なんだ?」という人が居るでしょうが、あれも実は、かなり積極的に動いているのです。
 ヤンの用兵は、単に「敵の攻勢を防いでいる」だけではありません。敵の手の内を読み、敵の狙いや動きを逆手に取ることで、流れを変え、状況をひっくり返す、そういうものでした。

 敵の狙いを「防ぐ」だけならともかく、「逆手に取る」には、かなり積極的に動かねばならない。そのことは、おそらく、想像がつくのじゃないかと思います。
 もちろん、「敵の狙いを逆手に取る」のは、ヤン・ウェンリーだから出来たことであって、並みの指揮官が同じ事をやろうとしても、「敵がこっちの思惑通りに動いてくれず」、失敗するだけでしょう。

 いや、待てよ? 「自分に自信の無い人間には、積極的に動くなんてことは出来ない」ということなのか? その意味では、「流れを動かすには自信が必要」という、ビューフォート大佐の言葉は正しいのか?
 ヤンにあれだけのことが出来たのは、長い参謀経験、戦場経験から、自分の洞察力に自信が有ったからなのか?

 そして、トリューニヒトの言う『凡人』とは、自分に自信が無くて、積極的に行動出来ない人々のことなのか? 
作者からの返信
作者からの返信
 
自信がないのに積極的であるということは考えにくいと思います。

非凡な人って良くも悪くも自分の中に基準を持っていて、確信的に動きますよね。凡人は世間体やら何やらに振り回されて自分の基準を持てません。何をするにもいちいち言い訳が必要になります。言い訳がないと動けません。消極的ということでしょうね。