「銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)」の感想

Mckee
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コメント
物語の主要人物が、20世紀末の価値観で全歴史の全ての時代の物事を評価し、それがあたかも絶対的な価値観のように考えている点や彼らの行動やセリフが常に洒脱な点は、原作の通りで銀英伝らしいと思います。

ただ、ヤンもラインハルトも世界観や才において極端に矮小で凡人の部類を全く出ないのはどうでしょう???
見識・器量・気宇・機略・発想のいずれも「英雄」とよぶに程遠いと感じます。

主人公 エーリッヒ・ヴァレンシュタインは元々が役所のお役人さんという設定なので、随所にみられる小者ぶりはリアルで面白いですが、ヤンやラインハルトの「気宇壮大」なところや「見識・機略」の超凡したところがなくなってしまっているのは少し残念な気がします。

この人物像では、もし、エーリッヒ・ヴァレンシュタインやヤンやラインハルトが2012年末の現代の日本に現れたとしても尖閣諸島の問題にすら、刮目するような解決策を示せないのではないかと、杞憂を禁じえません。

パロディのパラレル・ワールドなのかもしれませんが、原作の主要人物の「才」くらいは持続させた方が良いのではないかと思いました。
で、ないとまるでホームドラマみたいで、ヤンやラインハルトですら、街角の事務所やお役所・銀行の窓口で見かけるような「小市民」に見えてきます。

ラインハルトの命にも人生にも代えられない「天命」とか「大志」「夢」は人類史上類を見ない「全銀河の覇者」になり旧来の門閥貴族を人生の苦難の中に叩き込んで復讐を果たす事。であり、ヤンのそれは「20世紀的民主資本主義」の一員としてその制度と社会を継続させる事。ですよね(ちょっと大雑把ですが)

エーリッヒ・ヴァレンシュタインは、何の為に銀河に波乱を巻き起こしているのでしょうか???
壮大な大志も真摯な信条も見当たりません。
彼にとって個人の人生や権利、命より大切な「内なる存在」とは何なんでしょうか?

確固とした人生の目的や存在の意義すら自覚してる様子が見受けられません。
まさに、食うに困らぬ「中小貴族や旗本の三男坊」という感じで、しかも才も平凡。

彼に振り回されるヤンやラインハルトには「ワザと?」ってツッコミを入れる事が。。。
門閥貴族側にたつ銀英伝もあって良いと思いますが、それには、建国の功臣の子孫が何故に門閥貴族として継続され続けているのか?名君もあったであろう銀河帝国の歴史から何故に門閥貴族の維持という選択がなされ続けているのか?
そこを、明示する事が必要だと思います。

また、五箇条のご誓文の歴史的・社会的背景とこの物語の状況は相当に異なると思います。
(日本のご皇室はヨーロッパのローマカソリック教皇とほぼ同質で、中国の“皇帝”や欧州の“王権”とは全然異質の物です。なので“皇帝”“王権”の延長上に存在する銀河帝国が「五箇条のご誓文」的な宣言を出すのは政治的痴呆です。自由・平等・民主主義を謳うのであれば、自由惑星同盟を討伐する理由がなくなるばかりか、帝国の秩序と安定重視、門閥貴族の元老院体制と帝室の相互扶助による統治機構。という基礎基盤をぶち壊してしまいます)
自由と混迷は一枚の紙の表裏であり、安定と閉塞も同様です。
資本主義経済には恐慌が付き物ですし、社会主義には停滞が必然なのと同様で、どの様な物にも良い点と不足な点が付き物です。
だからこそ、用兵学も成り立つのです。
大軍には大軍の、近代的軍隊には近代的軍隊の欠点が存在するという事です。

まぁこの辺りも、エーリッヒ・ヴァレンシュタインの形骸的・教条的な「小役人ぶり」なのかもしれませんが、更に一歩進めてカエサルやアウグストゥスが宣言しそうな宣言文であった方が良かったような気もします。

エーリッヒ・ヴァレンシュタインは、銀河帝国内で人臣を極め無血革命(大政奉還のような)を起こして日本の天皇制度のような一系万世の立憲神聖君主制度の新国家をつくるつもりなのでしょうか?
と、すれば彼のような「凡人」であってこそなせる偉業です。
ヤンのような天衣無縫の「天命の人」やラインハルトのような国士無双の「英雄児」を愚弄し嘲笑するような「風刺」や「パロっぽさ」も辛辣で秀逸なスパイスなのかもしれません。

ただ、そうだとすればゴールデンバウム朝の伝統や門閥貴族には伝統的に当然備わっている「ノブレスオブリージュ」の習慣が銀河の現状や未来に重要という描写が必要ではないでしょうか?
あと、目に入れても痛くないほど愛してくれた両親を虐殺された主人公が、貴族や貴族の庇護者である帝室を重視し敬愛しその憎しみを忘却するほどの「何か」がひょうげんされてないのはどうでしょうか??
ここは、起承転結の「転」になる物語の核心部分になるでしょうね。

今は、ほぼ中頃です。
これからの展開を楽しみにしています。
蛇足ですが、ただ「英雄」とかいう種族は一つの事を一つの目的でしたり、一つの状況を一面の解釈や活用でとらえたりはしない生き物ですよ。

それと、「運」の恐ろしさ。「運」の大切さ。「運」の波とその呼び寄せ方。を熟知してるのも彼らの特徴です。