つぶやき

海戦型
 
暇は潰されなければならない
 
 都内にあるくたびれたテナントの一つに構えられた事務所。
 その中のソファに寝そべって頭を押さえている男が一言漏らした。

「金がねぇ……」

 従業員は彼を含めて計5名。一応ながら全員が特別な力を持っている。
 今やこの世界で超能力や異能と呼ばれるものは珍しくもない存在だ。何十年も前に起きた異世代エネルギー「アイテール」の発見による技術革命と、それに伴って発見されたアイテール特別適応能力者――通称「ベルガー」。それらは当の昔に一通りの問題を乗り越えてこの世の中に溶け込んでいる。

 しかし異能使いとなると、どうしてもその異能を何らかの形で活かしたいと考える人間は出てくる。そんな人間が好んで立ち上げたり就職する場所。それは警察であったり、自衛隊であったり……そして最もその数が多いのが民間警備会社や護衛会社だ。
 尤も彼の営む仕事はそれではなく、所謂「便利屋」の類なのだが。住民の仲裁をしたり、猫の捜索や浮気調査をしたり、ストーカーからの護衛を受けたりとそんな具合だ。
 実を言うと、お金はないがそれなりに依頼はある。周囲でもそこそこ評判の店だし、従業員もこんなちんけな事務所にいるのが不思議なくらい有能な人間が揃っているので問題解決能力も高い。それなりに金のある相手から依頼が来ることもある。
 しかし、それでもこの便利屋にはお金がない。それは何故か。
 がちゃり、と音を立てて事務所のドアが開き、上等な革靴の足音がコツコツと部屋に入ってきた。その姿を確認しながら呻く。

「今戻ったぞ、法師(のりかず)」
「帰って来たな、ウチの金食い虫第1号め……!」

 今時珍しいモノクルをかけた美形の男が、無表情な鉄面皮をぶら下げてのこのこと帰ってきた。
 便利屋№2にして親友の式綱衛(しきつなまもる)。俺、こと梅小路法師(うめこうじのりかず)とは学生時代からの付き合いである。というか、この事務所の従業員は全員が全員そうなのだが。
 衛は非常に有能だ。異能も汎用性が高いし本人の体術や機械、武器類への造詣がとても深い。情報通で頭脳も明晰な上にルックスもいいという欠点らしい欠点がないデキる男なのだ。デキる男なのに、こいつには致命的な欠点が2つほどある。

「依頼は完遂したぞ。極道の跡取り息子の護衛任務、完遂だ。依頼料の1000万円は振り込み済みだ」
「ほうほうふむふむ……で、そのうち幾らを使い込んだんだ?」
「貯金の3000万に今回の報酬から900万を上乗せして、漸く最新の量子プリンターに手が届いた」
「ああそうかそうかいそうですか……ってアホぉぉぉーーーッ!!幾らなんでも使い込み過ぎだろーが!!」

 この男、依頼料を勝手に使い込むスーパー浪費野郎なのである。
衛は元々さる筋では有名な武家の出であり、伝手もあれば高額の依頼も多く舞い込んでくる。だが、その悉くを――酷い時は9割以上どころか全て使い込んで何かしらの新しい機材を買い込むのだ。しかも、その機材の管理費も馬鹿にならない、プラス電気代が馬鹿にならない、プラス改造費で更に諭吉を飛ばす。
 一応利益は出ているものの――今回のように高い買い物をすると手元に殆ど金が残らない。

「移動費が電車バスタクシー合わせて3万円前後。護衛に際して消耗した装備品類諸々合わせて20万円。そして食費が……」

 領収書をつまみ上げて眺める自分のこめかみがヒク付いているのを自覚しながら、俺は深いため息をついた。それこそがこの男のもう一つの欠点にして事務所のエンゲル係数を跳ね上げる要因なのだ。

「食費が、40万円……なあお前。もう少しこう……何とかならんのかその大食い体質は?」
「俺の異能がとんでもなくカロリーを消費するのはお前も知っているだろう?今回はかなりハードだったからな………」
「変異型異能『身体改造(モディフィケーション)』……傷を負っても肉体を改造して修復可能、おまけに骨格体格皮膚の色から髪の長さまで変え放題。その代償が莫大なカロリーか……40万ってことは、お前さてはかなり死にかけたな?」
「ふっ……関東の極道も捨てたものではない。一人の人間にあそこまで殺られたのは久方ぶりだよ」
「お願いだから無茶は止めろ。うちの事務所の金庫のために!」

 スーパー浪費野郎に加えてミスター大食い野郎の称号が上乗せされるのがこの男の凄い所。
身体改造の異能は、使えば使うほどに消費カロリーが跳ね上がっていくという何とも言えないリスクがある。その分カロリーを大量に溜めこむことが可能で、かつ太らない神秘の体質にはなっているのだが……例えば、ナイフで刺されるとその再生に必要な食費は軽く1万円、内臓まで傷付けていたら3万円といった具合に、傷が深ければ深いほど再生にバカみたいなカロリーが必要になる。
 そして、護衛が本業の彼は機動力を重視して身を守る防具を殆ど身につけないために体をバンバン傷付けていく。病院の入院代よりは安くつくが、それでもこれだけバカスカ万札を飛ばされてはたまったものではない。おまけに、いつ傷ついてもいいように彼は普段から大食いなのでさらに頭が痛い。

「えー……引いて37万円。そっからさらにあれを引いてこれを引いて……はぁ。浪費癖の方はまだ許せるんだよ。あれは生産性があるし、俺達も使う機会があるからまだ許せる」
「そこで900万円を許せてしまうお前も大概だぞ」
「たわけ。お前じゃなけりゃ東京湾の底に沈めてる所だ」
「……それは怖いな。更に精進を重ねて怪我の数を減らさねば、鬼社長に殺されてしまう」

 何が面白いのか先ほどまでの無表情が崩れてくつくつと笑う親友だが、その笑顔はあることを思い出してその笑顔を消して真顔になる。

「しかし、この事務所に金がないのは事実だな。俺の持ち帰った僅かな利益も『あいつ』が食いつぶす気がしてならん」
「あー、あいつか……ホント困った奴なんだよなーあの金食い虫第2号め。金が溜まったと思ったら何かしらぶっ壊して金庫をすっからかんにしちまうんだから」
「はぁ……もうちょっと、どうにかならんかな」
「ふぅ……せめてもう少し穏便な依頼が多ければな」

 他の社員が全員仕事に出かけている現状、この事務所を空にする訳にはいかない。かといって余った1人には今は依頼がない。導き出される結論は、憂鬱なる打算計算の継続である。事務所の中にかび臭いどんよりとした空気が立ち込める。

 そう、ちょうどそんな時だった。
 こんこんと事務所のドアをノックする音と共に、子供特有の高い声が2人の耳に飛び込んだ。

「すいませぇん!助けて下さい!お願いします、助けてぇ……!!」

しばしの無言と共に、俺は衛と目を合わせた。

「どう思う?」
「多分、『よくある金にならない依頼』だろうな」
「では?」
「ああ」

 金にならない依頼などにかまけていられるほど、彼らの生活は裕福ではない。
 ならば答えは決まっている。

「金より大事なものがあるなら、やっぱり人間だと思わないか?」
「ふ……お前も中々に問題児だな」

 この何でも屋の信条は、たとえ依頼人が文無しだろうが子供だろうが、いつでも門を開けること。俺は迷いなく、事務所のドアを開け放った。

「ようこそ、何でも屋『カルマ』へ。ご依頼は何かな?」