第二章
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彼女はすぐに彼に顔を向けてきた。その中国風の仮面を。
「何でしょうか、私に」
「実はですね」
彼は仮面を着けていることに勇気を見出していた。そうしてそれを素顔にして彼女に話すのだった。
「踊りを踊りたいのですが」
「あら、では私をそのパートナーにですか」
「いけませんか?」
そう彼女に問うた。
「宜しければですが」
「いえ」
その言葉に首を横に振ってきた。
「私も。丁度パートナーがいませんし」
「そうなのですか」
「ええ。寂しい一人身ですわ」
声が微かに笑っていた。仮面は笑ってはいないが声は笑っているのがわかった。
「それがいいのか悪いのかは別にして」
「左様ですか」
「では旦那様」
また声で笑っていた。その声と共にすっと右手を伯爵に差し出す。白い絹の手袋で肩の辺りまで覆われていた。
「宜しく御願いします」
「ええ」
伯爵は声だけに微かな笑みを浮かべてそれに応えた。その声と共に手を受け取る。
「御受け頂き有り難うございます」
「だって。当然ですわ」
彼女の声の笑みがさらに増した。
「貴方ですから」
「貴方とは」
今の言葉の意味がわからなかった。
「どういうことでしょうか」
「ソワソン伯爵」
彼女は彼の名を口にしてきた。
「そうですわね」
「えっ、いや」
誤魔化そうとする。だがそれは適わなかった。
「名前は」
「こうした場所では野暮ですが。おわかりでしたから」
「わかっておられたのですか」
「はい」
彼女の返答はまたしても笑っていた。笑みのままで述べるのだった。
「私も。見ていましたから」
「貴女もですか」
「はい。そうですわね」
その銀色の中国風の仮面が辺りを見回す。それまでは冷淡に見えた仮面が何故か口も目も笑っているように見えた。それはこの中国風の仮面のつくりなのか彼女の心が仮面にまで出ているのかは誰にもわからなかった。少なくとも彼にはわからなかった。
「ここでは何ですわ」
また彼に言う。
「ですから。場所を変えませんこと?」
「では。外に」
伯爵はそう述べてきた。今は夜だ。このベルサイユはあまりにも広く人と人がこっそり密会する場所は嫌になる程あった。中には逢引を楽しむ者達もいたのは言うまでもない。またそれを咎める者もいなかった。この時代のフランス貴族達は後の革命後には腐敗の極みだったと言われているがこれは彼等にとっては普通だったのである。極端に清廉潔白なロベスピエールだからこそそう考えたのかも知れない。後にナポレオンの第一帝政時外相を務めたタレーランはかなり派手な女性関係を誇っていた。さらに後のオルレアン朝や第二帝政期にはブルジョワジーは若い娘を囲うのが一種のステータスであった。ミミにしろマノンにしろプッチーニ好みの娘達も今から見れ
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