第百七十三話 信行の疑念その一
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第百七十三話 信行の疑念
織田家が武田家との戦を凌いだことはすぐに早馬で都の信行にも伝えられた。信行は六波羅でその報を聞き胸を撫で下ろしてこう言った。
「よかったわ」
「ですな、あの武田と戦い凌げたのは」
「領地を全く失わなかったのは」
「主だった家臣のどなたも死んでおりませんし」
「よかったですな」
「全くじゃ」
笑顔で言う信行だった。
「まことにな」
「それではこのことは」
「すぐに三郎五郎様にもお伝えしますか」
「いや、そちらにも早馬が向かっておる」
信行はこう己の周りの者達に話した。
「だからな」
「そのことは心配無用ですか」
「三郎五郎様のことは」
「うむ、とりあえず武田との戦は凌いだ」
これはいいというのだ。
「そしてだ」
「そしてですね」
「次は」
「上杉じゃ」
この家との戦のこともだ、信行は言うのだった。見ればその顔はもう真剣なものになっている。そのうえで言うのだ。
「上杉謙信も強いわ」
「越後の龍ですな」
「軍神ですな」
「武田も強いがあの家も強い」
だからだというのだ。
「だからまだ安心は出来ぬ」
「武田とは凌げても」
「まだ、ですか」
「今はですな」
「安心出来ませんか」
「うむ、出来ぬ」
到底だというのだ。
「上杉謙信は強いからのう」
「では我等も」
「今はですな」
「油断せぬことじゃ」
絶対にというのだ。
「このことはな。それで都じゃが」
「落ち着いております」
家臣の一人が信行の問いにこう答えた。
「都は今も」
「そうか。では宮中は」
「同じです」
そこも落ち着いているというのだ。
「近衛様も信じておられました」
「兄上が凌がれることは」
「はい、殿ならば安心だと」
近衛がそう言っていたというのだ。
「帝にも申し上げられていたそうです」
「山科殿もか」
「はい、あの方も」
公卿のまとめ役である彼等がそれぞれこう言っていたというのだ。
「宮中はご安心下さい」
「都全体とじゃな」
「寺社の殆ども」
「左様か。しかし」
信行はここまでは安心した、だがだった。
ここでだ、こうも言ったのだった。
「幕府はどうじゃ」
「幕臣の殆どはです」
その家臣が信行に話した、幕府のことも。
「既に織田家と共にあり織田家の家臣ですが」
「あの二人じゃな」
「はい、天海殿と崇伝殿は」
「あの二人は何であろうな」
いぶかしむ顔でだ、こうも言った信行だった。
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