第一部
第一章
二人の仕事(2)
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ボクは一歩、また一歩と歩いて、廊下と玄関とを隔てる段差の前へとたどり着き、腰を屈めた。暗く、居間から漏れる灯りだけが、廊下からボクの足元までを照らしてくれる。行動するには十分すぎる灯り。
ボクは腰を屈めたまま玄関に立って、右足に履いているブーツサンダルの紐を解いて、ヒールをつまんで脱いだ。途端に、靴に触れていたところが外気に触れ、ちょっとだけ感じる涼しさ。同じように左のブーツサンダルも脱いで、玄関先に揃えて置いておく。両足に感じる、僅かな涼しさ。自分の足に籠っていた熱と汗が外気に触れた瞬間の気化熱が、足の体温を奪っているのがわかる。
ちょっと、気持ち悪いかな……。
廊下に足をついた瞬間に、気体とは違う固体と足ならではの急激な温度の差。一日中、靴を脱ぐこともなく履き続けていたせいもあってか、熱と汗が篭って床に足をつく度にぺたぺたと足の裏がくっつくのが気になる……。
靴もそろそろ洗おう……。
ボクは足先に視線を落とし、そのまま居間へと向かおうとした。そのとき。
「美羽。お帰りなさい。」
「あ、お母さん。ただいま。」
突然の聞き慣れた声。パッと顔を上げたそこには、いつの間にか居間を抜けてきていたのか、お母さんが上半身だけを扉から覗かせ、笑顔をこちらへと向けていた。お母さんの顔を見た瞬間に、心に安堵の灯が仄かに灯る。ようやく帰ってきたって実感が、沸々と心に湧く。
そのままボクはお母さんのところまで小走りに走り寄った。
「ケガはしてないわね?」
お母さんの大きな手がボクの頭を触れる。スッと滑るように頭を撫でてくれるお母さん。
あったかい……。
そんなお母さんの手が頭を滑っていく感覚に、さっきまでボクの頭を撫でてくれていた恭夜くんのことがふっと思い浮かんで。そして、またボクの頭をいっぱいにする。振り払おうと思っても、それはそう簡単には消えそうにない。
恭夜……くん。
「うん……大丈夫。」
大丈夫なんて。そんな風に答えてはみるけれども……でもこの頭を満たす想いは、とても大丈夫には感じられなくて。でも、お母さんにこれ以上心配かけたくはないから。だから、大丈夫じゃないなんて言えなくて。大丈夫じゃないけど、大丈夫だって……そんな、ちょっと曖昧な返事になる。
「……そう。ごはんは?食べる?」
でもお母さんはちょっと心配そうな顔をするだけ。これ以上は追及して来なかった。察してくれたのかもしれない。
「今日はいいかな。ちょっと、休みたいの。」
「ん、わかったわ。おふとん干しておいたから、ちゃんと敷いてね。」
やがてボクの頭からお母さんの手が離れ、ボクも一歩後ろに下がる。お母さんの笑顔がボクの方に向く。その何気ない優しさが嬉しかった。
だから、ボクも小さく微笑んで。
「うん、おやすみなさい。」
「ええ。おやすみ。」
一つだけおやすみの挨
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