第一部
第一章
二人の仕事(2)
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までもそうしていた。
「……」
やがて俺の胸元から離れ、俺の両の手の束縛を解き放つように一歩……二歩と距離を開ける美羽。俺はその道を塞ぐことなく、美羽の頭を撫でていた左手は宙に浮かせ、美羽の背中を支えていた右手は、重力に逆らうことなく俺の身体に沿うようにしてぶら下げた。
少しだけ俺から離れた場所に立ち、紅潮した頬と少しだけ上目づかいの目線で俺のことを見つめる美羽。特に何の意図があるわけではないとわかってはいるけれども、それでも少しドキッとしてしまう気持ちは、慣れることのない女の子との小さな触れ合いが織り成す青春の、その喜びに叫ぶ心の声だと。いつだかイブに教わったな……。
「恭夜くん。また明日ね。」
「あ、ああ……またいつものところで、かな。」
少しぎこちない口調になってしまうが、その俺の一言に微笑む美羽。広場とは言わずにいつものところと俺は言う。明日は広場ではなく、俺と美羽だけが知る二人の集合場所。今日とは違う仕事が待っている。
向きを変え、とうとう距離が開いていく美羽の背中を眺め続ける。美羽が玄関口に立ってぴょんとこっちを振り返り、俺に手を振ってくれるまでの間はずっと。
「……」
手を振り返す。やがて美羽が満面の笑みを浮かべつつ玄関の奥へと消えていくまでの間、ずっと。美羽が扉の奥へと消え、やがて訪れる静寂に、ようやく俺は両の腕を重力に逆らわせることなく下げた。
……ちゃんと、帰ったな。
最後までしっかりと家の戸が閉じられたことを確認し終えた俺は、人っ子一人通らない美羽の家の前で、しばらく一人立ち尽くした。ただ、ボーっと立ち尽くすだけ。何も考えずに、視線だけを美羽の家。二階の美羽の部屋辺りを眺めながら。
音の鳴りやんだ世界。無音が耳に痛い。それだけが、今の俺が感じる唯一の刺激だった。
「……帰るか。」
とりあえず美羽も家に送り届けたし、今日すべきことは全て終わった。特に成果があったわけじゃないけれども、無駄な一日を過ごしたわけでもない。充分に充実した一日だった。
俺は身を翻し、美羽の住む家に背を向けた。若干後ろ髪を引かれる気持ちを断ち切り、一歩を踏み出すと、自然と二歩目三歩目と足が動き出す。しかし、さっきまでの美羽との一連の行為が、折節俺の脳裏を駆け巡っては褪せていく、この妙な不安に駆られる想いが俺の心をチクチクと刺す。
美羽のこと、確かにこの世界の誰よりも意識している人間だとは思う。自分の心にバカ正直に問いかけてみたとしても、たぶん同じ答えが返ってくるだろうし、そのことで自分の心を騙すようなことはしない。
骸の数も増えてきた路地裏へと差し掛かり、暗い足元をしっかりと見据え踏みしめて歩く。
でも……俺はこの世界だけに生きてるわけじゃない。もう一つ、違う夢の世界とこっちの世界。二つに生きている。現状では、ほぼ真逆の性質を持つ
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