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乱世の確率事象改変
風に消える慟哭
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きた。普段ならば有り得ない事態であるが、自分が妄想の世界に居なかった為に戻って来れた。
 ただ……もう一つ理由があった。

「はい、お帰り」
「……あ、ありがとうございます」

 か細い声で礼を言い、稟は鼻血を拭った。しゅん、と肩を落とし、陰鬱でどんよりとした負の空気を漂わせ、徐々に、顔を俯けていく。
 彼女は彼とまともに目を合わせる事が出来なくなった。

――私は……なんと愚かしい事を……。ここ連日聞かされていた朔夜の妄想に流されたとは言え、自分でそれを広げてしまうなんて。
 彼の隣は……“あの子”しか有り得ないというのに。

 『ソレ』は妄想などでは無いのだ。現実に起こった絶望。
 一人の少女が最愛の人から忘れられ、それでも尚、その男の幸せを願い続けているという事実。
 その姿を、その心を、彼女は直に見た。化け物部隊を平然と扱い、死に行く兵達を笑顔で見送る“あの子”を知っているから……自責から心が沈んでしまうのも詮無きこと。

「くくっ」

 耳に響いたのは小さな笑い声。
 チラと覗き見て目に入ったのは、彼の楽しげな笑顔であった。

「あはっ、あははははっ! やっぱり郭嘉殿は面白いじゃないか」

 彼は子供のような笑顔で、心底から可笑しそうに笑っていた。目の端に涙を浮かべて、腹を抱えて。

――この笑顔を守る為に、雛里は黒麒麟の全てを代わりに背負ったのですか。

 胸が締め付けられた。自分は誰かの為にそこまで出来るだろうかと、そんな気持ちも湧いてきた。
 じっと、彼を見据える。笑い転げる彼を、稟は苦しげな顔で見つめていた。
 すると……彼は薄く片目を開いて、

「くく、なぁ郭嘉殿。誰の事を想ってそんな悲しい目をしてるか分からんが……その人も郭嘉殿に笑って欲しいと思ってるだろうよ」

 彼女の思考を停止させる一言を放った。

「な、何を……」
「郭嘉殿が優しくて素直ないい人だからさ。俺もそう思うし」

 過程も、理由も、予想も、何もかも彼は話さず、ただ一点、稟に対しての友好を示した。
 自分はそんなに分かり易かったのか、それとも彼が余りに鋭すぎるのか……そう考える前に彼はまた優しく笑った。

「ま、難しい事考えるのが軍師の仕事なのは分かってるさ。でもたまには、心も頭も空っぽにして思い浮かんだまま楽に行くのもいいもんだよ」

 じっと彼を見つめる稟は、じわりと湧き上がる感情を感じた。
 それはやり込められた事に対して、飄々と容易く防壁を崩された事に対しての悔しさか……否、それは二つの羨望。
 負けだと認めざるを得ず湧き上がった抑えがたい敗北感……それを感じさせずに、曖昧にぼかしながらすっきりとした心にさせてくる彼が羨ましい。まるで自身の主と出会った時のような羨望の感情。
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