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トワノクウ
トワノクウ
第十二夜 ゆきはつ三叉路(四)
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と呟く少女が薫であると、一瞬忘れかけた。

 胸倉を掴んだ手に力がこもった直後、くうは薫に力いっぱい床に叩きつけられた。

 ダメージよりも友人からの突然の暴行に、身体とは別の器官が悲鳴を上げた。くうはまとまらない思考を持て余し、解を求めて薫を見上げた。

「何でこんなことするのよ!? 分からない! くうが何か悪いことした!? 分かんないよ、薫ちゃん!!」

 焦点が外れていた薫の目に、にわかに光が戻った。
 次の瞬間、くうは内臓が潰れる勢いで薫に殴られ、床に押し倒されていた。

 くうの鳩尾と乳房に、これも凍鉄となった薫の足がのしかかる。呼吸が苦しい。
 だがそれで終わりではなく、薫はそこからくうの肉体をめちゃくちゃに殴り始めた。

「薫ちゃん薫ちゃんっていつもあたしに付きまといやがって、いい加減うざいんだよ! あたしは藤袴だ、あんたの薫じゃないんだ!」

 くうが抗議を上げる隙もない、執拗な暴力。

「あたしのそばに寄るな! 話しかけるな! あんたがいたんじゃあたしは息ができないのよ!!」

 くうは嵐が過ぎ去るのを待って、ひたすら顔を庇って身体を丸める。知らなかった、暴力とはこれほど理不尽で恐ろしく、悲しいものなのか。

(薫ちゃん、くうのこと、ずっと嫌いだった? 殺したいくらい嫌いだった? 妖だって分かったから心置きなく殺せると思った?)

 心臓を上下に揺さぶるような衝撃があって、眼球がぐるんと裏返った気がした。流れる涙が血の成分でもきっと不思議はない。

 ごぷ。口から血を吐いた。嘔吐よりも痛くて気持ち悪い。

 くうを撲ったのは凍鉄と化した薫の右腕だった。そのままくうは畳の上すれすれを吹き飛ばされて、落ちた。

(死ぬんだ、私)

 でも、いいか。くうはカラッポでつまらない人間。いなくなってもしようがない。
 くうは悲しみの闇に身を委ねた。



 ――また誰かが、暗い海に嘆きの涙を落とした。




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