日輪に月を詠む
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。
詠の頭に一つの言葉が響き渡る。
『彼ら』がいつも心に刻めと言われていた……彼が導く指標とした願いのカタチ。
ズキリと大きく胸が痛んだ。
――後悔ばかりで、ボクは前に進んでなかった。あのバカ達の想いを受ける側にありながら、想いを繋ぐ側との真ん中で、心が立ち止まってた。
背中越しの華琳の空気が変わる。
溢れ出るは直接対峙していたならまともに呼吸も出来ない程の……膨大な怒りと覇気。
「なら何故、民の願いを投げ捨てた。何故、民を救う事から逃げ出した」
突き刺さる。真っ直ぐ。心の一番弱い部分に。
それは弾劾の声。まるであの時、城壁に置き去りにした兵達や、火の海に沈めてしまった洛陽の民達からの怨嗟のよう。
震える。心の芯、その奥底まで。
戦った結果、負けて捕らわれながらも生かされたなら納得出来た。再起を計る為に兵を引き連れて無理やり逃げたならまだマシだった。しかし責任放棄の逃げは……覇王の逆鱗に触れる。
「……月に、生きて欲しかった、ただ……それだけよ」
引き絞られ、消え入るように小さく。ただ一つの願いが宙に溶かされた。
遠くに剣戟の音だけが聴こえる。
自分の罪を、高い金属音の度に思い知らされるようで、詠は耳をふさぎたくなった。戦場を思わせるその音が、彼女の心を締め付けて行く。
遅れて響く声は小さな笑いだった。
バカにしたモノでは無く、愛おしそうな。
「そう、それでいいの。あなたは王では無く軍師。人々の弾劾や怨嗟をすら跳ね返して主の事を想うから……あなたは彼女の友であり忠臣。そして固い意志に逆らいさえもするから、彼女の親友にして王佐足りえる」
意味が分からなかった。責めていたはずなのに褒める彼女の思惑が読み取れなくなった。
くつくつと短く喉を鳴らし、華琳はまた、透き通った声音を響かせる。
「大切な誰かに生きて欲しい……そう願う事は人として自然な事。慈しみ、思いやり、愛し……育まれし美しき想い。きっと私の愛しい家臣達は同じ願いを宿している。それを持つあなたは普通だし、私の臣下にはそういった忠臣こそが欲しい。けれど……」
言葉を区切った華琳はほうとため息を一つ。目線はぎゅっと手を握っている月の方へと向けられている。
詠には小さいはずの華琳の背中が山よりも大きく見えた。
「救済を願う王は己の為に逃げてはならない。誇り持つ王は死に時を間違ってはいけない。大陸を救わんとした王は……責を投げ捨て一個人の我欲に走ってはいけない。
自分は民の血肉と命の雫をこの身に宿している、と……如何にそれが大切かを理解していない王だったなら、私は欲しいなんて欠片も思わないわ。それがどんな英傑であろうとも」
――――だから月を、妹にしたい程に認めた。
言
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