第七章
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第七章
「それでだよ」
「笑顔ですか」
「なってるよ、これまで見たことのないみたいにね」
「そんな笑顔ですか」
「うん、どうやら君も」
「私も?」
「溶けたみたいだね」
そして言うのだった。
「どうやらね」
「溶けた、ですか」
「そう、氷が溶けたみたいに」
その様にだというのだ。
「なったね。いいことだよ」
「溶けた?」
「ああ、意味がわからないかい?」
「すいません」
戸惑った笑みになってそのうえでの返答だった。
「どういう意味なのか」
「だからだね」
「はい」
「あれだよ。これまで恋愛とかはしてこなかったんだね」
「学生時代からですね」
自分のことを振り返ってみる。考えてみればその時からだった。
侑布は高校の時に同級生と交際していた。だが大学進学の時にそれぞれ別の地方の大学に進学したのだ。それで自然に別れてだ。
それ以来だ。彼女はずっと一人だったのだ。
「それは」
「けれどそれがね」
「溶けたのですね」
「いいことだよ。実際に君も気分はいいだろ」
「はい、とても」
「じゃあ幸せにね」
課長は笑顔で彼女に話した。しかしである。
不意に表情を少し変えてだ。こう言ったのである。
「しかし」
「しかし?」
「阪神が勝ったのはね」
少し難しい顔になってだ。課長は今言ったのだ。
「どうもね」
「阪神はお嫌いですか?」
「嫌いではないよ。ただ」
「ただ?」
「確かその時の相手は広島だったよね」
「はい、そうです」
まさにその通りだというのだ。相手は広島だった。
そのことは覚えていた。それで答えるとだった。課長は言うのだ。
「広島ファンじゃけえのお、わしは」
「何でそこで広島弁なんですか?」
「生まれだからだよ。わしも女房に告白したのは広島優勝の時じゃった」
「かなり昔ですか?」
侑布はついつい言ってしまった。
「それは」
「全く。もう二十年近くになるかな」
「今度は何時優勝するでしょうか」
「そんなの決まってるじゃないか」
課長はむっとした顔で言った。
「来年だよ」
「だといいですけれどね」
最後はこう言って笑顔で終わるのだった。侑布は程なくして結婚した。そしてそれからは二人で温かく生きたのだった。その伴侶と。
コールド=ローズ 完
2010・10・3
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