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蒼き夢の果てに
第5章 契約
第94話 闇にひそむもの
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「オルレアン大公家当主シャルロット様」

 暗闇の向こう側。深い木々の海原が始まるその場所から掛けられる女性の声が、冬の属性により強く冷やされた夜気に染みわたる。
 女性……いや、この声の主はよく知って居る。以前は毎日のように聞いていた声。

「お迎えに上がりました。さぁ、シャルロットさま、私の手を御取り下さい」

 普段は自分の事を『あたし』と表現する彼女が、何故か今は『私』と表現しました。
 これは……。これはおそらく、今の呼び掛けは私的な。友誼の元に呼び掛けて来たのではなく、公の人物として。家の名前や、国の名前を背負う立場の人間として話し掛けて来たと言う事。

 自らの相棒に向けていた視線を、森の入り口……灌木の影から現われた赤毛の少女へと移す俺。
 但し、俺に出来るのはそれだけ。何故なら、その赤毛の少女は俺にではなく、俺の相棒の少女の方へと話し掛けて来たのです。俺が答えて良い内容では有りません。

 ふたりの距離は五メートル程度。タバサは俺の傍らに立ったまま動く事はない。僅かに吹き寄せる真冬の風が彼女の蒼き髪の毛を揺らし、魔術師の証たる漆黒のマントをはためかせる。そう、何もかも普段のまま。静謐と彼女独特のペシミズムを感じさせるその姿は何時も通りの彼女そのものであった。
 対して……。
 対して、彼女に向け右手を差し出した姿のまま、闇と月光の支配する世界の境界線上に立ち尽くす彼女……キュルケの姿は、普段の少し人を喰ったかのような雰囲気は鳴りを潜め……。
 まるで繋いでいた手を離して仕舞った(まよ)い子のようであった。

 蒼の少女が支配する静謐の時間がゆっくりと過ぎ去った後、彼女は小さく首を横に振る。
 この場にキュルケが現われた事、更に彼女の前では偽名しか名乗っていなかった自らの事を、オルレアン家のシャルロット姫と呼んだ事に対する驚きも発する事もなく。

 それにタバサは、キュルケが自分の手を取れ、と言った意味もちゃんと理解しているのでしょう。

「状況が理解出来ないのは判るわ。でも、このまま進めば、ガリアは無事には済まない」

 キュルケは更に一歩踏み出し、やや暗い森の入り口から、冬枯れとは言え多くの樹木に覆われた森にぽっかりと開いた空間。テスカトリポカ召喚の儀式場として選ばれた泉の畔へと足を踏み入れた。
 服装は以前のまま。トリステイン魔法学院の制服の白のシャツに黒のプリーツスカート。魔術師の……貴族の証でも有る黒のマントに、右手にはオーケストラの指揮者と同じような形の魔術師の杖。

 但し雰囲気が……いや、完全に変わったと言うよりは、普段他者に見せて居る強い面ではなく、むき出しのままの彼女が表面に現れているような気が……。

 そうして、

「ふたりの身の安全は私が保障します」
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