トワノクウ
第三十夜 冬ざれ木立(三)
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頬に両の爪を立てた。引っ掻き傷さえすぐに癒えた。
また喪った。潤に続いて薫まで喪った。
――この世界は、どれほどのものをくうから奪えば気がすむのか。
「世界はどうして、こんなに私達がキライなのかな」
くうはゆらりと立ち上がる。白い翼を展開する。
「潤君も薫ちゃんもあまつきに殺されちゃったんだ。二人とも一生懸命生きてただけなのに。私の友達、みんな世界に殺されちゃったんだ」
一歩を踏み出すと真朱は肩を跳ねさせたが、すぐ三枚目の符を出した。
退こうとしない勇気は買うが、この状況ではミステイク。
「私もいつか死ぬんだね。あまつきのせいで」
くうは真朱まで残る十歩を二歩で駆け抜け、真朱の顔面を殴り飛ばした。
「――げ、ほ! げほ、げほ!!」
苦しい。胸を掻き毟る。ともすれば咆哮してしまいそうだ。
「もういい。許してあげない。全部消えちゃえ」
玉砂利に転がった真朱に歩み寄り、腹をブーツの底で踏みつけた。
「かっ……は!」
可憐な口から落ちる声は、鈍痛に喘いでなお鈴の音のようだ。その美しさがかえってくうの中の暗い怒りを煽った。
くうが足をどけると、真朱は横に転がって咳き込んだ。隙だらけだ。
背中の翼から両手で毟れるだけ羽毛を毟って点火した。頭の中は「死ネ」一色。これを手から零せば、薫と同じようにこの美しい少女は焼け爛れる。
傾けようとした、両手が、不可視の力で停められた。
「 掛まくも畏き 伊邪那岐大神 筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に 禊祓へ給ひし時に成り座せる祓戸の大神等 ――」
ふり向けないが声で分かる。菖蒲だ。これは神道ではポピュラーな祓詞。
奥歯を噛んだ。己の体は妖だと忘れていた。
手の中の炎が鎮火する。
真朱がようよう体を起こし、くうの背後、おそらく菖蒲の下へ駆けて行った。
「 諸々の禍事 罪 穢有らむをば 祓へ給ひ 清め給へと白す事を 聞食せと 恐み恐みも白す 」
ようやく後ろを顧みた。菖蒲と、彼の背に隠れる真朱。
「真朱、大丈夫ですか」
「ひめさまぁ……!」
限界まで剥いた眼球に映る光景の不条理さといったら!
「略式ですが、小さな結界を張りました。貴女の炎は私達を焼くことはできません」
「……だったら」
くうは今度、羽毛ではなく翼そのものの発火を試みる。心中覚悟で燃える己をあの少女にぶつけてやろうと画策し――
「そこまでだ」
まさに翼に鋭利な刺突を無数に受けて、その場に膝を突いた。
「梵天、さん」
どうして、と問いたいのに声が続かない。
翼に刺さっているのはカナリア色の羽毛。くうのそれと異なり、ダーツのように硬く鋭い羽毛が背
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