トワノクウ
第三十夜 冬ざれ木立(二)
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恵ですか?」
段上の梵天は肩をすくめる。
「まさか。彼女が考えた上で出した結論だ」
菖蒲のため息に苦笑が混じった。
「とても腹が立つ考え方ですね。腹が立つくらい――すがすがしい考え方」
菖蒲の穏やかな笑みに、くうは思わず自分も顔を綻ばせた。
――届いたのだ。
「貴女の考え方は簡単に見えて実行がとても難しい。種族で括ったほうが憎みやすいからです。個人を憎むためにはその個人を知っていなくてはいけませんから。楽なのは人という縛り、妖という縛りで相手を憎むほう。それでも……篠ノ女さんの考えは変わりませんか?」
「はい。これからも、誰かに出会うごとに、相手をどう感じるか考えて、それから好きか嫌いかを決めます」
「応援はしません。できませんから。でも、見届けさせてください。貴方の行く末を」
くうは元気に「はいっ」と答えた。
くうから話すべきは話した。菖蒲も話した。ここでお別れになるとしても満足だ――と考えていたくうの、耳に。
その音色は、飛び込んだ。
もうじき新しい姫巫女の就任式が始まるという時に、真朱は一人、社の境内にいた。
社の中は居心地が悪かった。新しい姫巫女が来たからだという自覚はあった。
新しい姫巫女を嫌っているのではない。彼は真朱に今までと変わらぬ生活を約束してくれた。望むなら兄がしたのと同じように肉親として扱うとまで言ってくれた。
しかし、真朱は彼の申し出に対して首を横に振り、彼に仕える一巫女としての立場を選んだ。
(私のお兄様は兄様だけ。自分で定めたことなのに)
置き場のない身を持て余し、仕事を放って脱け出した。
真朱は勝手な己に対して溜息をつき、袖から銀にきらめく舶来の横笛、ハァモニカを取り出した。
ハァモニカは、陰陽寮にいた潤の友人が買ってくれた物だ。潤の持っていたものを見つけたかったが、無理だったから詫びだ、と。
真朱はゆっくりとハァモニカを吹き始めた。
潤がくり返し吹いていたから耳で覚えて、こっそりハァモニカを拝借して練習した曲だ。
曲の良し悪しは分からないが、真朱は兄が好んでいたからこの曲が好きだった。
(どうして兄様と潤朱が死ななきゃいけなかったんだろう? 二人は妖と戦い続けて、人の世を守って、坂守神社の皆を守って、真朱を守ってくれた。あんなにもすばらしい人達が、どうして妖なんかに殺されなきゃいけなかったの……)
じゃっ、じゃっ。
玉砂利を踏む音がして、真朱は独演をやめる。一人抜け出したことを咎められるか、あるいはもしや、あの優しい姫巫女が心配して迎えをよこしてくれたのか。
ふり返った真朱が目撃したのは、どちらでもなかった。
「お前……」
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